20話:記憶の断片
紫苑は、王司に指示されたとおり、周囲を警戒しつつ、索敵していた。前衛後衛の二人一組が良いと判断し、ルラ(前衛)と真希(後衛)、紫苑(前衛)と秋世(支援)に分け辺りを警戒する。紫苑が、不意に、殺気を感知し、《神装の魔剣》を構える。透通るような刀身を見据えながら、どこか、懐かしさを覚える紫苑。生まれてこの方、勉強ばかりでろくに運動はせず、習い事は書道、華道、茶道と言う典型的な日本人系お嬢様のような日々を送っていたはずなのに、この戦いを控えた緊張感、敵からの殺気を心地よく感じてしまっている。心躍る。そんな中、不意に、頭の中に、ある光景が流れ込む。
荒野に、立たずむ青年。
(青葉君……?)
紫苑が脳裏の光景に、そう思う。今の彼がもう四、五歳、年を取れば丁度そうなるだろうという青年。そして、青年の足元に転がる死体。その死体には剣が深々と突き刺さっていた。一本の大剣。
「火々璃……」
青年の口から、その言葉が発せられた瞬間、紫苑は、胸が痛むような感覚に、膝をつく。いや、違う。膝をついたのは、この記憶の持ち主だ。
「蒼衣」
記憶の持ち主から発せられる声。自分で発しているわけではないのに、自分が発したのではないかと思うほどの聞きなれた自分の声。紫苑は、混乱した。どれが自分なのか、それが分からなくなりそうになった。
「やあ、姉さん。久しぶり」
「何を、言っているの、蒼衣……」
記憶の持ち主、紫苑は、いつもと変わらない屈託のない笑顔が見たかった。もはや、記憶の持ち主は、紫苑と言っても良いほどに同調している。嘘の笑顔を見せる蒼衣。それがどうしようもなく、たまらなかった。心が痛んだ。
「下がってください、蒼子先生!あれは、あれはもはや、蒼刃蒼衣ではありません。化け物です!」
蒼子、紫苑を庇うように、前に立つ青年。もはや、紫苑には、彼の名前すら分かるようになっていた。
「竣。ダメよ。あの子は、蒼衣は……」
蒼衣が、死体から剣を抜いた。
「行くぜっ、フラガ!」
剣を構え、そして、目に見えぬほどの速度で、竣の前に移動していた。その瞬間、心の奥、「開花」とは違う、別の「タガ」が外れる――カチリ――と言う音が鳴った気がした。
意識が現実に戻される。紫苑は、自分が、蒼子なのか、紫苑なのか、分からなくなりつつあった。ただ、外れた「タガ」から流れる拍動に身を委ねるだけ。ただ、それだけ。
身を委ねた瞬間、ブワッと紫苑から何かが放たれるように空気が揺れた。
「なっ、何?」
突如紫苑に起こった変化に、秋世が目を丸くした。そして、驚いたのは、敵も同じようで、敵のほうから「キィイイ」と言う甲高い音が鳴った。おそらく《危険知らせの盾》だろう、と予測がついたが、秋世にはどうすることも出来なかった。ただ、変革の時を迎えた紫苑を見ることしか出来なかった。
紫苑を囲むように、蒼白い光が噴出す。そして、それを纏う。
「こ、これはっ!清二さんと同じ【蒼刻】……?!何故七峰さんが?!王司君ではなく、なぜ七峰さんが!」
驚きを言葉にまとめられず、何を言っているか分からなくなる。それでも言葉を出さずにはいられない。
そして、紫苑の茶色い髪が、蒼く染まっていく。美しく、鮮やかな蒼色に、染まっていく。空のような「蒼」。海のような「蒼」。とにかく蒼く、染まっていく。果てしない「蒼」に、飲み込まれていく。
「うっ、ううう、うわあぁああああああああああああああああああああ!」
紫苑の絶叫。それは、蒼子の声。それとも、紫苑の声。紫苑の意識が混濁していく。どちらがどちらか分からなくなる。
「わ、わたしは、紫苑?……蒼子?うっ、ううっ、くっ!」
苦しそうな悲鳴を上げる。そして、本能の赴くままに、《神装の魔剣》を振るった。周囲の地面すら削れ、飛ぶ。幸いなのが、ここが、あまり人気のない、公園近くだったことだろう。
「あぁぁぁあああああああああ!」
周囲を吹き飛ばす風神の如く、周囲を壊しつくす雷神の如く、《危険知らせの盾》の鳴る方へ駆け抜ける。
「《神双の蒼剣》ッ!!!」
《神装の魔剣》は、真の姿を取り戻す。蒼子が使っていた頃の、本当の姿を。《神双の蒼剣》と言う《古具》が昇華した、本当の《聖剱》の姿を。
「な、なによ!」
《危険知らせの盾》を持つ女性、シャーロン・ミサーラが狼狽した。《危険知らせの盾》を構え、後ろに隠れるようにする。
「ハァッ!」
気合の入った声と共に、《危険知らせの盾》に重い一撃が入る。その瞬間、盾に亀裂が入る。かの《カラドボルグ》でも凹まなかったとされている《危険知らせの盾》にたったの一撃で皹を入れたのだ。
「みゃっ、にゃにゃにゃ、にゃに?にゃんにゃのにょ~!」
訳すと「きゃっ、なになになに?なんなのよ~」である。シャーロンは、重たすぎる一撃に、既に腰が抜けていた。
「セイッ!」
重い一撃の反動を利用し、少し距離をとりながら、もう一方の剣を横に凪ぐ。それほど威力はないが、盾が揺れる程度の力はある。
「ぐみゅっ」
シャーロンは、盾に振り回されてよろよろする。




