英雄殺しの後ろ盾
ティエラ王国の港についてすぐ、海賊一味は騎士団に引き渡された。どうやらグレイが事前に連絡を入れていたらしく、三十人近い騎士団配下の兵士がずらりと待機する様は圧巻だ。
王国騎士団は総勢百人を超える大所帯で、二十数人の選ばれた騎士と、その配下の兵士で構成されている。騎士一人に十人前後の兵士が部下としてつき、主に街の治安を守っている。
更に周辺の町や村に派遣され、魔物などを倒すことも彼らの仕事だ。
治安は自警団で何とかなる場合が多いが、魔物ばかりはそうもいかないのである。
騎士と兵士の見分けはし易い。装備の上から外套を羽織っているのが騎士だ。騎士家系や貴族であれば、外套にその家の紋章などが刺繍されている場合も多い。
「さすがに人数が多いねぇ……」
「そう、だな」
ぞろぞろと兵士が海賊をつれていくのを、グレイは腕を組んで見ていた。
ヒューゴはというと、そのグレイの影に隠れるようにしている。
亜種族も、赤毛も目立つものではない。
ただ、その『黄玉』が――彼に向けられる視線を冷たいものにする。
向かい合うと決めたとはいえ、すぐには堂々と立つことはやはりできなかった。魔物の前なら迷いなく立つことができるというのに、自分を殴りたいほどに情けない醜態を晒す。
大丈夫、とグレイが声をかけてくれるから、まだ逃げないでいる。
だがこの年で従兄弟にすがることになるなんて。
――情けないし、すっげー恥ずかしい。
正直、今からでも船に逃げ込んでしまいたいくらいだった。
「あなたが今回の討伐の功労者でしょうか」
と、若い男の声がする。
かつ、かつ、と靴音をリズミカルに鳴らしグレイの前に立ったのは、二十代前半といった背格好の若い男性騎士。長い金髪を軽く結わえ、肩に乗せるように前へ垂らしている。
洗練された立ち振る舞いからして、おそらく貴族階級の出身だろう。
それに、彼の外套にはそれらしい紋章が刻まれている。ヒューゴは当然見覚えなどないものだったがグレイが小さく、ふぅん、とつぶやくのが確かに聞こえた。どうもグレイはあれがどこの家のものなのか、ひと目でわかったらしい。だが、それを告げる気はないようで。
「あなたは?」
グレイはあえて相手に名を尋ねる。
完全に余所行き用の、猫を数十枚かぶった響きは裏を知っていると不気味に聞こえた。だが彼女の質問に答えていないあたり、なにか思惑のようなものをヒューゴは感じる。
その直感は、すぐに答えを得ることになった。
「ティエラ王国騎士団所属、エヴィルと申します」
名乗り、男は軽く一礼した。
青い瞳が、値踏みするように笑みの形に整えられる。
だがその目が見ていたのは、ひときわ派手な容姿をするグレイただ一人だった。後ろに隠れているとはいえヒューゴに気付かなかったというわけがない。どうやらあえて無視している。
彼からみて、この一件の功労者はグレイらしい。
あるいは――グレイということに、したいのかもしれない。
腕を組んで、おそらくは微笑んでいるのだろうグレイは、まるで値踏みでもするように男を見ていた。その薄ら寒く見える雰囲気に、ヒューゴは内心焦るのと同時に恐怖を抱いた。
今のグレイは、確かに笑ってるが実は笑ってない。
むしろ見た目だけでも『笑っている』からこそ恐ろしい。
――あぁ、これはグレイがキレるかもなぁ。
基本的に愛想がよく、いつも笑顔を浮かべているグレイだが、だいたいが仮面だ。それなりの家に生まれたためにそういう『愛想』を、ごく自然に振りまくのである。当然ヒューゴを始めとした身内の前ではそうでもなく、だからこそその雰囲気の変貌はすぐにわかるのだ。
ヒューゴをいないもののように扱われ、今のグレイはだいぶ機嫌が悪い。
この一件の功労者がヒューゴであるとしらしめるため、彼はここにヒューゴを引っ張りだした張本人だ。出ると決めたのは本人だが、きっかけは自分だとグレイは思っているのだろう。
それをないがしろにされて、些か――いや、かなり気分を害したようだ。
「僕はただの手伝いで、実際に彼らを倒したのはこの」
と、グレイはヒューゴの腕を掴んで、自分の後ろから引っ張り出し。
「彼ですけど」
そう言いながら、自分の横に立たせた。慌てて逃げようとするが、がっしりとグレイに腕を掴まれてどうにもならない。しかもぐぐっと力を入れられ、ついでに爪も立てられて痛い。
ここにいろ、という無音の言葉が聞こえた。
「……そう、ですか」
グレイの隣に立たされたヒューゴを一瞥し、だが男はすぐにグレイへ視線を戻す。ヒューゴを相手にするないようで、それだけグレイの機嫌が悪くなった。だからって、腕を握る手に力を込めなくてもいいだろうとヒューゴは思う。八つ当たりとはまさにこのことに違いない。
だが、別にヒューゴは構わないのだ。誰の手柄になろうとも。別に褒めてほしくてやったわけではないし、グレイに妙なことをしてほしいわけでもない。彼は少しでもこの国でヒューゴの立ち位置を良くしようとしてくれているのだろうが、急ぐ問題でもないのだ。
ゆっくりでいい、いっそ――一生、亀裂が入ったままでもいい。ヒューゴに負けず劣らず立ち位置が微妙に危ういグレイに、これ以上の無茶はしてほしくないのだ。
だが、グレイはにっこりと仮面をつけたまま言葉を連ねる。
「僕は彼の手伝いをしただけですし、あそこで連行されている奴の大半はヒューゴが、その手で倒してくれたんですよ。そこら辺をしっかりと把握してもらわないと、少し困りますね」
「グレイ、俺は別に」
「まさか誇り高き貴族騎士は、市民を悩ます海賊をとっ捕まえた『英雄』をねぎらうこともできないとか? それとも『英雄殺し』だから、その功績はなかったことにしたいとか?」
だけどそれってどうかなぁ、とグレイは肩を小さく揺らして笑う。
「それってすごく失礼なことじゃないかなって、僕は思ったりするんですけど、ね?」
その言葉と笑みに、相手の騎士はぐっと押し黙った。
うかつに答えられない問いかけには、ただひたすら沈黙を返すしか無い。
そう、正直に『そのとおりだ』などと、答えられるわけがないのだ。そんなことを冗談だとしても言えば最後、ティエラ王国騎士の格はぐっと下がる、地面にめり込むほどの勢いで。
だが言えないだけであって、ヒューゴに手柄をやりたくないのは本心だ。
少なくともエヴィルと名乗った、この騎士にとっては。
英雄フィル・ベリルエットを死なせた『英雄殺し』は大罪人、そう思っている騎士や兵士は決して少なくはない。特に二十代半ばの騎士や兵士ほど、そう思う傾向が強い。フィルにあこがれて城に上がったものが多い世代だからで、エヴィルもおそらくそういう類の一人だろう。
彼らにとって、ヒューゴは許しがたい存在だった。
そんな相手に頭を下げて感謝を口にするなどしたくないのだろう。だが、しないならしないでそれは非礼になる。誰がどう駄々をこねようと、海賊を打ち倒したのが彼であるかぎり。
「まぁ、その前に」
グレイは手を伸ばし、エヴィルの外套をつかむ。
逃げられないようにだろうと、ヒューゴはすぐに理解した。
「先に僕の友人を侮辱し続けている非礼を、今すぐここで詫びてもらいましょうか」
「……っ、なぜ!」
「さっきから彼を存在しないも同然の扱いをしているでしょう? それはすごく侮辱的ではないかと思いますが。なぜと言われても、今からでも死んで詫びてみせろと、十年経っても叫んでいるのは皆さんじゃないですか。それとも遥か上から命令されて、背を踏みつけられなければ頭も下げられない? 十歳にもならない子供を糾弾した程度の、水たまりよりも浅く生ごみにも劣る自尊心が、それでもやっぱりだいじなんですね。まぁ、お貴族様でしたらねぇ……」
「お、おいグレイ……あの、何もそこまで」
慌てて止めに入るヒューゴを、しかしグレイは片手で制す。
「ヒューゴ、これはこの国に必要なことだよ? こんなバカな騎士がいるなんて他国に知れたらいい恥じゃないか。僕は別に国はどうでもいいんだけど、故郷がバカにされるのは――」
我慢ならない感じでね、とグレイが目を細める。
その嘲りに満ちた笑みを見た騎士が、ついに感情を爆発させた。
「貴様……っ」
「だから、ヒューゴに手出しはさせませんって。バカだから理解できませんでしたか?」
剣を抜こうとしたその動きを、しかしグレイが素早く封じた。懐からさっと取り出したあの赤い扇子を、閉じたままエヴィルの喉元スレスレにつきつけ、その動きを止めている。
「ぶ、無礼だぞ! 私は誇り高きティエラ王国の騎士で」
「誇り高いなら、なおさら下げる時は頭ぐらい下げられたらいかがかと。まぁ、僕の対応と物言いに文句があるならぜひとも父にどうぞ。この僕をこう育てたのは、一応はあの人ですし」
「あぁ、言ってやろう! 貴様の父はどこにいる!」
「どこって、あそこ。たぶんまだ仕事しているんじゃないですかね?」
す、扇子の矛先を向けた方角。
そこには美しくそびえ立つティエラ王国の中枢、すなわち城があった。エヴィルはなぜか笑みを浮かべる。ハッタリか、あるいは文官か何かだろうと思ったのかもしれない。
グレイは、父とはあまり似てませんけど、と前置きしてから。
「キオ・ジェストリア――つまり、ティエラ王国宰相が、僕の父ですよ」
にっこりと笑って、そう言い切った。
しかしエヴィルはそれでも笑みを崩さない。まぁ、仕方がないなとヒューゴは思う。グレイは惚れ惚れするほど美しい銀髪だが、父親も双子の弟も黒髪なのだ。目の色は紫色をしている父に似た青ではあるのだが母や弟は緑で、それ以上に髪の色の違いはあまりにも目立つ。
話にならない、とエヴィルは背を向けて笑いながら去っていった。
■ □ ■
なぁ、とヒューゴは動いて乱れた服を整えるグレイに声をかける。
いいのか、と。グレイは日頃のあれこれのせいで、あまりよろしくない立場にある。そもそも十六歳にもなった貴族の、それも嫡男が、あっちこっちふらふら遊び呆けていること自体がおかしいのだ。加えて彼の父は宰相。同じ地位を継がなくとも、国の中枢に行くのが定め。
なのにこんなところで、騎士を相手に揉めて。
――俺のせいで。
ヒューゴは小さく頭を下げた。
「ごめん」
「ヒューゴが謝ることじゃないって。僕がしたいと思っただけだし、もしここにいるのは僕以外の誰かでも、きっと同じようにヒューゴを守るよ。ヒューゴは何も悪くないんだから」
しょんぼりと耳がたれたヒューゴの頭を、グレイはぽむぽむと優しく撫でた。だからそれをやめろって、といつもなら言うところなのだが、今のヒューゴにはそんな元気もない。
すっかり落ち込んだ彼に、グレイは大丈夫だよと繰り返す。
「今も昔もヒューゴは何も悪くない。だから前を向いて」
「だけど」
「ほら、お迎えも来たみたいだし」
と、グレイが指さしたのは空。
釣られるように見上げれば、青い空の中を飛んでいるそれに気づく。
「おーい! おにいちゃーん! グレイーっ!」
「……ソフィア?」
見上げた先で手を振るのは、ほうきにまたがって空を飛んでいる少女。
ヒューゴの双子の妹であるソフィアは、結構な速度で二人の方へ向かってくる。
こわいいいいいいいい、と微かに聞こえる悲鳴はおそらく、ソフィアの後ろにいるもう一人の少女のもの。ぱき、ぽき、とヒューゴは妹をしばく準備をしながら、ため息をこぼした。




