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幼なじみ

 身支度が整ったリンは、ひとまずエリルのところに向かった。この時間だとリビング辺りで読書しているか、あるいは庭で剣術の修行か。外には姿が見えないので、前者だろう。

 そう思い、なぜがついてくるレイガを供にリビングへと向かったのだが。


「エリルだったら、グレイに連れられて魔界行っちゃったよー」


 むぐむぐ、とサクサクの焼き菓子をかじりながらソフィアが言う。

 十人ほどが座れそうなソファーがいくつも並ぶ中、だらーんと彼女は寝そべっていた。自堕落なことこの上なく、親がいれば確実に怒られるだろうがここには四人しかいない。

 だらだらと自堕落モードに入ったソフィアと、別のソファーに身を預けてお茶を静かに飲んでいるユーリィ。それから、今リビングに入ってきたリンとレイガ、この四人だけだ。

 いつもなら彼女らの母親など、女性陣が何人かいる。

 だが今日は誰も居ない。

「なんかねー、みーんな用事があるんだってさー」

 寝転がったまま、ソフィアは足を上にあげてぶらぶらさせた。

 この上なくはしたない状態に、リンは思わず小言が口から飛び出しかける。だがわかっていて場の空気を乱す必要はないだろうし、自分は身内でも何でもないのだからと口を噤んだ。

「お父さん達は仕事で、お母さん達はみんなでちょっとお出かけ。そんでお兄ちゃんは、なんか魔界に行くよーって言ってたグレイに、ずりずり引きずられるみたいに連れてかれたー」

「ってことはルミやリーゼ、オウギもいないっすね」

「そうなの。なんかいろいろあるみたい」

 忙しいっぽかったよ、とユーリィ。

 先日、街を得体のしれないバケモノが襲ったことはリンも知っている。自分がこの屋敷にいる間に収まっていたのだが、どうもグレイを筆頭とした彼らが関わっているらしい。

 更に背後にいるのは魔界の女皇帝。

 グレイは、女皇帝の子飼いのようなものだと自分で言っていたという。あのバケモノを退治するのが彼らが任されている仕事で、この国にもそれなりに出現するというバケモノを倒すつもりだったようだが、結局彼らの活動が公的に認められることはなかったようだ。

 ただ、ソフィアの兄ヒューゴを騎士にすることで、そこら辺の問題はカバーするということなのだろう。現に出現したバケモノの、大半を倒したというし、戦力的に申し分ない。

 ヒューゴ一人に任せている間にそれ以外の対処を、というのが本音だろうか。


 ――結局、この国は未だにあの少年を受け入れる気がない。


 それがリンの感想だ。ソフィアらが我が事のように喜んでいるからだろう、大人達も表向きは満足そうにしているけれど、きっと本音のところではリンと同じ思いを持っているはずだ。

 つまり、ヒューゴ一人を使い潰すつもりなのだ、この国は。

 所詮『英雄殺し』であるのだから、と。

 だがそれを口にするのは、さすがに躊躇いがあった。

「ついでにカイ兄ちゃんもいっちゃった。なんか魔界に知り合いがいるんだってさ。せっかくのお休みなんだから、アシュリーさんとデートでもすりゃいいのに、空気読めてなーぁい」

 再び口に焼き菓子を放り込んだソフィア。彼女が言うカイという人物が誰なのか、さすがのリンもわかっている。十歳ほど年が離れたソフィアのもう一人の兄だ。騎士をしていて、優男風の面立ちをしていたように思う。だが、若手の中では一番の有望株らしい。

 しかしアシュリーとは、誰なのだろうか。

「アシュリーさんっていうのは、カイさんの彼女さんっす」

 と、レイガが横から補足説明を入れてくれる。

 カイと同じく騎士をしている女性で、恋人関係にあるらしい。さっさと男としてのケジメをつけて結婚しろっつーの、とソフィアがここにいない兄をなじる程度には、二人は長い付き合いのようだ。それでも結婚に至っていないのは、いろいろ複雑な事情でもあるのだろうか。

 まぁ、リンには関わりのないことだ。

 今は人のことに構っている余裕もないのだから。

「で、リンはどこか行くの?」

「いえ……エリル様がいらっしゃれば、と思って」

 答えながら、彼がいないことを改めて感じる。家族を優先することを責めることなどできはしないし、そもそもそんなことを言えるような関係でもない。だが、胸の中にあるこの寂しいという思いは強く、思わず彼女の表情を曇らせてしまうほど重々しくのしかかってきた。

 思えば、エリルと会話をすることが、リンの日課になっていた。

 彼がいないだけで、とたんにすることがなくなる。いきなり弟まで連れて魔界に行ってしまったグレイは、まさか知っていてやったのではないかとリンは一瞬思った。彼は自分を嫌っているから、それくらいはやりそうだと。そういう性格だなというのが、リンの認識だ。

 もちろん、それは人に言うこともない個人的な考え。

「んと、じゃあリンってば、今ヒマ?」

「……することがない、という意味では、ヒマです」

 答えたところ、身を起こしたソフィアの目が光る、光ったように見えた。当然それは目の錯覚でしかないはずなのだが、ぞくり、とした嫌な予感がリンの背筋を撫で上げていく。

 茶色い髪を揺らし、ソフィアは立ち上がって。

「じゃあ、教会に行こっ」

 傍らに置いてあった箒を手に、さっそうとリビングを飛び出していく。どうやら彼女の中ではリンが一緒に行くことは、決定されたことらしい。当然、リンは困惑するばかりだが。

「……教会?」

「うん。この街の教会」

 一緒に行こう、と立ち上がってリンの手を取るユーリィ。

 そのままレイガもセットで、四人仲良く屋敷の外へと出て行った。



   ■  □  ■



 半ば強制的にリンが連れて来られたのは、結構な大きさの教会だった。天界にあるものを模しているのか、同じような装飾を施した外観をしている。傍らにはそれなりに大きい一軒家。

 みれば子供達がうろちょろしていて、髪の色がバラバラなところからして、あれは教会が管理している孤児院なのだろう。天界にもそういうものがあり、何とかリンも慰問として視察などをすることがあった。それも王族に連なるものとしての、当然の責務の一つである。

 先に到着していたソフィアは、大きな木製の扉を押し開いて中に入っていった。

 リン、そしてユーリィとレイガは、彼女が開けた扉をくぐる。

「やっほー! 遊びにきたわよー!」

「あら、ソフィア。こんにちは」

 教会の礼拝堂の奥で、静かに祈りを捧げていたらしい少女。リンと同じくらい長く伸ばした茶髪をふわりと揺らしながら、振り返っているのが見える。年齢は、おそらく同年代だ。

「ソフィーヤ、またお祈り? 熱心ねー」

「心が静かになるから、好きなの」

 彼女はソフィーヤという名前らしいが、会話相手のソフィアと微妙に似通った名前で、時々間違えそうだなとリンは不安に思う。人の名前を覚えるのは苦手な部類だからだ。

 一度覚えれば忘れないし間違えないのだが、底まで少し時間を要する。

「あれは、おとなしい方のソフィと、やかましい方のソフィ、で覚えるっすよ」

「こらそこ! 余計な知識を吹き込まない! だーれがやかましいって!」

「……今まさに」

「う、うるさいーっ」

 ばたばたと手足を振るうソフィア。その隣では手で口元を隠すようにして、くすくすとおしとやかに笑っているソフィーヤ。シスター用の服とはまた違った、しかし黒に近く落ち着いたデザインの服を来て微笑んでいる姿は、この上なく教会に似合っているように感じられる。

 あぁ、これからすぐに覚えられそうだなと、リンは苦笑した。

「ソフィーヤに紹介。この人はリン・ウォーテンさん。天界のお姫様で一応グレイかエリルの婚約者。それでリンちゃん、この子がソフィーヤ・ベルモンジュ。あたし達の幼なじみ」

「はじめまして、この教会の管理人の娘で、ソフィーヤと申します」

「は、はじめまして……その、リン・ウォーテンです」

「それからもう一人、ここに幼なじみがいてね――っと、きたきた。おーい!」

 ソフィアが、自分達が入ってきた扉の方を見て、飛び上がりながら手を振った。

 振り返れば若葉色のエプロンドレスを着た、色素の薄い茶髪の少女が、食べ物か何かが入っているらしい紙袋を抱えて入ってきたのが見える。近づいた彼女の瞳は綺麗な青色だった。

 今度はユーリィが、彼女にリンを紹介する。

 荷物を長椅子に置いた少女は、ほんの少し驚いたように表情を揺らし、だがすぐに。


「エルノア・メリスです。よろしくお願いします」


 毛先をふんわりと波打たせながら、にっこり微笑んで頭を下げた。

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