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悪い子退治

 ぐらりぐらりと揺れる船上、ヒューゴは床に伏せるようにしてそれに耐えた。うかつに立ち上がっていたら転びそうで、それ以上に甲板から海へと投げ出されそうだったからだ。

 泳げないわけではない。ヴェルアード公国もティエラ王国も海に近く、幼い頃から水辺は遊び場の一つだった。だから多少なりは泳げる自信がある、とはいえこの荒波では無理だ。

「おいおい、マジで襲ってきたんですけど……っ!」

「そりゃ、襲う海域だからねぇ。この辺は波も穏やかだし。でもまぁ、一隻なら楽だよ?」

「なんでお前そんな余裕ぶってんの!」

「だって雑魚だし」

 にっこりと笑い、グレイはどこからともなく一振りの刀を取り出す。おそらく魔術で小さくして何らかのアクセサリーに封じていたものだろう。ヒューゴも同じようにしている。

 だがグレイが普段武器として使っている物と、それはだいぶ違うようだ。

 宝石――いや魔石を用いた華美な装飾が施されているところと、刃の長さがそうない形状からして、おそらくは何らかの儀式用のものだろう。とはいえ派手な装いの彼に、その宝飾品のような刀はずいぶんと似合って見えた。なんだかんだで、グレイは美形の範疇に入るのだ。

「さて、と……」

 刀を手に、駆け寄ってきたヒゲの船長に振り返る。

 ここまでは全員の予定通りだが、どうもグレイは何か企んでいるようだった。

 内容は分からないが、その口元に浮かんでいる笑みから何となくヒューゴにはわかる。

「それじゃ船長、予め言ったようにすれ違うように突っ込んで。ヒューゴは接近したところを乗り移って、ちょっと一人で戦っておいでよ。そんなに大きくないし、一人でもいけるね?」

「だがよ、その前にこっちの船が沈んだりしねぇのか、旦那」

「そこら辺は問題ないよ。僕が――」

 にやりとグレイは笑みを深めた。

 ちゃき、と刀を左手で鞘から抜いて、それを自身の右手のひらに押し当て。


「支援するんだから」


 肌を深く切り裂くように、力を込めて引いた。

 甲板に赤が散る。

 船長がぎょっとする一方で、ヒューゴは小さく何かをつぶやいていた。するとその両手に大ぶりの、湾曲した片刃の剣が現れる。鞘はなく、刃がむき出しのままになっていた。

 ん、とグレイがかすれた息を吐きながら、刀の切っ先で赤く染まる手のひらをえぐる。

 更に血が滴ったその直後、グレイの足元から青白い光があふれた。それは船の全体を包むように広がって、うっすらと見える壁にあたった無数の砲弾はじゅうと音を立てて溶けた。

 そして船と船が接近し、ぶつからない程度の距離を持ってすれ違った直後。

「――必要ないだろうけど、一応あとで助けに行ってあげるよ」

「お前の獲物が残ってればいいな……っ」

 ヒューゴが一人、敵の船へと飛び移った。

 首の後ろで結わえているだけの、赤く長い髪がゆらりとうねる。

 甲板に着地すると同時に、ヒューゴは右の剣を振るい上げて最寄りの男を切った。殺すほどには至らない、しかし動くことができないように浅く深く、痛みだけを与えるように。

 ぐぅ、と呻く声を上げて男が倒れた。

 その姿を見た周囲が怯み、動きが止まる。

 それをチャンスと見たヒューゴは、身体を低くするようにして甲板を駆けた。

 敵が動くよりも先に間合いに飛び込み、背を向けるように回りながら相手の胸元を切っ先で薙いだ。同時に背後に迫っていた敵には靴跡を。さらに腕を裂き、次に向かっていく。

 敵の数はそう多くない。

 彼らは踊るように早く立ちまわるヒューゴに、追いつけていないようだった。

 不安定な船の上、彼らは間を縫うように迫る赤に、ただ動きを止めるしかできない。気づいたら切りつけられるか、あるいは足で蹴り飛ばされるかのどちらかだ。

 ヒューゴの戦い方はむしろ格闘術に近い。片刃の武器は腕に沿わせるような持ち方をし、武器としても防具としても使用する。必要とあれば各種足技の類すら繰りだす様は、まるで踊るようだった。大ぶりの剣の重さを魔術で打ち消してあるゆえに、その動きも早く軽やか。

 まさか小柄な、亜種族の象徴である獣の耳としっぽを揺らしている子供が、身の丈ほどもあるような大剣を二刀流するなど、彼らの予想にはまったくなかっただろう。亜種族は獣の血を持つ戦闘民族でもあり、それゆえに見た目によらぬ身体能力を持つと知られていても、だ。

 しかしヒューゴの場合、世の常識に沿わないのは仕方がない。魔術を用いて軽くした剣を二刀流するのは、亜種族の家系でもベルフェーム特有のものだからだ。ヒューゴとて、良き師に巡りあわなければ、普通に一刀流で戦っていたに違いない。もちろんそれでも強いだろうが。

 素早く動き、踊るように立ち回る。

 その度に身体の後ろで揺れるしっぽが赤い線を残し、聴覚がないにもかかわらず頭上の耳はかすかな物音がする方にぴくりと震えた。長い髪に隠れて見えないヒトの耳が拾った音に反応しているのだ。ゆらり、としっぽが傾くように動くのと同時に、再び甲板を疾走する。

 ふ、と息を吐き出して、軽く手を抜きながら目の前の敵を切り伏せる。本気では皆殺しにしてしまうのだ。なにせヒューゴが普段相対するのは魔物――ヒトよりも強い存在だから。

 ひぃ、と上ずった声に振り返る。

 剣を投げ捨て逃げ出す背中を、思いっきり踏みつけに走った。どうやらこれが最後の一人らしく、甲板に頭部を強打して意識を飛ばしたらしい男は、ぴくりとも動かなくなった。

「一応、ひと通り片付いたかな」

 周囲を見回すが、動く敵の姿はない。

 血で染まる腕や足を抑え、呻くものなら無数にいるが。

 ひとまず敵は片付いたらしい。

 もっとも、それは甲板にいた連中だけ。どたどたと走る音が足元から聞こえる。この様子だとまだまだ敵がいるらしい。それなりの規模の商船も襲われていると聞くし、この船そのものも結構な大きさであることはヒューゴでもわかった。甲板にいたのは、ほんの下っ端だろう。

 ある程度、砲撃で相手を痛めつけてから下っ端が飛び移る。

 そしてあらかた片付けたところで、更に増援が乗り込んでいくのだろう。


 ――そう考えると、ちょっと一人じゃツライかな。


 グレイが魔術を使って守った船は、見ればかなり急な軌道を描きターンしている。こっちはほとんど停止しかけているところからして、グレイが来るのは数分、もっとかかるだろうか。

 がたがたと、増援が駆けつける音を聞きながらヒューゴは。

「ったく、もう一人か二人呼べばよかった!」

 軽く後悔しながら、剣を構え直した。



   ■  □  ■



 再び近づく船を見ながらグレイは笑う。

 遠目にも死屍累々、次々とヒューゴが敵を打ち倒していくのが見えるからだ。

「僕が行く意味ないんじゃないかなぁ、これ」

 腕を組んだ状態で、グレイはぼそりと呟いた。

 先ほど自ら傷つけた手のひらは魔術による治癒が完了し、多少のしびれと、ちくりとする痛みがあるのみである。左利きであるので、戦いに支障はないと言っていい。もっともあの様子では自分は必要なさそうだが。もとより後方支援のつもりで、だからこれは望ましい結果だ。

 そこまで強い敵ではないだろう、とは思っていた。

 仮に多少強くとも、それに負けるほど弱いヒューゴでもないと信じていた。

 さすがに数でかかられたら、という不安はあるのだが、そもそもヒューゴの戦い方は乱戦向きのものだ。武器の長さからリーチが長く、さらに本人の早さもある。

 一呼吸する間に間合いに入られて一撃、という感じだろう。

 ただ小柄な体格のせいかスタミナ不足という問題があると本人もいっていたが、基本的にあの猛攻に耐えられるようなヒトはいないだろう。そもそもヒトはそこまで固くはない。

 彼らが着用できる武具を、更に超える硬さを持つのが魔物なのだ。

 それを相手にすることが多いところから言って、対ヒトではまず負けはしない。スタミナ不足は手数で補えるし、今回のように仲間がいれば充分なほどのフォローが行き届くはずだ。

 今のところ、あの様子ではグレイが応援に行く必要はない。

 ヒューゴがあの場を完全に圧倒している。

 支配しきっている。

 まだ増援が来ているようだが、おそらく彼の敵にはならない。

 とはいえ、予定通りに物事が進むなら、それほど楽なものはなく。現実というものはうまくいかないのがルール。船長、とグレイは声をかけた。歩み寄って、少し真面目な表情で。

「少し急ごうか。念の為にね」

「旦那も、チビの旦那みたく飛び移るつもりで?」

「もう少し近づけたら、すぐにでも」

 この距離だとちょっとつらいね、というと、船長はわずかに目を見開く。二隻の船の間はまだ大きく開いていて、届くのはせいぜい大砲の弾ぐらいだ。とてもではないが人は飛べない。

 だが、グレイは魔術を扱える。

 それを使えば、ある程度の距離なら飛べるのだ。

 問題はその『ある程度の距離』に、まだ達していないこと。

 そしてその距離さえ、本来は『もう少し』以上に近づかなければ危ない。グレイは近づいてくる船を睨むように見据えて、呼吸を整える。すでに跳躍用の魔術構築は完了済みだ。

 素人目にもまだまだ距離のある二隻。だがグレイはタイミングが良ければ、すぐにでも飛び移るつもりだ。静かな呼吸を繰り返してそれを待つ彼の背に、船長が声をかける。

「しかし旦那」

「ん?」

「チビの旦那もそうっすけど、旦那も結構な無茶しますね」

 船長の目が、魔術の対価として消えていった赤が散っていた付近を見る。そこにはもはや何も残されていないのだが、確かにグレイが自らを傷つけた証が滴っていた場所だった。

 人間界でも、魔術に何らかの対価が必要だ、という程度の知識はある。それは魔素などと呼ばれる物質であったり、何らかの薬品だったり――あるいは各種体液だったりと様々だ。

 時に供物と呼ばれる対価は、血肉であるほどよいと言われる。

 だからこそグレイはためらわず自身を傷つけ、血を流し供物としたのだ。本人的にさほどのこともないだろうそれは、しかし魔術の心得がない人からすると『無茶』にみえるのだろう。


「……まぁ、あんな人が母だとね」


 そうなるしかないよね、と。

 グレイは笑って、ゆっくりと目を閉じた。

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