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すべては彼の手のひらに

 よかろう、と重い声がしたのは、沈黙が流れて少ししてからだった。

 黙って話を聞いていた声の主――この国の王は、静かにグレイを見据える。

 グレイの父と同年代の、幼なじみなのだと聞いている王は、さすがその奥が読めない目をしていると思った。何を考えているのか、候補が上がりすぎて狙いが定まらない感じだ。

 何だかんだで若いうちに即位をした苦労人、ということか。

「だが、おそらくは暫定的なものとなる。永続するには、話し合いが必要であろう」

「構いませんよ、今は。今日動けるなら僕はそれで」

 そう、暫定で一向に構わない。

 今この瞬間、大義がこちらにあればいい。

 これはヒューゴという主役が街のために戦う、そういうお題目の演劇なのだから。グレイやそれ以外はすべて端役、すべてエキストラ。彼という主役を際立たせる、生贄のようなもの。

 だから異界獣を配役に使ったのだ。

 死人の可能性を覚悟して。


 ――覚悟、というよりいっそ何人か死ねばいいと思うけど。


 それくらいしなければ、分からないほどのバカだとずっと思っていた。国民も、その上に立っている連中も。誰かに与えられたにすぎない『貴族』という立場を、一つ覚えのように振りかぶることしか脳のないバカと、それを当然のような顔をして許容するバカの集団。

 そういう場合は、何人か見せしめになる方が手っ取り早い。

 派手に死んでくれれば、それだけ時間の節約になる。

 説得は無意味、時間の無駄だ。

 それより見るからに薄気味悪いバケモノに、頭からかじられて脳髄をばらまけばいい。赤を散らして臓腑をこぼして、それを多くの人が記憶に刻み込んで思考の一部が悪夢に染まれ。

 だから異界獣が街の中心に集まるよう、いろいろと小細工をした。

 広場から逃げたくても、放射状に異界獣は移動する。あれを前にして、その横を通り抜けて外へ行こうと思えるような者はいない。中央に追い込まれ、そして悪夢を見ればよかった。

 死体の赤黒さは、その悪夢の良いフレーバーと彩りになるだろう。

 あぁ、とても残念だ。

 もう少し、痛い目を見てもらおうと思ったのだが。


 ――まぁいいか。気もすんだし。


 そんな内心をそっと抑え、母に教わった笑顔をことさら強調するように浮かべる。

 どうやらこの笑顔に、母の幼なじみは勝てないらしい。かわいそうに、一番被害を被っていた母の双子の弟は、露骨に嫌な顔をして目をそらした。父は――若干引きつらせている。

 見た目の色はともかく、顔の形は母に似たらしい。

 さて、とグレイは息を吐いた。

 ひとまず懸念材料は片付いてしまったし。

「じゃあ、これは始末しておきますね」

 グレイはくるりと、踊るように一同に背を向けた。腕を広げ、指を曲げる。硬いものが手の中に収まったのを確認してから、彼は再び父の方を向きながら手に握った『それ』を引いた。

 じゃららら、と重く低い金属音。

 グレイの立ち位置から見て少し斜めにズレた左右、そこに突如として半分が黒く煤けた肉の塊のようなものが出現した。それは白く輝く太い鎖に雁字搦めにされ、びくりと痙攣をおこすように震える。腰が抜けてしまったのか、床に座り込んで引きつった声を発する男がいた。

 そんなに恐ろしいものだろうか、とグレイは疑問を抱く。

 この程度はまだ可愛げがある方で、ありもしない腐臭を感じるような見目の個体とも遭遇したこともある。イソギンチャクのような形など、本当にまだまだかわいいものだ。

 元になった形がわかるだけ、マシだ。

「これ……は」

「あぁ、これが街に大量出現しているバケモノ――異界獣です。城の中にいたので、とっ捕まえておきました。倒すとこう、見えてしまいますから縛り上げておいただけでしたけど」

 そう、捕まえただけだ。

 城に入ってすぐにうぞうぞしているのを見つけたので、それをひょいと鎖で捕まえただけ。

 縛り上げてとりあえず動けないようにしておいた。それを、鎖を引き絞って、全身を締めあげて殺したのだ。向こうから望む答えを得られたことへの、ちょっとしたお礼代わりである。

 だが険しい表情を浮かべたままのキオは、低い声で息子に問う。

「……もし、お前の提案を飲んでいなければ、どうしていた」

「さぁね……さすがの僕も、ここまでしてダメだったら諦めるし。従兄弟としてヒューゴを救った後、家に戻ってお茶でも飲んでたんじゃない? これもその辺にポイ捨てしたかもね」

「街は……この国がどうでもいいと、お前は」

 憤慨する父に、グレイは口元に笑みを浮かべた。

「うん。だって僕は悲しいことにこの国の『騎士』じゃないし、そして頼まれてもいないわけだからこの街を守る義務もない。大事なものを見殺しにする国は敵だ。あいにく、実にもならない犬死だけは全力で遠慮願いたいんだよね、どうせ死ぬならもっと違う死に方したいよ」

 しかし、それは回避された未来だ。

 ひとまずこの国は、専門家の助力を受け入れたのだから怯えることはない。強引に決断を迫った自覚はグレイにもある、そこまでしたのだから残りの異界獣はすべて倒してみせる。

 しぃん、と満ちた沈黙を前に、グレイは恭しく一礼し。

「お偉くて誇り高い騎士の皆々様におかれましては、どうあがこうとも勝つ可能性が無いに等しい下賎なケモノと戦っていただき、誰もが語り継ぐほどに華々しき散り際をご披露なさりながら心安らかにご逝去なされば個人的には行幸。銅像の一つ二つは、街の中に立ちましょう」

「グレイ、お前は……」

「僕としては、最終目標が達成されるなら、騎士団や市民の半数ぐらいは『見せしめ』に死んでくれてもいいと思ったんだけど、この国はまだそこまで落ちていないようで安心したよ」

 じゃら、と鎖を手繰りながら、グレイが表情を歪ませるようにして笑った。

 鎖はゆっくりと、グレイの中に取り込まれるように消えていく。

「じゃあ僕は行ってくるよ。頼まれたからには、ちゃんとお仕事しないとね」

 何か言いたそうな父や、見知った大人らに背を向けて、かつんかつんと歩き出す。それでいて手元と顔の横には、補助端末で表示した画面。足音はいつしか、かっ、かっ、という早いものに変わって、その合間に指先が手元に浮かんだ画面を素早く叩き文字を入力していく。

 表示されたのは、とても簡潔な一言。


『おいで。狩りの始まりだ』


 それがすべての合図だった。



   ■  □  ■



 だってさ、とリーゼが風を受けながら笑った。その傍らにはオウギ。それぞれ大ぶりの武器を携えて立っているのは、ジェストリア邸の広い屋上だった。リーゼの足元では、ふんすふんすと鼻息荒く、ドラゴンのシャドウがまるで運動するように手足をぴたぴたさせている。

 二人は揃いの外套を羽織り、リーゼは軽く身支度を整え終わると。

「よし、じゃあさっそく行こうか」

 シャドウ、とドラゴンの名を呼んだ。ぷき、とシャドウは鳴くと、とててて、と二人から離れたところまでかけていき、ひょい、と軽く飛び上がる。その高さ事態はそれほどでもなかったが、飛び上がったその黒い身体は飴細工のようにぐんにゃりと縦に伸び、質量が増えて。

 数秒もしないうちに、立派な体格をしたドラゴンが姿を見せていた。

 これがシャドウの真実の姿――の一つである。

 シャドウは体重で屋敷を破壊しないよう、一定の高さでふわりと浮かんでいた。元々彼らは魔術的なもので空をとぶため、羽ばたきが必須ということはない。リーゼは自身の武器である大鎌を抱えると、先に歩き出したオウギの後ろをついて歩く。ここからヒューゴがいる広場まではそれなりに距離があるので、シャドウに乗って空を一気に駆けていくつもりだ。

 よいしょ、と拾い背中に乗り込んで、リーゼはシャドウを撫でる。

「やーっとボクらに出番が回ってきたよ、シャドウ。このまま一直線に広場まで、思いっきり飛ばしてくれる? 年長者としてヒューゴばっかりに、いいカッコはさせておけないから」

 ましてや相手は異界獣だし、とリーゼは笑い、それに答えるように低い咆哮が轟く。二人を載せた黒いドラゴンは空高く舞い上がり、人々の頭上に影を落としながら広場へと向かった。

 ものの十数秒で付近まで到着するも、手前でシャドウは速度を落とした。

 リーゼが睨むように目を細める。


「ちょっとマズイね、ボクは下に行くよ」


 オウギはここに残って、とリーゼは適当な建物の屋根にオウギを下ろすと、そのままシャドウと共に地面へと舞い降りていく。下を覗きこめば、大型から中型の異界獣数体が群れをなしているのが見えた。確かにこれを見逃すことはできない、いくらヒューゴが心配でも。

 握っていた杖を構え、オウギは呼吸を整える。

 その獲物を見れば分かる通り、オウギは『魔術師』だ。

 手にしているのもそのための杖で、先端にあしらってある大ぶりの魔石は、それ自体が専用の補助端末でもある。魔石――そしてそれを加工して作る補助端末の性能とは、材質の純度や大きさによってだいぶ異なってくる。純度が高く、大きいほどにより複雑な魔術の構築を処理させられるのだ。当然、術者にはそれに似合うだけの力量が求められるのであるが。

 彼が所持するそれの大きさ、純度は共に同年代では規格外の域だ。

 当然、それを扱える彼の実力もそれ相応に。

 同時進行で複数の魔術を構築しながら、オウギはすぐ目と鼻の先にある広場を見る。おそらくグレイが向かっているはずのその場所で、一人戦う従兄弟の無事を、彼は静かに祈った。

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