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ユカイなイトコ達

 たくさん、服を買ってもらった。

 この数日の間に、いろいろと買い揃えてもらった。

 だけど、今、リンの身体を包んでいるのは、慣れ親しんだ天界の装い。確かに慣れたこの服の方が楽といえば楽だし、動きにくいというのはあるがそもそも自分で動く必要もなく。

 何より当然のように、持ち込んだ服を着せ付けられる。

 買ってきたものには見向きもしない、いや、意識に止めることすら許されない。

 連れてきた召使達は祖母の直属ともいうべき者ばかりで、ジェストリア邸の召使との接点は限りなくゼロに近い。彼らは祖母の命令を再優先とし、だからリンの意思は無視される。

 最初に買い物をしてきた時、相手との関係が悪くなるから絶対に捨てるなと建前を用意して命令しなければ、せっかくの服も小物も何もかも、裏から裏へと消されていたかもしれない。

 だから、買い揃えられた服はクローゼットに押し込まれるだけマシ。

 失われるよりはきっと、マシだ。

 しかしそう思うこと自体、祖母は許さないのだろうと思う。


『いいですか、リン』


 そう言われた声が、馬車に揺られる脳裏をよぎる。

 それはこちらにくる準備をしていた頃のこと。特に持っていく私物もなく、リンはいつも通り自宅でのんびりと過ごしていた。こういう時に別れを惜しむべき両親との仲は、悪くもないが良くもないという感じで、その日も二人揃って仕事に出かけていたために屋敷にはいない。

 リンは、リンとして生まれた瞬間から他所に出されることが決まっていた。だから、意図して深く関わってこなかったのだろうなと今は思う。教育も祖母に任せ、徹底的に磨きあげた。

 兄や、従兄弟らとは違う運命が、彼女にはあった。

 それは他所に嫁ぎ、縁を導くことだ。

 白羽の矢を突き立てられた、未だ見ぬ少年はどういう人なのだろう。祖母の叔父が目をつけてきたくらいだ、決して悪い人ではないと思う。自分は腐ってもウォーテン家の娘、王族に名を連ねる身分なのだ。そう悪い展開にはならないととわかっていても、やはり不安は募る。

 言えない塊を抱えたまま、たいして面白くもない小説に目を通していた彼女に。


『けっして、侮られてはいけません』


 今も着ている特注品のドレスを持参した祖母は、きつく言い聞かせたのだ。

 その手を握り、目を覗き込みながら。


『相手はたかが宰相の子、お前が傅く必要はないのです。慣れ合う意味もなく、お前は誰よりも高嶺に咲く花でなければなりません。常に天界の高貴な身分を纏い、その血筋に恥じぬよう立ち振舞なさい。いいですね、リン。お前は彼らとは違うのです、常に白く在りなさい』


 それは、どちらに嫁ぐにせよ絶対に相手に従うなと、むしろ相手を自らに傅かせて従えさせろという祖母の命令だった。慣れ合う必要もない、彼らの上に君臨せよ、と。

 だから、リンは未だに天界から持ち込んだ衣服を身につける。

 申し訳ないと思いながら、痛む心をそっとなだめながら。

 祖母の言いつけを破りたいわけではない。自分が大事に育てられた意味も知っているし、不自由なくいられた恩だってある。けれどここまでしてもらっておきながら、一度も袖を通さないというのはさすがに良心が痛むのだ。いっそ祖母のように在ればまだ心は楽だったろうか。

 政略の二文字で祖父を選び、ウォーテン家のすべてを掌握した祖母のようなら。

 しかしリンは、ああはなれないから。

「あの、いろいろありがとうございます」

 言わなくてもいい感謝を、二人っきりの時に伝えるのだ。

 そもそも屋敷ではあまり話もできない。見張られているからだ。祖母や、その伯父の目当てなのはグレイ・ジェストリアであって、弟のエリルではない。

 だから必要以上に関わってはいけないのだと、それとなく苦言をリンに告げてくる。このお出かけも、そう遠くない未来には禁じられるだろう。だから、言える時に感謝は言わないと。

 いつかは、こうして二人でいることもなくなる。

 そんなリンの事情など知らないのだろうエリルは笑い、窓の向こうに向けていた視線をリンの方へと戻す。穏やかな緑色の瞳が、優しい形に細められていた。

「別に気にしなくていいよ。僕がしたいだけだから」

「でも」

 それより、とリンの言葉をエリルは切った。

「まだグレイを狙うつもりなの? 望みがないのに?」

「それが私の役目、ですから」

 役目。そう、グレイ・ジェストリアを手に入れることが自分の役目。ここに来たのは彼と結婚するためなのだ。わかっている、わかっている。望みがないのはもうわかっている。

 それでも今更帰ることはできない。そんなこと許されない。

 どうやっても、何をしてでも、祖母の求めに応えなければいけないのだ。


「――君が、さ」


 がたん、と馬車が揺れる。

 再び窓の向こうに視線を戻したエリルが、小さくつぶやく。

「銀髪でも、碧眼でもなくて、天界のお姫様でもなくて――たぶん、そんな見た目、容姿じゃなかったらさ。そうじゃなかったら、もしかするとグレイは君に靡いたかもしれないね」

「……あの、それは」

 どういう意味、と言いかけるリンに返ったのは微笑。

 そして。


「グレイがずっと想っている相手が、君によく似ているから」


 だからこそ、身代わりにしたくないから君に靡かないし絆されもしないよ。

 そう続けられた小さな声は、まるで遠く離れた祖母のそれに似ていた。性別も肉体の年齢も異なるというのに、なぜか『似ている』と、そうリンは思って――少しだけ、震えた。



   ■  □  ■



 夕方。

 食事の準備が整いつつあるジェストリア邸に。


「さぁ! 超弩級天才薬師ルミ・クライン、凱旋的な意味でお帰ったわよ!」


 ばぁん、と勢い良く扉を開く、一人の少女の姿があった。

 彼女はルミ・クライン。宮廷魔術師シルフ・クラインの長女にして、現在は魔界にある研究施設で薬師として働いている十八歳だ。黒に近い茶色い長髪は、母のようにふんわりとしたクセが付いている。それを揺らしながらロングスカートを翻し、ルミは玄関ホールに歩み出た。

 ふふんと笑う彼女から少し遅れて、動きやすそうな短いスカートを着用する少女が玄関ホールに入ってくる。ルミと面影が似ている彼女は妹のリーゼ。年は一つ下の十七歳で、姉とはべつの職種を魔界で得ている。明るい色の茶髪は肩につく長さで、外側にくるりと巻くような癖があった。気の強そうな顔つきの姉と違い、リーゼはとろんとした眠そうな目をしている。

 そんな姉妹のうち、姉は腰に手を当てて胸を張るように立ち、妹は頭上に載せていたドラゴンを腕に抱きかかえながらニコニコと笑っていた。ふぎゃふぎゃ、とドラゴンは鳴いている。

「おねえちゃん、言葉が変。それに凱旋も何も普通に一週間ぶりなだけだし」

「ふぎー」

「そうだね、おねえちゃんアホの子だから仕方ないよね、うん」

 仕方がないよね、とひっそりと姉をバカにする妹の背後に、三人目が現れる。金髪碧眼に高身長という整った見目をした青年だ。夕日を受けて煌めく金髪を揺らし、彼は手にしていた荷物をどさりと床に置く。慌てて数人の召使が駆け寄って、その荷物をどこかに持ち去った。

 すまない、とその背に一言かけてから、青年はドラゴンを会話するリーゼを見て。

「……姉の扱いがそれでいいのか?」

「んー、おねえちゃんだし、いいんじゃないかな? それにおねえちゃんが怒っても、その被害を被るのはオウギだし。だから何も怖くないし、ホントのことだもの。ね、シャドウ?」

「ぷきー」

 笑い合う一人と一匹を、青年――オウギ・ラディエールは睨むように見た。

 リーゼと同じく、というよりも一応は恋人関係にあるルミに引きずられる形で、彼もまた魔界に住まいを構えてそこで暮らしている。リーゼはドラゴンのシャドウの関係から、二人とは別の場所に住んでいて、そこはティエラ王国から船で数日かかる人間界の他国だ。だが基本的に職場は同じで、個人が設立した魔物などの対処を目的としている組織に所属している。

 オウギとリーゼは戦闘の方を、ルミは裏方が担当だ。


「……あれ、リーゼ?」


 そこに帰ってきたのは屋敷の主の次男エリル。と、三人には色は馴染み深いが、しかし見覚えのない少女だった。だが三人は彼女が『誰』なのか、何となくわかっている。

 その衣服は天界特有のもの。

 見目の色もそう。

 となれば、彼女が天界の――特定の一族の家の娘であることは明らかだ。さらにエリルが自らエスコートしているとなれば、だいたいの予想がついてしまう。

「やぁ、三人ともお帰り。リーゼは魔界経由?」

「そうだよ、よくわかったね」

「そりゃ、これで帰ってきたらどんなバカでも気づくし」

 と、エリルはつかつかとリーゼに歩み寄り、その腕の中にいるドラゴンを撫でた。猫にするように喉のあたりを、少し爪を立てるようにしてカリカリと。ぷきゅ、と嬉しそうに目を細めてドラゴンは鳴き、主に抱かれたままチタチタと短い手足を動かして喜んでいた。

「シャドウも元気そうだね」

「まぁね。エリルも元気そうで何より。それで、その子が婚約者さん?」

「……まだ本決まりじゃないけど、一応は」

 リン・ウォーテンだよ、と紹介するエリル。

 その声に従うように、リンは一歩前に進んで軽く礼をする。

「はじめまして、リン・ウォーテンと申します」

 白い指先に摘み上げられ、ふわりと光を流す白いドレス。ほぅ、と息を吐いたのは姉妹のどちらかだったか、それとも両方なのか。人並みにおしゃれに気を使うルミも、それより実用性を求めがちなリーゼも、少なくとも自分の身の回りにはいない美しさを持つ彼女に目を奪われている。ただ一人、オウギだけはグレイのような冷ややかな表情のままだったのだが。

 腕を組んだオウギは、値踏みするようにリンを見る。

「ウォーテンというと天界の……か。とんでもないのが出てきたんだな」

「それってすごい?」

「ウォーテンは事実上の王族だ。女皇帝の娘が求婚してきた、とでも思えばいい」

「あのねオウギ、それは余計わかりにくいと思うよ……」

「まぁ、とりあえずすごいことになってるのはわかったわ。そりゃキオさんも、戻ってきたところを即捕獲するし閉じ込めもするわね。逃げられたら大変だし、うん」

 ざまぁ、と小さく笑うルミの口を手で塞ぐオウギ。

 そんな姉と恋人の戯れに背を向けて、リーゼが一歩、リンの方に近づいた。ぴく、とリンの白く細い肩が揺れる。その青い目がちらちらと気にしているのは、リーゼのペットの姿だ。

 怖くないよー、と笑いながら、リーゼはしっかりとドラゴンを抱きしめる。

「えっと、ボクはリーゼ・クライン。この子がボクの大事な人で、名前はシャドウ。それからあっちがおねえちゃんのルミ。で、その金髪のお兄さんがおねえちゃんのカレシの――」

「……オウギ・ラディエールだ」

「前に紹介したけど、ユーリィの兄だよ。まぁ、見りゃわかるだろうけど」

「まぁ、そんな感じで。よろしくね?」

「目当てはジェストリアの双子っぽいけど、ま、仲良くしましょ」

 と、ルミはぐるりと周囲を見回して。

「……で、肝心のグレイはどこ? エリル知ってる?」

「知るわけ無いだろ、さっきまで外にいたのに」

「そういえばそっか」

 ごめんごめん、と手を合わせて笑うルミ。

 あれ、と姉の横でドラゴンを足元におろしたリーゼが軽く首を傾げた。床に降りたドラゴンは特に動くこともなく、主の足元に座り込んでじっとしている。

「相手がまだ決まってないってことは、やっぱり君もグレイ狙いなのかな?」

「えっと……あの、その」

「バカねぇ、リーゼ。そうに決まってるじゃない、だって天界なんだもの」

「うんわかってた、けど聞いておいた方がいいかなって」

「わかってて尋ねるそのドエスっぷりにクリスさんの片鱗が見えるわ、あんた。まー、でもあれよ。リン、だっけ。あんたも選り好みしないで、エリル辺りで妥協しときなさい。それ悪い子じゃないから。っていうか、どうせグレイにはもうこっぴどくフラれてるんでしょ?」

 いつものことだもの、というルミの言葉にリンは返事をできなかった。無言になって軽く俯いたまま、是とも否とも答えない。それは答えを隠すというより、耐えている感じに見えた。

 やっぱりね、とルミは心の中でつぶやいてから、ここにいない彼を思う。昔から寄ってくる異性を片っ端から袖にしていたが、ついにこの上ない良縁すらも拒否するのかと呆れつつ。


 ――まぁ、グレイだしねぇ。


 きっと彼の従兄弟にしかわからない、そんな納得をしたのだった。

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