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D-5

ウェンデルベルトの場合




 光も差し込まぬ地下に、予言の王子は囚われていた。


 彼が生まれた時に占者が告げた予言。

 ──この王子の魔力は強すぎる。いずれこの国を滅ぼすでしょう。

 待望の王子の誕生に沸いていた王宮に走った衝撃は大きかった。

 彼を生んだ王の第二妃は、世継の母たる身から、虜囚に転じた。

 第二妃の身内からは、第一妃の陰謀だという声も上がったが、王子を見た術者たちは、こぞって青ざめ、かぶりを振った。

 ──これは恐ろしい。人のものではありませぬ。

 そして生まれたばかりの赤子は、処分される──はずだった。


 術者の一人が、言い出した。

 ──城の地下に、封印の縛鎖がございます。これほどの魔力を持つ方を、ただ殺すのでは惜しい。封印でもって、国の護りの力となせばよろしいでしょう。

 それはかつてこの世に栄えた魔導帝国の残り火。

 封印に捕えたものの魔力を絞り取り、地脈を安定化させ、気象等も制御する、この国の至宝であり──触れてはならずとされていた物だった。

 反対はあった。しかし、近年この国を悩ませていた旱魃かんばつが、彼らを禁忌に駆り立てた。

 

 そして赤子は、封印に囚われた。

 

 小さな魔術文字の連なりからなる縛鎖が白い布に包まれた赤子の全身に絡みつき、祭壇にあるくぼみに収まると、それまで何の反応も見せていなかったその背後の祭壇に、血管のように幾条もの光が走り、それは脈打つように明滅を始めた。

 そして祭壇が動き始めてほどなく、待ちわびていた雨が降った。

 術者たちは快哉をあげた。ついでとばかりに、赤子の母を祭壇に捧げた。

 そして地下は再び固く閉ざされた。



 戦をすれば、風が彼らの味方をした。

 実りは豊かで、民の暮らしをうるおした。

 この国は、周囲の国を圧する強国へ成長していった。



 何も飲まず、何も食わずとも、赤子は次第に成長していた。

 成長すればするほどその魔力は強くなり、それを承知であるかのように祭壇は彼を育てているかのようだった。生かさず殺さず、絞り取る為に。

 しかし、共に閉じ込められた母は、ほどなく狂っていった。

 成長を続け、幼子になった彼は、母の言葉をいつしか理解するようになっていた。

 ──おまえなど産まなければ。

 ──あなたはわたくしの可愛い子。

 ──ごめんなさいウェンデルベルト、わたくしがあなたを産んだばかりに。

 ──おまえなど、生まれなければ。

 ──神よ……どうかこの子だけでも助けて。

 ──なぜわたくしがこんな目にあわなければならないの。

 時に彼女は彼を責め、時に愛するわが子の運命を嘆いた。

 目を閉じれば、城の術者の声が聞こえた。

 ──すばらしい力だ。何故もっと早くに使わなかったのか。

 ──わが国を滅ぼすと言われたそうだが、とんでもないな。ありがたいことだ。

 彼は、なぜ自分が捕えられているかを、理解した。

 けれど、何もできなかった。彼が力をこめればこめるほど、縛鎖は嬉々としてその封印の力を強めた。

 彼は何もできず、脈打つ光の中で、壊れ続ける母の声を聞いた。


 ある日、母の声が途切れた。

 美しかった彼女はしかし、未だ三十にもならないのに、黒く豊かだった髪は白くしおれ、肌は乾き皺だらけになり、眼窩は落ち窪んで──枯れていた。

 そして、絞り取れるだけ絞り取った体に用は無いとばかりに、縛鎖は彼女から離れてかき消え、彼女の体は床へとくずおれ──二度と彼女は動かなかった。

 それでも地下の扉は開かれず、彼は母の骸が腐っていくのを、その腐臭をかぎつつ、ただ黙って見ていることしかできなかった。

 ──自分もいずれ、ああなるのだろうと、ぼんやりと思った。

 

 時を知るすべは、彼女の骸の変化だけ。

 他に見るものの無い彼は、それを見つめざるをえなかった。

 彼女の骨が剥き出しになった頃、目を閉じて聞こえる声に、彼の名は無くなっていた。

 絞り取られた彼の魔力の恩恵は、既に当然のものとなりつつあった。


 そんな時だった。

 固く閉ざされ、何者も入ってくることのできないはずの地下に彼女が現れたのは。


 初めに見えたのは白い光。

 何事かと目を見開いた彼は、それをまじまじと見つめた。

 円柱状の籠のように見えたそれはすぐに消え、後に現れたのはまばゆい黄金──いや。

 動いているのが信じられないほど綺麗な、黄金の髪の少女。

「こんばんは……って、ちょっ、何これっ」

 それは、久々に彼が聞いた、生身の人間の、声。

 ざっと視線を周囲にめぐらして顔をしかめた少女は、しかしすぐに彼のそばに寄ってきて、彼の状況を確認すると、紫の瞳を若干剣呑に光らせて問うた。

「これは、あなたの意思じゃないよね? 不本意な状況だとみていいんだよね?」

 彼は、その瞳の光の強さに少し脅え、また、言葉の意味も良く分からないながらも、勢いにのまれて首を小さく縦に動かした。それを受けて、少女は大きく頷く。

「分かった。──今から壊すねコレ。ちょっと目を閉じてて」

 きわめて平坦な声で言うなり、少女は右拳を握り──彼の眼前で瞬時に、怖気が走るほどの強大な魔力がその拳を包み込み──金色のそれを振りかぶり。

「どいつもこいつも子ども相手に何やってんのもういい加減にしろっ!」

 叫びつつ、彼の頭の左横、拳数個分のところにめり込ませた。

 あまりのことに呆然としていた彼も、咄嗟に目を閉じる。

 反応は──劇的だった。

 轟音と共に祭壇がひび割れ、脈打ちは消え、彼を捕えていた縛鎖は溶けるように姿を消し、彼は少女にしがみつくようにふらりとくずおれた。そんな彼を、少女は構えていた左手で難なく受け止める。

 彼の知らない甘い香り。初めて触れた、温かさ。

 ──こんなに心地よいものだなんて、知らなかった。

 そんな彼の体をしっかり抱き支え、少女は囁く。

「……ちょっと寒いかもしれないけど、男の子だし……とりあえず、外、出る。いいね?」

 頷く間もなく彼を抱いて少女が飛んだ先は、王宮の尖塔。

 ──初めて、空を見た。

 月を初めて見た。空の広さに、星の輝きに──それが何であるかも、その感情の名前も分からなかったけれど、心が躍った。

 風は少し涼しかったけれど、少女のぬくもりがあるからなんということはなかった。

 ぐるりと首を巡らせば、月明かりに照らされた城下の町も、白く巨大な城も、ここからは見下ろすことができた。

 ──これが、外。

 そして広がる世界よりも何よりも美しい目の前の少女は、何回か深呼吸をすると、騒がしくなりはじめた城内にちらりと目をやり、次いで彼に視線を戻すと、彼に告げた。

「……時間がないね。私はリサ。魔族なんだけど、人間の協力者募集中なの。よければ一緒に魔界に来ない? ──っていうか、来て。あんな所に置いておけない──あなたの名前は?」

「……ウェンデルベルト」

 人間ではない、魔族ということに納得しつつ──先程の少女は正直なところとても怖かったので──初めて口にした自分の名は、少し違和感があったけれど。

「ねぇ、ウェンデルベルト。……お願いよ」

 見つめられて、囁かれて。差し出された手は、白くて綺麗で。

「……うん」

 震える手で、彼──ウェンデルベルトはその手を握った。




 ◆  ◆  ◆



 その日、運命の道は乱れた。

 

 空虚な心を魔につけこまれ、闇の聖女となるはずだったもの。

 復讐心にかられるままに、鮮血の傭兵王となるはずだったもの。

 心を閉ざしすべてを呪い、沈黙の暗殺者となるはずだったもの。

 色で惑わし囁きで揺らし、傾国の吟遊詩人となるはずだったもの。

 禁忌の恋にその身を堕とし、滅びの王子となるはずだったもの。


 彼らの未来は、未だ定まらず。




 


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