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協力者育成計画案
<目的>
・人界における協力者となる人材の中長期的育成
<立案理由>
・人界では身元が不確かだと上流階級で雇用がなされにくい
・よってそういうところで働くためには身元保証人となる者が必要である
・なるべくその保証人とは信頼関係を築いておいた方が、素性がバレたときにもやりやすい
<目標>
・十歳前後の子ども三名程度、最大五名の確保
※最終的な協力者は一人でもかまわない
<行動手順>
・対象の選定
占術にて、候補を絞り込む。人探しの応用として可能であることをミアンに確認済み。絞り込み条件は、将来有望そうかつ信頼できそうな該当年齢の少年少女。
※カードのみだと特定に手間取る可能性あり、ダウジングも併用する
・勧誘
自分が担当。協力的な人物であるかを実際に確認。対象本人の合意を取る。目標数が確保できた段階で帰還。基本待遇は三食おやつつき、昼寝もOKとする。
※手みやげとしてプリンを用意する。
・教育
魔術面でミアンの、武術面でゼスの協力取り付け済み。おおまかな部分は自分で担当。じいやにも協力をお願いする。その他適性が見られる場合には、他所より教師を呼ぶことも検討。世間知らずになるのは困るので、慣れてきたら週に一、二日程度ずつ社会体験をさせる。
※時期等は都度考慮。
・食事等
成長期の子どもなので、食事はバランスの良い物を用意。飼育舎および菜園の規模拡大が必要。基本的には二人一組の部屋割り。
・接し方
基本的になめられない程度に優しくする。
<想定される問題>
・ホームシックになった場合
勧誘の時に、人界に戻るのは基本的に期間終了後であることをあらかじめ説明はするが、可能なら家の近くにつれていく。その際本人が強く希望した場合、夢見の魔法による記憶封じをかけ、帰す。無理強いはしない。
長期的な意欲低下などに陥った際(怪我や病気に基づかないもの)にも、同様の対処とする。
・期間終了時人界に戻りたくないという場合
本人の希望を入れる。就職先などは、可能な限り支援する。ただし初回のみ。
<期間>
人界での成人が十五歳程度ということから鑑み、自分が成人するまでの六年間。
◆ ◆ ◆
「うん、よし。多分、大丈夫」
小さく呟いて、ネグリジェ姿のリサはここ数日というもの何回も見返した計画書を机の上に置いた。
人界の地図も用意した。彼女の魔法の先生であるミアンに作ってもらった、細いチェーン付きの、矢印が刻まれたプレートも蓋付きのバスケットに入れた。プリンは明日アーネストが用意してくれることになっている。
リサは奥の扉を開けて寝室に入り、よいしょ、と天蓋付きのふかふかベッドに乗り上がった。彼女が五、六人は一緒に寝られそうな大きなそれにごろんと転がり、天井を見上げると、知らず吐息がこぼれた。
魔人族が成人と見なされるのは十六歳だ。あと六年で、自分は成人になる。つまり。
「十年……か」
もう、そんなになるんだ。──「水原理沙」が死んでから。「リサ」が生まれてから。
長いようで短かった気もする日々。今はもう、会話に関しては意識しないでこちらの言葉をつむげる。書く方についてはまだ日本語の方がしっくりくるけれど、読む分については何の問題もない。いたれりつくせりな環境で、学ぶ時間は十分にあった。本はたくさん与えてもらえたし、彼女の先生たちやじいやは、彼女の突拍子もない質問に対して、きちんと丁寧に教えてくれた。
子どもらしからぬとは自分で時々思うものの、あえて子どものようにふるまうのも、一応二十歳まで生きていた水原理沙としては気恥ずかしいので無理に装いはしなかった。それにも、じいやは変な顔をすることもなかった。子どもの守役をするのが自分が初めてだとはいわれたけど、手慣れている様子だとは思う。本当かどうかは──まあ、どうでもいい。
水晶の明かりを小さくして、かなり薄暗い室内でも分かる自分の長い金髪をリサは手に取った。
──転生なんて、信じてなかったけど。
飢えることも、凍える寒さも、何もない。与えられるのは綺麗なドレス。鏡に映るのは、金髪の、綺麗な女の子。にやりと笑うことすら可愛らしく見える少女。
走っても心臓が痛むこともない。夜な夜な激痛に叫びたくなるのをこらえる必要もない。憧れの魔法を使うことができる。特に転移術と結界関係の術は、ミアンから魔界随一のレベルとお墨付きをもらった。魔力というやつも、他の人に比べてもとても強いらしい。──ただの人間の、しかも原因不明の難病持ちで、弱っちくて。痛みに眉をしかめるのに慣れすぎて、眉間にがっちり皺が刻まれていた、地味でかわいげのない水原理沙とは大違いの少女。それが、リーシャディエト・シェルニル=フィール・リグ・ディナレンス。おまけに魔界公爵令嬢。
それが今の理沙の体。
美貌も力も地位も多分金もあるって何その転生チート、と思った。笑った。前世で苦しんでいた分のご褒美ですか、と思おうとした。
けれど──喜べなかった。
真っ先に頭をよぎったのは、カッコウの托卵。
ほかの鳥の巣に、よく似た卵を産みつけて、自分では何もせずに育てさせて。他の卵は落として殺してしまい、何食わぬ顔で餌をねだる──。鳥に人間の倫理感を押しつけるのは間違いだと理解していても、初めて知った時はかなり衝撃を受けたその行為に、自分の状況はひどく似ていると思った。
居心地の良すぎる、贅沢な環境。本来それを享受すべきなのは、リーシャディエトで、理沙ではない。
──奪ってしまったのだ、と思った。
父である公爵を父と呼ばないのも、そのせいだ。
呼べば、多分喜ぶのだろうと思う。でも自分は、あなたの可愛いリーシャじゃないのだ。それが心苦しくて、いっそ嫌ってくれたらいいのに、と思った。だから、よそよそしくすることにした。──まあ、政略結婚に貴族の娘が使われるのはよくある話とはいえ、四年前に魔王の妃うんぬんと言われたときには「はぁ?」と冷たい目で見てしまったのだけれど。
考えすぎるところがあるとは、自分でも思っている。家族にも指摘されたことがあった。けれど、ろくに動かせない体で、唯一できたのは、考えることだけだった。それが、水原理沙という人間の、生存証明だった。二十年間そうしてきたので、もう直らないんじゃないかと思う。
──十年。
小学二年生の時に発症し、以来ほとんど病院か家にこもりっきりで、知識だけはそれなりにあるものの、社会経験というのがほぼ皆無なリサが、ようやく一歩を踏み出すことができた時間。
だいぶん、かかった。けれど。
「がんばろう……うん、がんばる」
一度ぎゅっと拳を握りしめ、リサは目を閉じた。
明日はきっと、これまでで一番忙しい日だから。