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相談相手は選びましょう

 白いポーチに並ぶ大小二つの影。

 左に座るアルの手には、握りしめたままの髪の束がある。その柔らかな銀色が、心持ち涼しさを増した微風に揺らぐのを視界の端に捉えつつ、ゼスは遠くの木々を漫然と眺めていた。

 彼に「聞きたいことがある」と言った少年はしかし、それきり言葉を発しない。秀麗な顔をわずかに伏せて、難しげな表情で何事かを考えている。そのため自分から口火を切るのは控えていたゼスだが、アルの隣に座ったときよりも見た目で分かるほど高くなった月の位置を確認して、顔をしかめた。──かなり時間が過ぎている。

 見てくれは獰猛であっても短気ではないゼスは、待つことはできるし、慣れてもいるが、だからといって好んでいる訳ではない。正直さっさと見回りを終えてミアンの所に戻りたいと思っている。

 しかし泣いていた子どもの助けを求める声を無視していくのも少々気が咎める。彼は内心で深くため息をついた。

 ──畜生。面倒くせぇ。

 アルが何について悩んでいるかはともかく、誰について悩んでいるかは簡単に予測がつく。だから面倒だ。

 ゼスとしては他人の、しかも子どもの恋路などには頭を突っ込みたくはないのである。

 五人がやって来てまだ数日だが、端から見ているだけでもはっきりと分かるほどに、子どもたちはリサを好いている。微笑みかけられることや触れられることを喜び、他者へのそれにむっとする。出会ってまだ数日しか経っていないにも関わらず、彼らはリサに心を預けきっているのだ。

 リサは勧誘してきたときの様子を詳しく語ろうとはしなかったが、五人の様子を見ていると、恵まれた状況で暮らしていたとは考えにくいので、それ故のことはあるだろう。しかし何をどうしたらこれだけ懐かせることができるのかと疑問に思ったものである。

 そして、アルは、柔弱な外見とは裏腹にかなり気が強く、賢い。子どもたち相手にやり合ったとして、泣かせることはありうるだろうが、泣かされるということは考えにくい。誰に対しても固く心を鎧っているのだから──リサ以外には。

 一方のリサは、彼らの自分に対する好意を認識してはいるようだが、かなり低く見積もっている節がある。なおかつ本人は母親役のつもりなのだろう、宣言したとおりに存分に甘やかしている。

 しかしいまいち自覚が無いようだが、リサは外見だけならば文句のつけどころがない美少女だ。中身のどうしようもない部分についても、今のところ子どもたちには見せていない。

 理知的で可愛らしい、かつほとんど年の変わらない、そんな相手に優しく甘やかされて、果たして母と認識できるかというと──甚だ疑問だ。

 ただ、リサがアルを傷つけるような不用意な発言をするとは考えにくい。何か一悶着あったようだから、そこを切り口にするかとちらりと考えたが──面倒だ。そんな細かい気遣いはガラではない。

 再び月をちらりと見やる。──もういいだろう。考える時間は十分にくれてやった。そう判断して、ゆっくりと立ち上がるそぶりを見せつつ彼は口を開いた。

「用がないんなら俺ぁもう行くぜ?」

 少年の言葉を引き出す意図をもってのその動作に、はじかれたようにアルは顔を上げた。

「リサはっ。……女の子が、好きなのかな」

「ああ、そうだな」

 慌ただしく紡がれたアルの問いに、ゼスは端的に答えてやった。すると少年は何ともいえない表情で再び黙りこむ。その様子に彼は内心で舌打ちをしたくなった。

 ──ああくそやっぱ面倒くせぇ。

 ゼスにとっては否定しても仕方のない話である。彼の見る限り、リサはミアンのことが大好きだし、メルと接しているときの表情が明らかに他の子どもたちのときとは違う。擦り傷程度で血相を変えるほどだ。事実を否定するのは、彼にとって意義のあることではない。

 しかしアルがへこんだのは確かなので、がりがりと頭を掻きつつ彼の横に座り直して、ゼスは訊いてみた。

「何が、あった?」

「……メルが、シグに、いきなりひどいことを言ったんだ」

 ぽつぽつと、アルは話し始めた。

「ばか、って。余計なことをするなって。止めてもまだ言うから、かっとなって、叩いてやろうと思ったんだ」

 けれどそれをリサに止められたこと。リサがメルばかり大事にしているのが悔しくて、ずるいと彼女に言ったら、メルが、ずるいのはアルだと、綺麗なのは顔だけだと言い捨てて走り去っていったこと。リサは、メルと友だちになりたいから彼女を選ぶと言って、メルを追いかけて行ってしまったこと。

 語るのに慣れているからか、何度も頭の中でそのやりとりを繰り返したためか。アルの説明は分かりやすく、それ故、状況が簡単に脳裏に浮かび──ゼスは軽く目頭を押さえて深く息を吐いた。

「なんつーか、そりゃぁ……」

 ──やべぇ予想以上にひでぇ。

 好きな相手に目の前でまざまざと優先順位を──自分が下であると──見せつけられたわけである。へこむのも仕方のない話だ。

 さすがにここは慰めるべきだろうとゼスは言葉を探す。これがもう少し年のいった相手なら「そんな女さっさと忘れろ」と言いながら酒でも飲ませるところだが、以前にリサが「子どもにお酒飲ませるのは体に良くないからだめなんだよー」と言っていたこともあるし、何より一緒に暮らしていて忘れるも何もあったものではない。

 彼がどうしたもんかと考えていると、アルは、ぎゅっと膝をかかえながら口を開いた。

「……僕は、娼館にいたんだ。他には女の人しかいなくて、男は僕だけだった」

 いや下働きなら男もいるだろうと反駁しかけ、その意味するところを悟り、ゼスは言葉を呑み込んだ。

 ──おいコラ聞いてねぇぞリサ。

 アルの足の傷の理由を訊いたときに、「変態にやられたみたい」と言っていたが、そういうことだったとは。

 言われてみれば納得できる部分があるのは確かだ。ゼスの嗜好からは外れすぎていて欠片も興味が無かったが、そういう輩がいるというのは知っている。

 だが明らかにアルはそれを厭っていた。

 顔をしかめるゼスの前で、アルは続ける。

「男なのに、女の子みたいに扱われるのが、ずっと、嫌だった。……でも、分からなくなった。リサは、メルを、メルばっかりを、すごく大事にしてる。……なんでだろうって、考えてたけど、分からなくて。でもメルに綺麗じゃないって言われて──そのせいなら、男なのに客を取ってたのが嫌なんだったら、どうしようって思って……怖くて、動けなかった。……もう、どうしようもないこと、だから」

 平坦だった少年の声が、震えた。

「でもさっき、リサは言ったんだ。あなたは綺麗だよ、って。……だったら、僕とメルと、違うのは男か女かって所だけだと、思うんだけど」

 アルの、銀の長い髪束を持つ手に力がこもる。

「……僕も、女の子になればいいのかな。──そしたら、リサに、メルみたいに友だちになりたいって言われて……大事にしてもらえるのかな」

 かつて捨てたかったはずのそれを、捨てられずに握りしめて。そこらの少女よりもよほど美しい、けれどまぎれもない少年のつぶやくような言葉は、苦悩の色に染まっていた。

 これほど手ひどく傷つけられても、それでもなおアルはリサを求めるのだ。

 しかし。

「いや無理だろ」

 ばっさりとゼスは斬って捨てた。

 くしゃりと歪んだ顔でアルがゼスを見上げてくるが、構わずゼスは続ける。

「分かりきったことをぐだぐだ言っても仕方ねぇだろ。おまえが男なのは変えられんことだし、おまえが女を装って、リサがそれで態度を変えるとも思えねぇな。──そもそもおまえ、リサの友だちになりたいのか?」

「……できれば」

 彼の問いに、アルはためらいがちに頷く。しかしそんな少年に、彼は畳みかけるように問うた。

「分かってんのか? 友だちっていうのはな──おまえはリサが、おまえ以外の相手と、おまえがしてきたようなことをするとしても笑っていられるってことだぜ?」

 問いかけに、アルは目を見開いた。

「それでいいのか?」

「──嫌、だ」

 即答だった。

 ゼスの言葉を理解した瞬間にこぼれ落ちたその答えは、まぎれもなく、アルの正直な気持ちだろう。

 ──これが、母親への思慕かよ?

 認識が甘過ぎだぜリサ。そんな思いと共に、ゼスは深く息を吐き出した。

「おまえがリサを好きなことはよく分かった。けどな──悪いことは言わん。あいつはやめとけ」

「……身分違いだから? リサが、魔族だから?」

 こわばった表情の問いかけに、ゼスはかぶりを振る。

「そんなもんは関係ねぇ。あいつがその気になればそんなもんは問題にならねぇ。──それ以前の話だ。リサがおまえらに優しくするのは、おまえらが弱っている可哀想な子どもだからだ。あいつは、弱っている奴には優しくしなけりゃならんと思いこんでるみてぇだし、おまけにおまえらの母親気取りでいるからな。対等な相手とは、見ちゃいねぇ」

 アルはもの言いたげな様子を見せるも、すぐに悄然とうなだれる。否定できる材料を持たないと悟ったのだろう。

 ──やっぱり、こいつは聡いな。

 傷ついている少年に、さらに追い打ちをかけているとは分かっているが、それでもゼスは続けた。

「あとは、条件が悪い。おまえは娼館から逃げたかったんだろう? で、リサがそこから連れ出したわけだろう? そうしたらな、感謝と好意をごちゃまぜにしているとあいつは判断すると思うぜ。ましてやおまえはガキだ。今のおまえがあいつにどんだけ好きだっつってもな、届かねぇよ──本気には取られねぇ。おまえが痛い思いするだけだ。だからやめとけ、と言っとく」

 現在進行形で自分が痛い思いをさせていることは、ひとまず棚に上げておくゼスである。

「諦められるなら、諦めた方がいい」

 そう締めくくり、彼はアルを見下ろした。

 面倒だという思いに嘘はない。

 けれど、この少年の選択に、興味はあった。

 見てくれは少女めいて、体は繊弱。けれど賢く、そしてその意志は──。

「諦めたく、ない」

 右足首にそっと触れ、しばしの沈黙の後に、アルは声を絞りだした。

「僕は、アージェント、だ。リサがつけてくれた名前なんだ。諦めてばかりのシメオンは、もう、いないんだ。……何もまだしていないうちから、諦めるのは、もう嫌だ」

 ゼスを見上げてくる水色の瞳に硬質の意志の光を宿して、彼は言う。

「リサが、好きなんだ。だから……僕は、リサと運命の相手(シェルニリエ)になりたい」

 それは、いわばさだめのつがい。世界でたった一人の、その人に出会うべく己が生まれてきたといえる存在。魂が求め合う者同士のことだ。

 リサのそれになりたいと、自分にとってのそれはリサであると、少年は言い放つ。

 ゼスの予想を越えた答えに、彼は軽く目を見はり、ついで口の端を歪めて笑った。

「……言うじゃねぇか」

 ──こいつはもう、立派な男だ。

 ゼスが思っていたよりも、ずっと。それは快い裏切りで、じわりと臓腑を愉悦が満たしてゆく。

 ──面白ぇ。

 彼の持論としては、子どもが男になるのは恋をした時だ。憧れだけではない、苦さを知りながらも、なおかつそれでも、と欲する時だ。

 だが、男としての道を歩きだそうとしているアルの道のりはどう見ても険しい。幼い恋と、どうせ実らないこととあざ笑うのは簡単だが、ゼスの好みではない。それならば、男の先達として、助言程度はしてもいいだろう。

 ──あいつにゃ悪いが、心情としてはこっちを応援したいんでな。

 リサの、子どもたちには今のところ見せていない面も知っている身としては、かなり本気であいつ結構ろくでもねぇぞやめとけよ、としみじみ思うのだが、すでに墜ちてしまっている者にとやかく言うのは彼の流儀に反する。 

 助言したことをアーネストが知ったら相当睨まれそうな気はするが、物理的にリサの意に反することなどできるわけがない。リサが嫌なら逃げるだろう。ついでにこの際リサが少しは男に目を向けてミアンから離れたらいいのだが。

 そう判断して、ゼスはアルに向き直る。

「手ぶらで戦い挑むのもどうかと思うからな」

 喉元の毛を撫でつけつつ、琥珀色の目を光らせて、彼は告げた。

「狩りの基本を教えてやる」



 ◆ ◆ ◆



 狩りの基本を教えてやる、と虎頭の獣人は言った。

「まずは相手を観察しろ。何を好むか、何を厭うか。おびき寄せるにしろ、罠を仕掛けたところに追い込むにしろ、それを知らなかったらどうしようもねぇ。どんな習性があるか、相手を知るっていうのがとにかく肝要だ」

 その声は、淡々とはしているが、リサのことは諦めろと言っていた時とかなり違う。何故いきなり狩りの話を始めたのか、訳が分からないながら、アルはその真意を汲み取ろうと必死で思考を巡らせた。

 ──狩り。相手を、観察。……相手? 獲物、じゃあ、なくて?

 そもそも、動物を狩るなら、相手がどこにいるかを探すところから探さないといけないのでは。そう思い──アルは小さく息をのんだ。

 ──そういう、ことか。

「手段は選べ、逃げられたら元も子もねぇ。仕掛けるのは逃げられない状況を作ってからだ」

 アルの様子をどう受け止めているのか分からないが、ゼスは特に表情を変えずに──元々虎の頭であるため表情の変化というのはかなり分かりづらいのだが──話を続ける。

「それから、自分の持っている武器を考えろ。どういう使い方をするか、どういう時に使うのが最良か」

 決して聞き漏らすまいと、真剣にアルはゼスの言葉に耳を傾けた。

 ──これは、ゼス先生の、助言だ。

 諦めたくないとは言ったものの、具体的にどうしたらいいのかということは、アルの中にはまだ無かった。ただ、好きだ好きだと言っているだけでは、リサが自分を好いてくれる訳がない。それはよく分かっていた。

 今、ゼスは、その方法を教えてくれているのだ。

「飛び道具も場所を選ぶ。相手から丸見えの状態で撃ちゃぁ、届く前に逃げられるだけだ。今の手持ちじゃ足りねぇってんなら、使える手札を増やすこったな」

 こくり、とアルは大きく頷く。

 物語の中の騎士たちには、危機からお姫様を守るだけの力があった。だからお姫様の心も得ることができた。

 自分には、その力が、無い。

 今からどれだけ求めても、走ったり跳んだりすることで、レイン達に追いつくのは、難しいだろうと思う。彼らもリサのために力を欲していて、そのために頑張っているのだから。

 でも。

 ──僕が、できることを、するんだ。

「言うは易し、だがな。覚えておいて損はないと思うぜ」

 アルは話し終えたゼスの琥珀色の目を見上げた。

「ありがとう、ゼス先生」

「──礼なんざいらねぇよ。俺はおまえの味方ってわけじゃねぇ。他の奴らにも訊かれたら同じことを言うぜ? それに、これっきりだ」

 肩をすくめるゼスに、小さくかぶりを振ってアルは言う。

「それでも、ありがとう。先生に相談して、良かった」

「そりゃ光栄だ」

 ゼスの大きい手が伸ばされ、アルの頭に置かれかけるが、その軌道は不意にずらされて、彼の右肩へと降りる。大人の手は、これまでアルにとって快いものではなかったが、軽く置かれたがっしりした手には、さほど嫌悪を感じなかった。

「じゃ、さっさと戻って寝ろよ。まあ、後からリサが謝りに来るかもしれねぇから、それまでは起きててもかまわんとは思うがな」

「……うん」

 リサの行動を読めるゼスが──その過ごした時間の長さがうらやましいと思うけれど、無いものねだりをしても意味がない。アルが頷くと、ゼスはぽん、と彼の肩を一つ叩き、棍を手に立ち上がった。

「もう一つ、言っとく。──焦るな」

 言いおいて悠然と歩き出すその後ろ姿に小さく頭を下げて、それでもアルはしばらくその場を動かなかった。

 目を閉じ、指を組んだ手に額を押し当てる。その姿は、あたかも祈りを捧げているかのようだ。

 けれど、彼は祈っているわけではなかった。ひたすらに、考えていた。

 ゼスに気づかされたけれど、アルはリサのことをそれほど知らない。まだ出会ってそんなに時間がたっているわけでもない。そんな相手に対して、滑稽かもしれないけれど。

運命の、相手(シェルニリエ)

 音にはせずに、唇だけでその言葉をなぞる。

 物語で時々出てくるその言葉。かつての自分シメオンにとっては、遠い遠いものでしかなかったその言葉。

 口にしてしまえば、それはとてもしっくりときた。

 リサは、彼の運命を変えたのだ。彼女に出会って、彼はアージェントになったのだ。

 ──それ、に。

 リサに触れられるのは、温かい。嬉しい。そしてどこかが、とろりととろけるような感じになる。それはひどく「気持ちがよかった」。他の誰にも抱いたことのない感覚だった。

 離れたくないし、離したくない。

 ならばどうするか。

 ──考えろ。

 あの綺麗な、優しい、賢い少女が、何を考えているのか。

 ──思い出せ。

 出会ってからの彼女の表情を、言葉を、行動を。

 記憶を総動員し、リサに関する事柄を拾い上げていく。その中で、一つ、気になることがあった。

 何故リサは、メルを追っていく時、わざわざ彼に、ああ言ったのか。

 ──僕が、気にしていると、思っている?

 だとしたら、それは見当違いだ。ゼスに言ったように、彼が気になるのは、リサが、そんな彼を嫌がらないかどうかだ。

 けれど、リサのその認識を、使うことができたら。



 後ろで扉が開く音に、アルははっと振り向いた。

 メイド型人形が二体、隙間から彼を窺っている。それに気づくと共に、アルは小さく身を震わせた。少し、肌寒い。いつの間にかずいぶんと時間が経っていたようだ。

「もう、戻るよ」

 声をかけると、人形達はこっくりと頷いて、よいしょと扉を大きめに開く。立ち上がって、屋敷の中へ入ると、一体は扉を閉めて、もう一体は横に置いてあった空箱をよいしょと持ち上げてアルに差し出しながら首をかしげた。

 何のことだろうと一瞬考えるが、自分が握りしめていた髪の束を思いだし、アルは、それを箱の中に入れた。

「捨てて、おいて」

 良いの? と言わんばかりに反対側にぐりんと首をかしげる人形に、アルは頷いてみせる。

 ──女の子にはなれない。友だちには、なりたくない。

 だから長い髪は、もう、要らない。

 了解、とのようにこくんと頷いた人形は、箱を抱えてぴこぴこともう一体と共にどこかへ走り去る。それをなんとはなしに見送り、ゆっくりと歩きだしたアルは。

「アージェントっ」

 息を切らせて上から投げかけられた声に、二階を見上げた。

 手すりから身を乗り出す少女の表情は心配そのもの。ゼスが言ったとおり、部屋にいなかったから探しにきてくれたのだろう。

 様々な想いを籠めて、彼は彼女の名を呼んだ。

「……リサ」

 優しくて綺麗で、でもひどくてずるい女の子。

 ──僕は君に触れられたいし、触れたいんだ。

 



 



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