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瘴気を抜きましょう その1

 翌朝、リサは被服室へとやってきていた。


 この家での衣類および布製品は、ほぼサーヴァント・被服班によって作成されている。

 原料となる糸は購入という形になることが多いが、リサのドレス用の絹については蚕から飼育しており、その管理も被服班が担当している。また、服の洗濯なども被服班の一部が請け負っている。

 つまり五人が増えたことで、忙しくなった部署の一つだ。

 そのため、被服室には多数のサーヴァント──リサは内心ではぴこぴこメイド隊と呼んでいる──が朝から忙しそうに働いていた。糸巻きの音や機織り機の音が、賑やかに響いている横で。

「こういうの、作ってほしいんだけど」

 リサは、「被服班長」と書かれたタスキをかけたぴこぴこメイドに、紙に描いてきた絵を見せた。そこには横に置いた円柱状の物が描いてある。

 襟に一本ラインが入っていることをのぞけばほかのぴこぴこメイドたちと変わらないすがたの被服班長は、黒いくりっとした目でふむふむとばかりに頭を揺らしながら、それをまじまじと眺めてから、リサを見上げると両手を広げて指先を垂直に折り曲げつつ首をかしげた。

 サイズは? と訊かれているのだと察して、リサも同様に両手を広げて幅を示した。だいたい一メートルほど。

「二人が一緒に座れる程度だから、このくらいかな。椅子みたいに使いたいの。またがる感じになるから、円の直径は四十センチ……じゃない、ええと、ニから二・五フィグくらいかな。あと、あんまり柔らか過ぎない方がいいな。これからよく使うと思うから、丈夫めに作ってくれたら」

 リサの注文にこくこくと頷きながら、リサから受け取った紙にサイズや仕様を書き込んでいく被服班長は、最後にリサが描いた絵を少し修正して、かまぼこ状の断面になるように描いて見せて、首をかしげた。

「あ、その方がいいね。安定感がある。さっすが班長」

 ぐ、とリサが親指を立てると、被服班長は照れたように後ろ頭に手をやった。

 絵がうまくない自覚のあるリサが持ってくる、へにょへにょした物でも、被服班長はいい感じにデザインしなおして作ってくれる、たいへんありがたい存在だ。

 リサは脳内にイメージを描くことは一応できるのだけれど、それを出力する──手で描くという行為がとても苦手なので、そういうことをさらっとできてしまう人は、うらやましいを通り越して、もう恐れ入るしかない。

 リサの知っているそういう人いわく、「練習したらできるよ」とのことだが、正直なところその人が練習しているところなど見たことがないので、あれは努力だけじゃなくて才能ってものだと思うのだ。そんな絶望的な練習をするよりも、別のやりたいことを優先してしまったわけだけれど、こういう時にはもっと上手に描けたらいいなぁと思う。

 たとえば先日お願いしたミアン用のエプロンドレスの制作の際には、リサのお絵かき能力限界を超えたので、仕方なく壁に脳内イメージを魔法で映しながらの全力プレゼンテーションをしたのだが、リサの情熱に班長は万全に応えてくれた。できた品の完成度の高さに、リサは非常に満足したものだ。布地の色は白、波打ちを減らして可愛らしさはやや抑えた肩口のフリル、ふともも半ばまでの絶妙な丈の長さ、背中で大きくクロスする布地の幅は広すぎず細すぎず、胸元は直線状にしてあえて甘さを抑えた全体のデザイン、どれをとってもすばらしい。特に後ろで締める幅広のリボンの流れ落ち方といったら芸術だ。見えそうで見えないぎりぎりの加減を追究したそれはもうぐっじょぶとしか表現できないもので、ミアンの体型を模したマネキンの前──というか後ろ──でリサは惜しみない拍手と賞賛の言葉を贈ったものである。

 残念ながらそれを着用したミアンの姿はまだ見ていないのだが、プレゼントとして受け取ったゼスの翌日のコメントが「ありゃいいもんだな」だったので、とても気に入ってはもらえたのだろうと思っている。服の上からでいいから着けてみせてくれたらいいのだけれど。

 閑話休題。

「じゃあ、よろしくね。できたら私の部屋に届けておいてもらえるかな」

 リサの言葉に了解とばかりにぴこ、と片手を挙げる班長およびその他メイド隊にひらひらと手を振って、リサは被服室を後にした。



 午前中は昨日の復習を少々と、算数の勉強をおこない、お昼をはさんで、家の外の菜園や厩舎を見学しつつ、野菜の収穫体験。厨房にそれらを届けたら、おやつをもらって、ゼスによる運動の時間、というより今日は遊びを兼ねたものだ。ヒヨヒヨと逃げ回る鳥の雛をつかまえて移動させて、元いたところをきれいにするのを手伝ったり、バサバサと逃げ回る成鳥に時折引っかかれたりしつつもがんばって捕まえて移動させるといったそれに、子どもたちはそれなりににぎやかに対応していた。

 ゼスが子どもたちを見てくれている間、リサはミアンと今日の授業の進め方の考察と明日の授業内容の検討などをしたり、食事班と今後の献立を相談したりと、こまごまとしたことをこなしていく。

 そしてその合間に、魔力を調律しつつ流す練習だ。

 ──ええと。少しずつ、そうっと、ゆっくりと。

 蜘蛛の糸のように、両指の間に細くのばした魔力の流れを、右の中指から左の中指へ、ゆっくりと流れるように。

 人のからだはさまざまな波動(パルス)で成り立っているから、実際は波打つような流し方がいいのだろうか。

 鼓動のリズム、呼吸のテンポを見定めて。個人に合わせるというのは、そういうことなのだろうか。

 いろいろと考えをめぐらしながら、リサが黙々と自室で練習に励んでいると、ノックがなされた。

「どうぞ」

 応えると、扉が開いて、ぴこぴこメイド隊が四体、えっちらおっちらと朝の注文品を抱えて入ってくる。

「すごい。もうできたんだ。ありがとう」

 リサが微笑みながら礼を述べると、メイド隊は運んできたそれを、小卓の横によいしょと置いて、ごらんくださいとばかりにぴこ、と手で示す。

 リサはそれに近づいて、検分してみた。

 オレンジ色を若干くすませたような色合いの表面は、注文通りに丈夫そうで長持ちしそうだし、押してもさほどへこまないが、それなりの弾力性はある。二人で座ってもこれなら問題ないだろう。

 試しにひょい、とまたがってみて、悪くない座り心地にリサはにっこりと笑った。

「うん、いい感じ。ありがとうね」

 メイド隊がその言葉に跳びあがって喜びを示していると、再度ノックが響いた。

「嬢様、お夕食の時間でございますよ」

「はぁい」

 ぴたりと動きを止めたぴこぴこメイド隊を小さく笑って促すと、リサは食堂へと向かった。



 ◆ ◆ ◆



 弦をはじくと、こぼれ落ちる珠のような音。

 三日月琴(トゥルア)を奏でるアルの声は高く澄んで、綺麗な声だなとレインは素直に思う。

 アルと同室のシグは、部屋に置いてあるその楽器に興味を持っていたらしく、夕食の席で弾いてみてほしいと頼んだのである。「後で」と了承したアルに、横で聞いていたリサが「じゃあ、ごはんの後に聴かせてくれない?」と提案し、アルが了承したので、食事を終えると、応接間とリサが言っていた、ふかふかのソファがいくつか小卓を囲むように置いてある部屋に移動して、子どもたちみんなでアルの弾き語りを聴くことになったのだ。

 アルの体の半分ほどありそうな三日月琴は、レインが初めて見る楽器だ。その名のとおり、三日月を模した胴部に弦が幾本も張られている。彼がいたところでは祭りなどの時の演奏に使われるのは、弦楽器といっても、もう少し小さなリュートなどだったので、綺麗な装飾の入った三日月琴をウェンと一緒になってしげしげと眺めていたら、あきれたような声で「そんな近いところに立っていられると弾きにくい」と言われてしまったために、今はおとなしく柔らかいソファに座っている。

 相変わらずレインにはとてもそっけなくて意地悪なアルだけど、奏でられる音色も、それに合わせる声も、きれいだ。

 隣に座るウェンは、その金色の瞳をじっと琴やアルに向けて、つむがれるおとぎ話に耳を傾けていた。

 恐ろしい竜が、お姫様をさらうのだけれど、そのお姫様がとてもきれいで、恐ろしい竜にも優しかったから、お姫様を好きになってしまうお話。

 驚くほど物を知らないウェンに、初めはリサに頼まれたとはいえ、すごく困ったものだけれど、ウェンは一度教えたことはたいがいすぐにのみこんだ。初めて会った時に感じた怖さも、首にリサからもらっていた、小さな銀色のメダルをかけてからは全然感じられない。

 シグも結構分かりにくいけれど、さらに輪をかけて表情が見られないウェンも、彼が笑顔を見せると、真似をするように唇の端を上げるようになった。まだ笑顔とは少し言いにくいけれど、ウェンはとても変わった育ち方をしてきたみたいだから、これからのことだろう。なにしろ、昨日初めてごはんを食べたと言っていたのだから、体は大きくても、赤んぼうのようなものなのだろう。

 彼の小さな弟も、あんな感じだったから。

 

 ──あれ。

 急に息が苦しくなったような気がして、レインは戸惑った。胸のあたりが重たくて、妙に息苦しい。

 ──どうしたんだろう。

 胸に手を当てて、静かに、ゆっくりと深呼吸をする。走って息が上がった時にするようにと教わった方法だ。

 何回か繰り返すと、少し楽になったような気がする──が、やんわりとした余韻を響かせて、アルの声と琴の音色が途絶えた。

 ──しまった。最後のあたりを聞いていなかった。

「レイン?」

 かけられたリサの綺麗な声に、彼ははじかれたように彼女を見上げた。メルと並んで座っていたはずのリサが、いつの間に近くに来ていたのかと驚いたけれど、立ったまま彼をのぞき込むその紫色の瞳に浮かぶのは、気遣わしげなもので。

「大丈夫? どこか苦しいの?」

 そっと頬に触れられる柔らかい指先に、彼の胸は高鳴る。先ほどまでの苦しさも、まぎれてしまったかのようだ。だから彼はかぶりを振った。

「ううん……もう大丈夫。──それより、今のところ聞けなかったんだけど、竜はどうなったの?」

 訊いた彼に、リサはちょっと目をみはり、代わって答えたのはウェンだった。

「まだ、分からない」

 ということは途中で止めてしまったのか、とレインは考える。たぶん、リサが立ち上がったから、アルが手を止めたのだろう。

「──ごめん、邪魔した。続き……」 

 レインは少し不機嫌そうな顔になっているアルに──これは止められたせいというより、リサがレインに触っているからだということがなんとなく分かってきたけれど、彼とてリサが他のやつをぎゅっとしたりするのを見ると、少しむっとしてしまうので仕方がない──謝って、続きを促した。

 しかし。

「続きは明日にして、今日はもう皆お風呂入って、寝る準備したほうがいいかもしれないね」

 やんわりと言うリサに、「えー」と不満そうな声を上げるシグとメルに、レインは少し、悪いことをしたような気分になる。言葉にしないが、たぶんウェンも残念がってるだろう。レイン自身も続きが気になっている。

 けれどリサは、彼から指を離し、くるりとみんなを見回した。

「これからどうなるのか、って、考えてみて。お姫様とか竜が、どういう風に考えて、どういう行動をするのかってこと」

 思いがけない言葉にぽかんとする彼らににっこり笑って、リサは続ける。

「正解を当てる、っていうわけじゃないから。自分だったら、こういう風になってほしいなっていう展開──ええと、お話の流れを、考えてほしいの。明日、お話の続きを聴く前に、一人一人に教えてもらうから、考えておいてね。──アージェント、すごく綺麗な声だった。ありがとう。明日もいい?」

 アルに目を向けると、アルは頬をほんのり赤らめて──こういう時のアルは、長い髪もあいまってどうしたって女の子に見えてしまうのだから、いい加減根に持つのは止めてくれたらいいのに──「うん」と頷いた。その上で、リサに「ね?」と首をかしげて言われたら──可愛い──それ以上とやかく言えない。

「じゃあ、お風呂に入る用意をしましょうか」

 リサの言葉に、全員が動き始める。レインもリサが手を差し伸べてくれたので、それを握って立ち上がろうとしたのだが。

「レイン、また苦しかったらすぐに言ってね? 我慢したらだめだよ?」

 心配そうにのぞきこまれて、レインの頬は熱くなった。

「うん。本当に、大丈夫」

 慌てて答えると、隣のウェンが小さく頷いて、言った。

「お風呂で、ちゃんと、見てる」

 レインは少し驚いた。これまでほとんど問われたことにしか答えなかったウェン。自分から発する言葉といえば、「それ、何?」くらいだった彼が、レインとリサを気遣って喋ったからだ。

 レインと同じことを思ったらしいリサも、ちょっと目をみはったけれど、すぐに嬉しそうににっこりと笑った。

「助かるわ、ウェン。何かあったら助けてって叫んでくれたら、できるだけすぐに行くから。……お風呂に入ってるときは、じいやが行くかもしれないけど」

 リサの微笑みに、ウェンも唇の両端を上げた。

「分かった」

「あ、あとね、レイン」

 立ち上がったレインの耳にそっと顔を寄せて、リサは囁いた。

「お風呂から上がったら、一人で私の部屋に来てくれる?」

 思わずきょとんとリサの顔を見つめてしまったレインだが、「場所、忘れた?」と再度首をかしげられて慌てて大きく頷いた。昨日案内されたばかりだから、まだちゃんと覚えている。

「大丈夫、覚えてる。……分かった。行こうか、ウェン」

「うん」

 なんとなくどきどきするものを感じつつ、レインはウェンの手を引いて歩きだした。

 



 


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