病にかからない病
植木直人(65)この男は人生で一度も病気にかかった事が無いのだ。
もちろん怪我をした事はある。
昔からスポーツが好きで高校までサッカー、大学ではラグビー、現在の趣味はランニングと毎日体を動かしている。
食事は栄養士の資格を持っている妻が毎日完璧な栄養バランスで用意してくれる。
会社の健康診断ではオールA、直人は妻には頭が上がらない。
そんな直人が定年を迎えて初めて自ら病院へ行ったのだ。
理由は病気では無い、病気にかからない事が異常だと思ったからである。
「先生、六十五年間も病気にかからないなんて、私はどこかおかしいのでしょうか?」
「そうですねぇ、これは大変言いづらいのですが…」
医師の沈黙に直人は生唾を飲んだ。
「これは病にかからない病です」
「えっ?」
理解が出来ず聞き返す。
「ですから落ち着いて聞いて下さい、これは病にかからない病です」
「それは…、どこか悪いんでしょうか?」
「いいえ、悪くはありません。
ただ病気にかからないという難病で私も長い事、医者をやってますがこの病気にかかっている人を診たのは初めてです」
細かく説明してくれているのは分かるが、それを聞いても理解できず直人は再度訊ねる。
「その病にかからない病になると私はどうなるんでしょうか?」
「病気になりません」
「病気にならないという病なんですか?」
「はい」
お互いを探るように二人の間に沈黙が流れた。
その沈黙に耐えられず口火を切ったのは医師の方である。
「では他に質問がなければ後ろの扉からどうぞ」
医師は扉を指差し直人へ退室を促した。
「いや、病気なら薬とか改善方法とか何か無いんですか?」
「治すというより病にかける方法はありますが治しますか?」
確かに医師の言うとおりでそんな事をして、わざわざ治す理由は無い。
「…いえ、治さなくて大丈夫です」
「では後ろの扉からどうぞ」
直人は黙って立ち上がり、生きてる内はもう二度と病院へ来る事が無かった。
病にかからない病という難病、この世には不思議な病気があるものだ。
(完)
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植木恵子(65)彼女が夫の異常に気付いたのはもう四十五年も前だ。
当時付き合いたての彼女達は若く浅はかであり、恵子が流行り病にかかった時、お見舞いに来た彼とイチャイチャしながらダメだと言いつつも別れのキスをする。
だが彼は感染しない。
そんな事もあるのかとネットで調べた所
『可能性としては低いが無い話ではない、病にかからない病という病気も少なからずある、だがその病気はリスクもあり……』
そんな嘘のような記事を見つけたのだ。
「…病にかからない病…」
ボソッと呟き本当に彼がその症例だとしたら、とんでもない逸材であり、絶対に逃してはいけない男性である。
これに気付いた私が運命の相手なのだと彼女は悟ったのだ。
恵子は全力でサポートする為に栄養学を学び、理想の彼女になった。
お陰様で付き合ってる間は喧嘩することなく、大学を卒業してからも良好な関係が続き、結果として一生を添い遂げる夫婦となるのだ。
「後は子供さえ出来れば完璧だったのに…」
恵子は直人が病院へ行っている間、唯一の後悔を口にするのであった。
(完)
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(病にかからない病か、これは凄い患者が来たものだ。彼は医学界の発展に繋がる人物なのでは…)
直人が診察室を出てからこの道三十年の医師である加川宗助(52)は興奮を隠せない。
「先生、次の患者さんです」
看護師の言葉で我に帰った宗助は考える事をやめ、仕事に身を入れる。
入ってきたのは自分と同い年程の男性。
「えーっと、高橋初さんですね、胃カメラ検査の結果ですが…」
患者のカルテを見て、宗助はすぐ違和感に気付いた。
「ねぇ! これ別の患者さんのカルテになってる、間違ってるよ!」
宗助が見ているカルテは二十代後半の男性であり、目の前の人物のカルテで無い事は一目瞭然であった。
宗助の言葉に答えたのは誰でもない、目の前の人物、高橋初である。
「先生、間違ってないですよ」
「えっ?」
「私は高橋初(27)、胃の調子が悪くて胃カメラ検査を受けた人物です」
改めて目の前の人物をまじまじと見て疑いはしたが検査内容も間違いなく、カルテの年齢とも相違無い。
「それは大変失礼しました。では高橋さんの結果ですが…」
宗助が話し始めると「いえ、それはもう結構です」と訳のわからない事を言い始める。
「いやいや、検査を受けたのですから結果は聞いた方が良いですよ」
「普通ならそうですよね、ただね先生、私は病にかからない病なので問題ないのですよ」
先程の患者の症状を口に出されて宗助はビクッ体を震わす。
「何言ってるんですか?」
それでも宗助は笑いながら対応した。
すると初は立ち上がり「先生、今度は間違えないで下さいね、間違えたら大変な事になりますからね」と静かに告げて手を差し出してきた。
宗助にはこの言葉の意味が分かった気がする。
彼は黙って先程の患者、植木直人のカルテを渡し、そのデータを消した。
「では行きましょうか」
男の言葉に宗助は驚いたが彼の後ろには既に別の医師が準備しているのであった。
(完)
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遺伝子学の第一人者、植木恵子教授、彼女の活躍は国にとって無くてはならないものである。
癌の完治、パンデミックに対抗する手段、新薬の開発、全ては彼女の元で成り立っていると言っても過言ではない。
それは彼女が優秀だからではない、彼女が管理しているといえる人物の力があっての事だ。
国の一部しか知らないその人物は特殊な細胞を体に宿し、いわゆる奇病にかかっている。
この奇病の難点は二十代前半で亡くなってしまうという特性があり、人類はそれの存在事態知る事が出来なかった。
だが彼女はそれを自らの人生をかけて阻止し、現在まで生かす事が出来ている。
これにより我が国はあらゆる病原体やウイルスに対抗出来る手段を持つ事が出来るのだ。
まさか今回、自らの異常性に気付き病院へ足を運んだのは驚きだったが、その痕跡はもう消した。
後は彼の秘密を知ってしまったこの先生だけだ。
医者なら理解してくれるだろう。
全ては国の為、いや人類の進化の為なのだから。
(了)




