私を捨てた公爵様、なぜ破産したのかわかりますか?
「ヤバい……」
貴族令嬢の私は、婚約者の公爵様の領地運営に行き詰まりました。
運良くちょうど公爵様がメイドと浮気している現場を目撃!
「婚約破棄、あ、ありがとうございます……!」と涙を流しながら笑顔で逃げ出しました。
——なお、公爵家は一ヶ月後に破産します。
浮気の復讐なんて考えてませんでしたが、伯爵の腕の中で公爵家が破産するのを見ています。
◆◇◆
「北の国で内戦……!?」
公爵家の執務室に伯爵が来て知らせてくれた。
「君に任せている俺の領地と北の国との取引はどうなる?」
「父の商会に任せていただいてる鉄鋼や軍馬用の干し草……ですよね? これらは契約更新の時期だったので、軍事需要が増えたら有利な契約ができるかもしれません……」
「そうか! 良かった……と言うのに、何故、浮かない顔をしている、令嬢?」
「……公爵家の契約を北の国としたばかりなんです……。内戦が起こるなどと思っていなかったので、不利な契約をしてしまった、かも……」
「この国でも誰も内戦のことなど知らなかったんだ。俺もさっき知って慌てて君のところに来たんだ。気にする事はない」
「そう言うわけにはいきません。領主様たちから大事な品物を預かっているのに、伯爵から聞くまで知らなかったのは私の完全な落ち度ですから」
「そこまでするから君を使いたくなる。国王の仲人で公爵と婚約してしまったのが残念だ」
私をじっと見つめながら伯爵様が言う。
私は、仕事中なのに胸が高鳴ってしまった。
(政略結婚でも、公爵様と言う婚約者がいるのに……)
伯爵様は、名残惜しそうに帰って行かれた。
◆◇◆
「やっぱり……」
(何度見ても、後払いになってる……)
自分だけがわかるような分類で置いてある書類の山から公爵家の契約書を取る。
(高級ワインや高級シルク……納品しても、現金の回収はできないかもしれない……。もしくは、ずっと遅れる……)
(わかっていても、この契約では、納品しないわけにはいかない……)
身体が重くなった。
(伯爵様の言った通りに、公爵様との婚約は国王陛下から直々にお願いされてのことだ。『甥の公爵はちょっと頼りないから、令嬢が面倒を見てやってくれ』と言われてる)
(婚約した当初の財政は火の車で、やっと建て直したところなのに……期待を裏切ってしまった)
(今回の契約で資金の回収が出来なくても破産するようなことはないし、すぐに取り戻せる失敗だけど……国王をがっかりさせてしまう……)
(国王の信頼があるから、有利に働いている取引もあるのに。公爵家以外の仕事にも影響が出てしまうかも……)
「ヤバい……」
(伯爵様にまで損させてしまったら、どうしよう……)
『そこまでするから君を使いたくなる』
(伯爵様が微笑みながら言ってくれたのに…)
「……うふふ」
(何? 笑い声……)
(失敗した私を笑う幻聴でも聞こえてきたの……)
声が聞こえてきた部屋を何気なく開ける。
「あ……」
そこにはメイドと絡み合う公爵様がいた。
(ありがとうございます!!)
(って違う! 婚約者が浮気してた現場を見たのよ!?)
(ありがとうございます!!)
(だ、ダメだ、脳が喜んで、それ以外考えられない)
「れ、令嬢……」
公爵が私に気づいて、言い訳しようと口を開く。
「婚約破棄、あ、ありがとうございます……!」
公爵に有無を言わさず、私は嬉し涙を流しながら笑顔で書類を誰にでもわかるように整理して、屋敷を逃げ出した。
◆◇◆
「は、伯爵様〜!」
公爵家の入り口で馬車に乗り込んで帰ろうとしている伯爵様が見えた。
「どうしたんだ、そんな大量のトランクを持って……? なにか取引で心配なことが見つかったのか……?」
「トランクの中は顧客の契約書類一式ですけど、伯爵様の取引は問題ありません! 公爵様の取引に問題があったのに、ありがたい事に公爵様がメイドと浮気してくださって……って、なんでもありません! ちょっと実家に帰りたいので、乗せてください!」
「公爵が浮気を……? そんな満面の笑みで! ありがたいとはどう言うことだ、令嬢」
(ああ、嬉しくてうっかり全部話してしまった……)
「な、何でもありません」
「……信用できない相手に領地の商品の取引を任せるわけにはいかないな……」
そう言われたら話さないわけにはいかなくなる……。
——馬車の中で話終わる。
「……もし伯爵様が私が領地の担当するのを不満なら、他の者に……いえ、代わってもらいます! 今すぐに他の者と交代した方がいいです!」
胸がズキンっと痛む。
(伯爵様と会えなくなるのは、とっても残念だけど……)
「いや、むしろ今の話からは公爵家の損失は抑えられているし、この事から国王の他の仕事への影響を心配している君の有能さに驚いているのだが……」
「そんな事ありませんよ、亡くなった母ならこんな失敗は絶対にしませんから!」
(転生前も転生後にも、会ったことがないくらい有能だった私の母。父の商会を支えていたのが母だったことは周知の事実で……私などまだまだ全然足元にも及ばない……)
「……しかし、公爵が浮気していたことにはショックを受けていないようだが……」
「それは、国王に言われての政略結婚なので、好きでもない公爵様に浮気されたからって何とも思いません。伯爵様に浮気されてたら怒ると思いますけど……」
「何故、俺だと怒るんだ……?」
「え!?」
「……君を商会に返すわけには行かなくなった」
「え!? って商会とも伯爵のお屋敷とも全然違う道ですよ!?」
「いい機会だから、最初から令嬢に俺の領地を見てもらうつもりだったんだ」
「……それは、かまいませんけど……。商会には連絡をしないと……」
「君の父上には俺と婚約したと言おう」
「え!?」
「領地で口説き落とすつもりだったが、令嬢も俺を好きだと分かったんだ。待つ必要ないだろう?」
「……私が伯爵を好きって……!」
「俺が浮気したら令嬢は怒るんだろう? 絶対に俺は浮気しないけど、君が心配ならずっと一緒にいればいい」
「ずっと一緒に!? 絶対に嫌です! 好きな人と一緒なんて緊張して仕事が出来なくなります!」
「俺と今まで話していて、令嬢が仕事が出来なかった時なんてないだろう」
「……それは仕事だから……。後で伯爵のことを思い出して、何も手につかなくなっていたんです!」
伯爵の動きが止まる。
「……令嬢……。今はそれを言うのはズルい」
伯爵が私の肩を引き寄せて髪を撫でる。
それだけなのに、私を見つめる伯爵の視線が甘くて……。
(胸が締め付けられて……何もできない)
「あ……私、さっき婚約破棄されたばっかりなんですけど……これじゃ、私の方が浮気したみたいです……」
「俺がずっと待ってたんだからいいんだよ。国王も俺が君を好きなことは知ってる」
「え……? なんで国王様が……?」
「国王は公爵と君を婚約させる前から、君に恋する男たちに、令嬢は公爵と婚約させると牽制していたんだ。俺は君を狙ってる山ほどいる男の中の一人だっただけだ」
「山ほどって……私はそんな好かれる価値ないのに……」
「これだけ有能なんだ。君の顧客は全員君が好きに決まっているだろう」
「……でも、一番頑張って立て直した公爵家の公爵様は私のことを評価してくれませんでした……」
「それは、無能にはわからないからな。宝の持ち腐れだったところに、公爵が浮気してくれて本当にありがとうございますだな」
「公爵様って、伯爵様からも評価されてないんですね……」
「国王が心配して、国中の男を敵に回しても国一の有能令嬢と婚約させるくらいの無能だ」
「そこまでですか……」
(まさか……)
「どうしたんだ? 思い詰めた顔をして」
「……出てくる時に公爵家と、私の商会との関わりを全部切ったんです。失敗した契約のこともあって、私の独自ルートとは関わらない方がいいと思って……」
「それは、浮気されたんだし切った方がいいんじゃないのか……?」
「……私のルートとは関わらないルートは残っているし、むしろ私がいなくなって、別ルートの商会も公爵様と取引したくてウズウズしてると思うんです……。だから、よっぽどの無能でなければ、私が立て直す前の破産寸前の状態に戻ることはないと思うんですけど……」
「……」
伯爵様が沈黙した後に言った。
「無能が破産しても気にする事はないさ、令嬢」
「破産、前提ですか!?」
(でも、一年以上経てば私が管理していた頃とは事情も変わるし、問題が出るかもしれませんね……。国王様への義理もありますから、なんとか破産だけはしないようにみましょう……)
なんて、のんびり考えている間に公爵家は破産した。
(ま、まさか私が出て行って一か月しか持たないとは……)
(逆にどうやったんですか!? 公爵様!)
◆◇◆
(うるさい女が出ていった)
(伯父の国王に公爵家が破産しかけた時に無理矢理に婚約させられた女だ)
(あれから破産などしなかったと言うのに、婚約解消する事も出来なかった)
(公爵家の財産目当てに居座っているのは分かっているのに、国王の手前追い出せない!)
『婚約破棄、あ、ありがとうございます……!』
なのにメイドと遊んでいるところを見ると、あっさり出て行った。
(こんなに簡単なことだったのか……)
(しかし、あんなに泣いて……)
(財産目当てというのは俺の勘違いで、令嬢はずっと俺のことを好きだったんだろうな。可哀想なことをした……)
令嬢が使っていた執務室に入る。
机の上に大量の書類が分類してある。
令嬢の手書きのメモと数枚の契約書が目につくように置いてあった。
『公爵様。申し訳ありません。大事な事なので手紙に残して……』
(未練がましい、令嬢の愛の告白か。可哀想だが出て行った後ではどうしようもない。もう遅い)
俺は令嬢の手紙をくず入れに入れた。
契約書を捨ててはいけないことは知っている。
ふと目に入った数字が素晴らしい!
(相場の倍の値段で取引されてる! 北の国……後払いだと……。この形式で全て契約したら大儲けじゃないか!?)
(なぜ、令嬢はやらなかったんだ? バカなのか?)
(有能だと国王から押し付けられた令嬢の本当の実力を俺が教えてやる!)
一ヶ月後に公爵家は破産する。
◆
「取引する商会がいないだって!?」
「北の国とのこのような契約はするべきではないと、全ての商会から断られました……」
執事が無念そうに言う。
「……令嬢か? 令嬢だな、邪魔しているのは……!?」
「旦那様、それは……! 『令嬢がいたから取引を続けていたんだ』と言うような事はどこの商会からも言われますけど……」
「そうか……。なら、令嬢と取引のない商会を使うまでだ!」
破産まで後、三週間。
◆
「これは素晴らしい品物ですね。当然、後払いででも高く売るべき物です。さすがは公爵様」
「ははは。君のような分かっている男と取り引き出来て嬉しいよ」
令嬢と取引のない新しい商会のルートで全ての輸出品を北の国との後払いの契約で送る。
「旦那様、そろそろ使用人の給金の支払い日です」
「それも、令嬢にやらせていたからな。久しぶりに使用人にも公爵家の財力を見せてやるか」
「それは久しぶりですね! 令嬢が来る前は毎回の旦那様の大盤振る舞いに皆喜んでいたのです! 令嬢が来てから、本当に使用人も貧乏を強いられていたのです!」
「すまなかった、執事。もう二度とあんな思いはさせない!」
破産まで、あと二週間。
◆
「いいんですか、公爵。こんな大金を一度に引き出して。もう銀行でお預かりしている資産はありませんよ。商会から入ってくるはずの決まった資金も止まっています」
「いいんだ、頭取。別の契約に全て切り替えただけだ、すぐに後払いの資産が戻ってくる」
俺は銀行から戻ると、使用人に給金を支払うように伝える。
令嬢がいて上乗せ出来なかった十二ヶ月分の大盤振る舞いだ。
屋敷中に歓声が上がった。
「旦那様! ありがとうございます!」
令嬢に絡み合っているところを見られたメイドを筆頭に、俺の愛人の可愛いメイドたちが並んでいる。
破産まで、あと一週間。
◆
「北の国に荷物が届いてないだと……!」
「はい、契約違反だとすごい剣幕で北の商人たちが迫ってきています」
「新しい商会はどうなっているんだ!?」
「わかりません……。ここは、以前取引のあった商会に聞くのがいいかと思いますが……」
執事の勧めで以前取引のあった商会まで来た。
「馬鹿かあんたは? あれだけ俺たち商会の皆で止めたのに馬鹿な契約をして、詐欺師に騙されて輸出品をぜんぶ取られちまうなんて」
「……騙された……俺が……?」
「俺たちは、令嬢の保証があったからあんたと取引してたんだ。令嬢と婚約破棄して自業自得で破産するあんたに用はないから、さっさと帰んな」
「破産……だと……」
破産、前日——。
◆◇◆
「公爵家が破産!? どうやって!?」
「輸出ルートを全部新しいルートにして、新しい商会を頼んだら詐欺師だったらしい」
伯爵様が教えてくれましたが、一度では頭に入ってきませんでした。
「……なんで、そんなバカすぎなことを……」
「無能だからだろうな……」
伯爵様があっさり言う。
「……無脳の恐ろしさ、身に染みました……。でも、商会の方たちも教えてくれたら良かったのに……。詐欺で盗られた輸出品には、輸出先の生活になくてはならないものがあったのに……。手に入らなくなった人たちはどうなってしまうのか……」
「さすが令嬢だな、読みが深い」
「褒められても、詐欺に遭うのを止められてないなら意味がないわ……」
「いや、君は止めてるよ。俺がいるからね」
「え? どうしたんですか、伯爵様」
さっぱり意味がわからない。
「君と取引のあった商会が公爵の異変を知らせてくれていたんだ。俺はその商会と相談して、詐欺の商会のふりをして、輸出品はいつものルートの乗せたんだ」
「……じゃあ、食べ物がなくて飢える人や、必需品がなくて困る人はいないのね……。伯爵様、ありがとうございます!」
私は伯爵様に抱きついた。
「でも、そんな暇あったの? 伯爵様」
「どうしてだ?」
伯爵様がイタズラっぽく私の顔を覗き込む。
私は顔が真っ赤にな。
(伯爵様は私とずっと一緒で寝る時も手をつないでいたんだから、そんなやり取りがあったら私が気づくはずでしょう? って口に出して言うのが恥ずかしい……)
(好きな人と一緒だと緊張して仕事が出来なくなると思ったけど、今では伯爵様がいないと仕事が出来なくなってます)
いつもみたいに伯爵様が髪を撫でてくれる。
「令嬢は寝てる時は全然起きないから、その間に手紙でやり取りしてたんだ」
「そ、そうだったんですか……。その利益はどうするんですか……?」
私は不安になって聞いた。
(利益は公爵様に返さないと、詐欺ってことにならない……? でも、公爵様に利益を戻しても、また破産するだけだし……)
「それは、国王と相談して次の領主に与えることにしたよ」
「次の領主……ですか……。また立て直すのは大変そうですね」
「令嬢はやる気がないのか?」
「実は、公爵家のあれだけの領地の立て直しは楽しかったので、またやりたいですけど……次の領主様がいますから」
「……あんな領地を楽しかったなんて言って引き受けてくれる人は君以外にいないよ……」
「え? あんなに楽しいのに!?」
「……僕が公爵家の領地は買い取る事に決めてしまったから、君がいないと破産してしまうよ」
「……! 嘘、伯爵様なら私がいなくても大丈夫よ。でも、私を選んでくれてありがう!」
「有能令嬢に喜んでもらう為だから、無理していただけだよ。これからは君の仕事の邪魔にならないように、君の夫として君を一生#愛でる役をするよ」
「夫……って、婚約、ありがとうございます!」
私は涙を流して、笑顔のまま伯爵様の腕の中に飛び込んだ。
◆◇◆
伯爵様と公爵家——今は、伯爵様の新しい領地に来た。
「なんでだ! なんで、俺が破産するんだ!」
庭で男が喚いていた。
かつて公爵と呼ばれていた人だ。
国王から爵位を剥奪されて今はただの平民になっている。
「やだわ、みっともない」
クスクスと笑っているのは、メイドたち。
かつて公爵の愛人だったものも何人かいるのだろう。
(この子たちのおかげで伯爵様の元に行けたのだけど……。主人と不倫したり、多めの給金をもらうのを当然だと思っていたり、この屋敷の使用人は質が悪すぎます)
(雇い続けていい人物か見極めないと……)
伯爵様の方を意味深に見ているメイドがいた。
(ありがとうございます!)
(あ、つい反射的に言ってしまった……)
公爵様と浮気していたメイド本人だ……。
(彼女は……公爵様と一緒にいてもらう方がいいわよね?)
「お待ちしておりました。旦那様、奥様」
屋敷の執事が迎え入れてくれる。
「下がっていい、伯爵家の執事がいる」
「……はい……」
(彼も……公爵様と一緒の方がいいかしら?)
「令嬢ー!」
公爵様……元公爵様が近づいてくる。
「なぜだ!? どうして俺は公爵じゃなくなったんだ!?」
(……そこから説明が必要ですか……?)
「令嬢がやらなかった利益率の高い契約で必ず儲かるはずだったのに、邪魔された!」
(何もわかっていない……!)
「元公爵……この領地は私と令嬢のものになった」
伯爵様が私の肩を抱きながら言う。
「無能な君が公爵でいるためには、令嬢が必要だったのに、捨てたのは君だ。おかげで俺が令嬢と結婚できた」
(伯爵様——いえ、私の旦那様……)
「……令嬢……俺が間違っていた…。君が俺を想って泣きながら出て行った時に、俺への強い想いをつづったラブレターを残してくれたと言うのに……」
「ラブレターなんて残してませんけど……。後払い契約をしてしまった、高級ワインや高級シルクの事についてのメモは残しましたが……」
(公爵様は勘違いをしている……。私は公爵様のことなんて全然好きじゃないのに!)
私は伯爵様を見る。
伯爵様は分かっているという顔をする。
「令嬢が契約した高級ワインや高級シルクの代金はだいぶ遅れたけど、支払いがあった。新しい領主の俺が受け取った」
「……良かった、ちゃんと回収できたの! 伯爵様!」
「さすが俺の有能令嬢だ。公爵はただ待つだけで何も失わずに済んだのに……本当に、無能だ」
公爵様の顔が歪み、膝から崩れ落ちる。
今度こそ本当に自分が何をしでかしたのか理解する。
私は公爵様のそばに近づく。
「……令嬢、やっとわかったよ。あの手紙を読んでいたら、君の言葉を全部聞いて君を見続けていたら、こうはならなかった……」
公爵様の瞳は澄んでいて、本心からの言葉のようだった、でも——。
「俺には君が必要なんだ……君を、愛している……。本当に、心から」
「もう遅いです」
私は伯爵様との結婚指輪を見せる。
『君には小さすぎるな……』と伯爵様が選んでくれた、大きすぎる宝石のついた指輪だ。
(公爵様とあのまま結婚させられなくて、本当に良かった)
公爵の目から涙が流れて、頭を垂れた。
公爵様が落とす涙の雫が、地面に大きなシミを作る。
「頭を上げてください。……公爵様には領地内で大事なな仕事をしていただきたいのです」
「大事な……こんな俺に、任せてくれるのか……令嬢」
「はい。炭鉱での肉体労働です。メイドと執事もつけるので頑張ってください!」
メイドと執事が「え!? なんで!?」という顔をする。
「まかせてくれ! 令嬢!」
公爵様は元気にうなずき、メイドと執事を連れて公爵家の屋敷を後にした。
(考える時間があるから、公爵様は余計な事をするんです。何も考えなくていいくらい炭鉱のお仕事をしてれば、給金だけ貯まっていきます)
(公爵様の浮気の復讐なんて全く考えていなかったけど、結果的に公爵家が破産することになってしまいました……)
◆◇◆
「令嬢の読み通り。公爵は炭鉱で、かなり優秀な働きをしているようだよ」
伯爵様が教えてくれる。
「また、いつそんな連絡を受けたんですか」
(ずっと私と一緒にいるのに……)
伯爵様は微笑む。
「それは、もちろん君の寝ている時にだよ」
髪を撫でて抱き寄せる。
「私が仕事中はずっと私のお世話してくれているのに、伯爵様はいつ休んでいるの……?」
「こうやって令嬢のそばいるのが俺の休憩だよ」
(と言って、たまに書類の不備を指摘してくれたりするのよね。私にしかわからない分類の仕方をしている書類もすぐに見つけてくれたり……)
(だから、私も気を抜けない……)
(でも、伯爵様の膝の上で体温を感じながら、書類を読むのは至福に時で……)
「……私も、伯爵様と婚約してから、ずっと休憩中です……」
私は、伯爵様のこの腕の中で一緒に領地を見ています。
(公爵様の腕の中からなら、母を超える仕事ができるかもしれない……)
伯爵様ともっと広い世界を見つめる私がいる。
でも、それは、もうちょっと先の話。
今はまだ、伯爵様と休憩中です。




