迷い人
はじめまして、浜坂です!
◆レーナ視点◆
――八年前、アズベルト帝国・帝都。
「いったい……何が、起きてるの?……」
私の名前は、レーナ・フレイムハート。
十歳の私は、お父さんのパン屋さんを手伝いながら、毎日のんびりと暮らしていた。
でも、その平穏は突然壊れてしまう。
空が赤く染まり、街に火の手が上がる。
まるで、世界が一瞬で崩れていくみたいに。
逃げる途中、街の中心で目にしたのは、白い仮面をつけた男の子。
彼はじっと立ち、混乱する人たちを見つめていた。
「危ないよ!早く逃げて!」
思わず叫んだ瞬間、男の子は兵士たちに囲まれてしまう。
「どうして……兵士たちが剣を向けてるの?」
足が止まり、頭が真っ白になる。
でも、その疑問はすぐに消えた。
男の子が手をかざすと、白い液体がふわっと舞い、兵士たちはふっと吹き飛ばされた。
「え……何それ?」
その時、ようやく気づいた。
この子が、帝都を壊した犯人だってことに。
「君は、いったい何者なの?……どうして、こんなことを……」
怖いけど、気になる。
心臓はドキドキ、手も少し震える。
それでも、気づけば声をかけていた。
男の子はゆっくり振り返り、にっこりと不気味な笑顔を向けた。
「オレは、マギアス。どうしてって?
そりゃあ、この帝国を――終わらせるためさ!」
終わらせる?
なんで、そんなことを?
私は、その言葉の意味が、全然わからなかった。
◆
――八年後、現在。
アルフィリア王国・国境付近の町。
「マギアス……また、あの日の夢……どうして、この夢を見ると、いつも泣いてるんだろ……私」
最近、あの日の夢を見ることが多くなった。
けれど、目が覚めると内容はほとんど思い出せない。
ただ一つ、はっきり覚えているのは――
「マギアス」という名前だけ。
そんなことを考えながら、私はしばらく呆然としていた。
その時――
「ちょっと貴方、寝てる場合?
このパン……どうなってるのよ!」
はっとして顔を上げると、目の前には顔を真っ赤にした女性客が立っていた。
手には――マヨネーズまみれのパン。
「マヨネーズ……また、マヨイくんの仕業ね」
私は小さくため息をつき、すぐに頭を下げる。
「大変申し訳ございません!
こちらの不手際です。すぐに返金いたしますので!」
そうして対応している間にも、別のクレーム客が次々と現れた。
――もう……どれだけやらかしてるのよ!!
「お義父さん!お客さん対応、お願い!!」
私は店の奥へ声を張り上げる。
そこは、パン屋の店主、つまり私の養父がいる場所だ。
「私、マヨイくんに文句言ってくる!!」
どうせ、いつものあの公園で売り子をしているはず。
「ちょっ! レーナ!?
それ、完全にお義父さん任せじゃないか!」
背後から聞こえる声を無視して、私は店を飛び出した。
◆マヨイ視点◆
「世界一美味しい〜!パンはいかがですか〜!」
僕の名前はマヨイ。
今は、この国境の町の公園で、パンの売り子をしている。
……もっとも。
そうやって名乗れるほど、僕は自分のことを知らない。
僕には、過去の記憶がほとんどない。
気づいた時には、この町にいて、レーナという火魔法使いの少女に拾われていた。
彼女の話では、町の近くの森で倒れていたらしい。
けれど――その時のことは、何一つ思い出せない。
そんな僕の平穏は、唐突に破られた。
「てめぇよ!何が世界一美味いだ、この野郎!
このパン食ったら、胃もたれしたんだが!?」
気づけば目の前には、どう見てもガラの悪そうなお兄さんが立っていた。
「えっと……すみません?
でも、マヨパン……最高じゃないですか?」
「どこがだあああ!!」
次の瞬間――
僕の頭の中に、低く響く声が流れ込んできた。
『マヨイ……今日、この町は終わりを迎える』
……え?
今のは、一体……?
町が、終わる?
そんなこと、あるはずがない。
だって、この町は――
こんなにも平和なのに。
「おい!話、聞いてんのかあああ!」
「なんで、皆さんマヨネーズをそんなに否定するんですか!?」
その時――
「それはね……マヨイ君が、常識の範疇を超えた量を使うからでしょ!!」
赤髪のツインテール。
見覚えしかない美少女が、勢いよく割って入ってきた。
「レーナちゃん!いいところに来たね!
このお兄さん、怖くて困ってたんだ!」
「……」
レーナは一瞬だけ僕を見て、すぐに視線を逸らし、男の方へ向き直った。
「……僕のこと無視?それ、酷くない?」
「この度は、大変申し訳ございません!
後ほど、このマヨバカは、きっちり叱っておきますので!」
「マヨバカだと!?」
それは――反論せざるを得ない。
「はぁ……分かった。
今回は許してやる。次はねぇからな!」
そう吐き捨てるように言い残し、男は去っていった。
◆
「はぁ……なんで、いつもこんなことするの?」
レーナは小さくため息をつき、僕を見て問いかけてきた。
「それは……誰かに、自分のことを認めてほしいから、かな」
少しだけ言葉を探してから、僕は続ける。
「僕には、記憶がない。だから今の僕にあるのは……この、マヨネーズを生み出す力だけなんだ」
「なるほどね」
レーナは腕を組み、少し考えるように視線を落とす。
「私も、火魔法しか使えなくて、学園を休学中だから……その気持ち、分からなくもないけど」
そして、困ったように微笑んだ。
「さすがに、やりすぎよ? マヨイ君」
その表情は、確かに優しかった。
けれど――どこか、影を落としているようにも見える。
「ごめん!でも、どうせなら、たくさんマヨネーズを味わってほしくてさ!」
その瞬間――
ドゴォォン!!
遠くから、爆発音と、いくつもの悲鳴が響いた。
◆
「……これは、酷い」
爆発音が聞こえた方角へ、僕たちは走っていた。
周囲の家々は焼け落ち、空気には焦げついた匂いが充満している。
さっきまでの日常が、嘘みたいに崩れ去っていた。
やがて辿り着いたのは、町の中心――噴水広場。
そこで、僕たちの視界に飛び込んできたのは――
青い肌。
黒く湾曲した角。
背中に生えた翼。
「あれは……」
「魔族よ……しかも、中位魔族」
そう呟いたレーナの体は、小刻みに震えていた。
「僕たちじゃ……勝てっこないよ。早く逃げないと!」
「逃げる? 無駄ね」
レーナは唇を噛みしめ、魔族から目を逸らさない。
「魔族のスピードを舐めたらいけないわ。
この町が……全滅するのも、時間の問題よ」
「まさか……レーナ、立ち向かう気!?」
「だって……仕方ないじゃない!!」
叫ぶように言い放ち、彼女は杖を強く握る。
「どうせ、ここで終わるなら……最後まで、抗ってみせるわ」
そう言って、震える足を無理やり前に出し、魔族の元へと歩き出した。
「……僕は、どうすればいいんだ」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
「行かなきゃ……でも、怖い……!」
その時――
『君が、行かなくてどうするんだ?』
ガチャリ、ガチャリ――
金属が擦れ合う音。
それと同時に、低く落ち着いた男の声が、僕の頭に直接響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは――
全身を甲冑で覆った、一人の騎士。
ただし、その姿は――
まるで霧のように、透けていた。
読んでいただき、ありがとうございます!




