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時空の魔女は師匠を生き返らせたい  作者: ダオ空名
【一章 時空の魔女】
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七話 森の中を散策

 【普通攻撃魔法(シュート)】の練習が一段落したある日、私は薬の調合をしていた。無痛薬は大量に作ってあるので、今は新しい薬を調合しようと思っている。こうした魔力を使用して薬品や魔道具を作ることは錬金術と呼ばれている。魔法使いは魔法だけ極める人、錬金術だけを極める人、どちらもそれなりにやる人など様々らしい。私は魔法も錬金術もどっちも好きだ。錬金術で作るモノはできそうなモノを無目的に選んでいる。無痛薬以外は日常的にあまり使い道がないからね。強いて言うならば、ポーションとか風邪薬位かな。なので、初級編を片っ端から調合してきて、今最後のレシピであるマナポーションを作ろうと思う。マナポーションは魔力を回復する薬だ。実は見たことない素材があって困っていたりする。ゼリアムの葉、植物なんだろうけど見当がつかない。ここの工房にある素材は全て把握しているつもりだけど、もしかしたら他にも倉庫みたいなところがあるかもしれない。イザベラ師匠(せんせい)に聞いてみようかな。多分、リビングルームにいるはず。工房の奥にある扉を開けると、長い廊下が続いている。壁には均等にランタンが吊るされていて、ほんのり明るい。この家、イザベラ師匠(せんせい)が空間魔法でいじくり回しているから、外観と中の体積が全く一致していないんだよね。工房位の広さの部屋が数十個もあるのだ。これだけ広いのでイザベラ師匠(せんせい)は転移魔法で移動するけど、私はあの人ほど簡単に転移できない。だから、こうして身体を使って移動しているのだ。廊下の左右にはずらりとドアが並んでいるので、目的の扉を開ける。そこには、見慣れたダイニングテーブルとロッキングチェアでくつろいでいるあの人がいた。


[イザベラ師匠(せんせい)、調合素材について聞きたいことがあるのですが……]


 ロッキングチェアの隣までくると、イザベラ師匠(せんせい)は頭を背もたれに預けたまま首だけ横に向けるのであった。穏やかな表情で向けられるアメジストの瞳に、私は吸い込まれそうになりジッと見てしまう。彼女の美貌はあらゆる世代の男女達の目を奪ってしまうだろう。二年以上は一緒に暮らしているのに、未だに慣れない。


[足りない素材でもあったかしら?]


[はい。ゼリアムの葉が見当たらなくて]


[それなら、森の中に自生しているわよ]


 自生しているならわざわざ保存しておく必要もないということか。


[森の中ですか……。行ってはダメですよね?]


[いいわよ]


[えっ、いいのですか!]


[そのために攻撃魔法を練習させたのよ。いい機会だし、魔物との戦いにも慣れておきましょうか]


[魔物と戦うのですか? ちょっと、気が乗りません]


[どうして?]


[……怖いから]


 魔力を取り込んで変化した生物は魔物と呼ばれている。本の記述によると、普通の動物よりも圧倒的に凶暴で強大な力を秘めているらしく、子供の私が太刀打ちできるとは到底思えない。クマに勝てる小学生なんていないように。


[心配しなくて大丈夫よ。ここら辺の魔物なんて【普通攻撃魔法(シュート)】で一撃よ]


[イザベラ師匠(せんせい)だったら、何でも一撃ですよ]


[私もいるから安心して。何かあったらこの前みたいに助けるから]


 大泣きした時の記憶がよみがえって、羞恥心が込み上げてきた。忘れようと思っていたのに。


[信じてますからね]


[お任せあれ。外へ行く準備をしましょう]


 黒のレギンスに黒革のロングブーツに履き替えて、青色のワンピースの上から紺色のケープを羽織る。亜空間から小ぶりの杖を取り出し、ケープの裾の中にしまう。森の中を歩くのだから、動きやすくて体を守ってくれる装いになるべきだ。これらの服はイザベラ師匠(せんせい)が作ってくれた魔道具で、なんと服のサイズが私の体に自動で合ってくれるのだ。それ以外にも、衝撃、斬撃、魔法攻撃を和らげ、暑さと寒さも軽減してくれるという至れり尽くせりの効果があるらしいのだが、まだそれらを実感したことはない。


[準備完了です]


 いつものように、黒い円が現れてそこをくぐると家の外に繋がっていた。


[直接、ゼリアムの群生地に転移しても良かったのだけど、折角だから歩いていきましょうか。今後、貴方一人で行くことになるだろうしね]


 こんなところを少女一人で行かせるつもりなんだ。ここは魔物がうじゃうじゃいるから森の中へ行ってはダメって、この前まで言ってたのに。そんなことを思いながら、イザベラ師匠(せんせい)の後ろをついて行く。ここの森は背の低い草花はあまり生えていなくて、空を覆うように巨木がいくつもそびえている。そのおかげで背の低い私でも視界は確保できるけど、巨木のせいで太陽の光は地上までほとんど届かない。それでも、地面に生えているコケが薄っすらと光っているので思いのほか暗いとは感じない。


[魔物に限らず、敵と戦う時は先手必勝よ。だから、常に周囲を警戒する必要があるの]


[警戒と言っても良く分からないです。周囲を注意深く見てればいいのですか?]


[あら、それで正解よ。特に貴方の場合わね]


[どういうことですか?]


[普通は結界を張ったり、魔道具を使ったりするのが魔法使いのやり方よ。でも、貴方には魔力が見える。魔物は周知の魔力を吸収しているから、一目見ればすぐ分かるわ]


 私は魔眼を発動して、周囲の魔力の動きを注視してみる。


[うわっと]


 魔力の動きに集中していると、バランス感覚が変になる。そんなことだから、木の根につまずいて膝をついてしまう。咄嗟に手が出たから、地面にキスすることはなかった。


[大丈夫?]


 手を引っ張ってもらって、立ち上がる。


[魔眼を使っていると、平衡感覚がおかしくなってちょっと気持ち悪くなります]


[魔力を見ながら体を動かすのは大変でしょうけど、これも修行だと思って頑張って]


 どうやら頑張るしかないようだ。引き続き魔眼を使い続ける。少しだけ、イザベラ師匠(せんせい)の歩く速度が遅くなった気がする。私に配慮してくれたのかもしれない。そんなこともあって、それからは転ぶことなく森の中を歩く。森の中を歩いていると、ここがとても静かなことに気づいた。鳥のさえずり、風にゆれる木々のざわめきそれらが全く聞こえなくて、私達が地面を踏みしめる音しか聞こえない。


[あそこを見て。魔物がいるの分かる?]


 イザベラ師匠(せんせい)は立ち止まると、ある方向を指さす。その先は巨木があるだけで、魔物はいなかった。でも、魔力の反応は違った。巨木の根元には大きな空洞があって、そこへ多くの魔力が流れ込んでいる。


[魔物かどうかは分かりませんが、魔力が吸い込まれているのは分かります]


[上出来ね。今から魔物を呼び寄せるから、頑張って倒して]


[えっ]


 この人っていつもいきなりだ。イザベラ師匠(せんせい)は拳よりも小さい魔力の塊を作り出し、球体は巨木の根元に向かっていった。そして、根元の中から光が溢れると同時に、一匹の魔物が這い出てきた。


[えっ……]


 出てきた魔物の姿に私は呆けた声を出してしまった。その魔物を一言で表すなら、赤紫色の体毛に覆われた熊。でも、その姿は私の知っている熊とは比較にならないほど、凶悪であった。二足で立ち上がった体長はイザベラ師匠(せんせい)よりもはるかに高く、四肢は筋肉で盛り上がっている。半開きになった口からはよだれが滴り落ち、赤色の目は暗く濁っている。


[グオオオオォォォォォ!!]


[あ……]


 凄まじい音圧とその迫力に私は尻もちをついてしまった。体が、動かない。完全に腰が抜けてしまった。ただただ怖い。勝てるわけがない。私がそうして眺めている間にも、ドドン、ドドン、と野太い音を立てながら赤紫色の熊が走ってくる。音からして、かなりの重量を持っているのは間違いない。このまま突撃されたら、小さい私の体なんて木っ端みじんだ。動かなきゃ、逃げなきゃ。


[ふー、ふー、ふー!]


 言葉すら上手く出てこない。私はその場で芋虫みたいに身体をよじるだけ。


[リビア! 杖を構えなさい! 死にたいの!?]


 初めて聞いたイザベラ師匠(せんせい)の怒声。ビクッと体が硬直した瞬間、言われるがまま私は杖を前方に向けていた。もう魔物は目前だ。


[【普通攻撃魔法(シュート)】!]


 ありったけの魔力を込めて、叫ぶように魔法を唱える。灰色の光球が魔物へ炸裂。圧縮された魔力が解放され、胴体に大きな風穴を空ける。


[ガアアアアァァァァ!!!!]


 おびただしい量の血をまき散らし、狂ったように暴れ回っている。胴体に大きな穴が空いているのに、ここまで動き回れる生命力に驚く。早く、殺さないと……。立ち上がって、杖を構えなおす。


[【普通攻撃魔法(シュート)】【普通攻撃魔法(シュート)】【普通攻撃魔法(シュート)】【普通攻撃魔法(シュート)】【普通攻撃魔法(シュート)】]


 私は何度も攻撃魔法を唱える。そのたびに、魔物から血しぶきがあがり、肉の破片が飛び散る。


[もういいわ。死んでる]


[はぁ、はぁ、はぁ]


 赤黒い血が広がる中、ぐちゃぐちゃになった肉の塊が落ちていた。もはや、熊の魔物は原型をとどめていない。むせ返るような血の匂い。手が震える。初めて、魔物を殺した。殺しちゃった。もう、恐怖は無かった。私は少しの達成感と高揚感の余韻に浸る。


[どう、初めての戦闘は?]


[良く分かりません。ただ、今は少しホッとしています]


[そう。先に進みましょうか]


 そう言われて、私は再び歩き始める。程なくして、ぼんやりしていた頭も普段の状態に戻ってきたので、改めてさっきの戦闘を振り返る。私は腰を抜かしてあんなにビビってたのに、イザベラ師匠(せんせい)は助けてくれなかったよね。何なら、怒鳴ってたし。確かにあれで、恐怖心が収まったのも事実だけど、七歳の少女にやらせることなのかな。いや、流石にやりすぎだよ。だんだん腹が立ってきた。


[そういえば、家を出る前イザベラ師匠(せんせい)はもしもの時は助けてくれるって言ってましたよね。あれって嘘だったのですか?]


 前を歩く彼女に向かって抗議の声を上げる。


[あら、それは心外だわ。まだ、もしもの時になっていないじゃない]


[死にかけたのですが……]


[まだ、死にかけじゃない。もしもの時、それは貴方が死ぬ時よ]


[ええぇ……]


[でも、一人で魔物を倒すことができたじゃない。これって、貴方が思っている以上に価値があることなのよ]


[はぁ……。そういうものですか]


 なんか上手くまとめられた気がするけど、今は納得することにしよう。何だかんだ、イザベラ師匠(せんせい)は私を見捨てないでくれている。この前の攻撃魔法の練習の時も助けてくれた。私はこの人を信頼しきっているのだ。それからは時折現れる魔物を倒しながら森の中を進んでいく。最初こそビビり散らした魔物との戦いだったけど、二回目以降は冷静に対処することができた。杖をしっかり魔物に向けて【普通攻撃魔法(シュート)】を放てば、大ダメージを与えられた。大概の魔物は一撃、大きい魔物は二回魔法を放てば勝負はついた。


 歩きすぎて足が痛くなってきた。こんなに歩いているのにまだ目的地に着かない。そんなことを思いながら、大地を這うように伸びている巨木の根っこを乗り越える。


[お疲れ様、着いたわよ]


 そこは今までの森の中と違って、太陽の光が降り注いでいた。魔力が濃い。青色の粒子が行き場を失ったのかのように下の方で滞留している。そして、魔力に埋もれるように水色のシダみたいな植物がいくつも生えていた。見渡す限り、シダだらけ。


[不思議な光景です]


[なかなかキレイなところでしょう]


[そう思います。どうして、ここだけゼリアムが自生しているのですか?]


[たまに魔力が溜まる場所ができたりするのよ。そういう所に、引き寄せられる動植物達もいるわけね]


[なるほど]


[魔法書以外も読むといいわ。読んでみると結構おもしろいわよ]


[そうですね。たまにはいいかもしれません]


 話はそこまでにして、ゼリアムの葉を根元からむしる。手元の葉っぱをしげしげと眺めてみる。見た目はシダそっくりだけど、透き通るような水色は透明感があって、キレイだ。いくつかゼリアムを回収した後、私達は転移の魔法で帰宅する。


[はぁ~。久しぶりに歩くと疲れるわねぇ。きゃっ!]


 なんともかわいい声を上げて、イザベラ師匠(せんせい)が何もないところでコケる。


[大丈夫ですか?]


[久しぶりに歩いたから転んじゃったわ]


 彼女はそう言いながら立ち上がるも、足元は少しふらついているように見える。今日の

散策で足腰が疲れているのかもしれない。


[ちゃんと運動した方がいいですよ]


[大きなお世話よ。次は箒で移動した方がいいわね]


[箒があるのですか? それって空飛べますよね!?]


 つい興奮して質問してしまう。だって、空飛ぶ箒がこの家にもあるんだよ。この世界には魔道具で空飛ぶ箒があることを知っていた。本によると、操縦の訓練は必要だけど、魔力を扱える者なら誰でも運転できるらしい。その記述を見た時は心が躍った。同時に、どうしてうちには無いんだろうとも思ったけど、今までイザベラ師匠(せんせい)に聞く機会を逃していた。


[今度教えるから、落ち着きなさい]


[約束ですよ! 絶対!]


[はいはい、今度ね。少し、汗をかいたからお風呂に入るわ]


[分かりました。私はマナポーションを調合してからお風呂入ります]


[あんなに歩いて、魔物とも戦って、あなた本当に元気ね]


 驚いた様子で彼女が言ってくる。


[普通に疲れてますよ。クタクタですし、足もめっちゃ痛いです]


 自分でもなんでこの状態で、調合しようと思うのかわけが分からない。でも、新しい素材が手に入って、早く作りたいという衝動が沸き上がってくるんだよね。新しいゲームを買ってもらった子供のような感じで。私が思っている以上に、私は魔法というものが好きなのかもしれない。失敗しかしてこなかった前世。今はやればやるほど成果が形になるから、楽しいのだ。


[ほどほどにしなさいね]


 そう言うとイザベラ師匠(せんせい)は転移魔法でどこかへ行ってしまった。ほどほどにしなさいって、お母さんかよ。心の中でツッコミを入れてから、私も工房に移動するのであった。


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