五話 鬼畜外道
何だか周りが明るい気がする。私は体を起こして、軽く伸びをする。
[ん~~~~っ、はぁ~]
史上まれにみるほどの清々しい目覚め。自分でもびっくりするくらい目が覚めてる。周囲を見渡すと、部屋全体が木の板で覆われていて、家具は木製の机と椅子のみだった。簡素な部屋だけど、寂しい感じはしない。ベッドから降りて窓から外を見る。相変わらず木だけしかない風景だけど、うっすらと明るかった。時間帯は早朝といったところかな。私はベッドに腰かけてなんとなく天井を見る。天井のシミが気になるとかそういう話ではない。昨日までの地獄と今の平和な目覚めの落差に現実味を感じないというか。それにイザベラ師匠の弟子になったけど、これからどんな生活になるのか漠然とした不安がある。イザベラ師匠になんて声をかければいいんだろう? イザベラ師匠とどう生活すればいいんだろうか? 魔法使いの弟子は普段何すればいいんだろうか? 弟子ならイザベラ師匠の身の回りのことをすべきだろうか? 本当に魔法を使えるようになれるのだろうか? なんだろう。この感じすごい久しぶりな気がする。ああ、そうか。今まで生きるのに必死過ぎて、これからのことを考える余裕も暇も無かった。こうして落ち着いて考えて将来に不安を抱けることって、幸せなことなんだ。そう思うと、私の体は独りでにベッドから降りてドアノブに手をかけていた。扉の先は昨日ご飯を食べた部屋に繋がっていた。イザベラ師匠は目を閉じながらロッキングチェアに座って、気持ちよさそうに揺れていた。私に気づいたのか彼女は揺れるのを止め、ゆっくりと目を開ける。
[おはようございます。イザベラ師匠]
[おはよう、リビア。そろそろ起きてくる頃だと思ったわ。朝食にしましょう]
[分かりました]
昨日と同じ席に着くと、テーブルの上にはすでに薄っすら表面が焼けたトースト、スクランブルエッグ、カリカリになったベーコンが置いてあった。ベーコンの香ばしい匂いが食欲をそそる。すごくおいしそう。こんな豪華な朝食はいつぶりだろうか。多分、日本で生きてた時に朝食を自分で作ったぶりだと思う。
[いただきます]
私は両手を合わせる。
[召し上がれ]
まず、トーストにかぶりつく。サクッとした触感につづいてふんわりとした口当たりが広がる。
[すごく、おいしいです]
転生してから食べたパンなんて硬くてカビてる黒パンのみだ。毎回腹を壊しながら食べてたけど、パンってこんなにおいしいんだ。
[ふふふ、おおげさね。普通のパンよ]
イザベラ師匠はクスクス笑いながらそんなことを言う。
[そうなのですか? こんなにおいしいのに。今まで食べたパンで一番おいしいです!]
[本当におおげさね]
イザベラ師匠は頬杖をつきながら言った。朝食を済ませた後、私は意を決してあることを聞いてみる。
[イザベラ師匠、私は家事や雑事といったことをやるべきだと思っています。弟子の身分で私はイザベラ師匠にお世話になりすぎています。正直、心苦しいです]
[そんなことを思ってたの? ふふふ、幼女のくせに生意気ね]
イザベラ師匠は茶化すように言う。多分、私が五歳だからまともに取り合うつもりがないのかもしれない。
[私は本気でそう思っています]
[気持ちだけ受け取っておくわ。私の弟子なら最も優先すべきことは魔法の修練よ。お世話になっていると感じるのなら、全力で魔法に打ち込みなさいな。それが貴方のやるべきこと]
[分かりました]
[それに、私こうみえてスパルタだから、多分、家事をしている余裕ないわよ]
微笑を浮かべながら彼女はそう言った。スパルタというのは方便で、しっかり魔法の修行に打ち込めってことなんだろうな。イザベラ師匠がスパルタ教育をする姿なんて全く想像できないもん。
[そうですか。魔法の修行はこれから何をするのですか?]
[その反応、本気にしてないわね。まぁ、いいわ。まずは、貴方の魔法適性を見る所から始めましょうか。その後、座学をみっちりやっていきましょう]
[魔法の修行。すごく楽しみです]
[私もワクワクしているわ。貴方がどんな素質を見せてくれるのか。ついてらっしゃい]
イザベラ師匠の後についていくと、昨日素通りした研究室のような部屋に入る。この部屋は結構広い。モノで溢れているから狭く感じるけど、多分学校の教室の倍以上は確実にあると思う。長机の前でイザベラ師匠が立ち止まる。勿論、机の上は様々なモノで埋め尽くされている。
[踏み台の上に立ちなさいな。それじゃ見にくいでしょう]
背の低い私でも、机よりは背が高い。だけど、机で何か作業するってなると流石にやりづらい。そんな私を気遣って、踏み台が床からにょきって生えてきた。
[ありがとうございます]
お礼を言って踏み台の上に乗ると、先ほどまで机を埋め尽くしていたモノ達は跡形もなく消えていた。その代わりに七つの結晶が置かれていた。それぞれ手のひらサイズで、赤色、青色、緑色、茶色、ベージュ色、紫色、そして灰色をしていた。それらは結晶の中で刻々と色身を変化させていて、例えば赤色の結晶は赤色からオレンジ色へとまるで炎が結晶の中で揺らめいているようで幻想的だった。きれい。私はそれら結晶の美しさに目を奪われてしまった。
[興味津々かしら。これは各属性の魔力を魔石に抽出したものよ]
[属性というのは七つあるのですか?]
[あら。察しがいいわね。ここで講義してもいいのだけど、まずは試した方が早いわ。順番に結晶を持って、魔力を流してみて。大丈夫なんとなくでいいわよ]
とりあえず、赤色の魔石を持ってみる。魔力を流せと言ってもやり方が分からない。ぎゅっと握りしめて手の中にある魔石に意識を集中する。うん、何も感じない。
[はい、いいわよ。次の魔石を持って]
あれ、これでいいのかな。特に変化はない気がするけど。赤色の魔石を置いて、次は青色の魔石を手に取ってさっきと同じように魔力を流してみる。そんなことを繰り返し、ついに六個目の紫色の魔石を机に置く。ここまで変化らしい変化は無かった。流石に不安になってくる。
[あの、イザベラ師匠。もしかして、私才能ありませんか?]
[普通は何個か反応あっていいんだけれど、貴方才能無いわね]
[えっ……。そんな]
面と向かって才能無いっていう人初めて見た。イザベラ師匠が言うのだから、私に才能無いのは本当なのだろう。魔眼持ちって言われて自分には才能があると勝手に思い込んでいた。あんなに期待していたのが嘘みたいに、今は心底自分に失望してしまった。それよりも、こんなダメな私を弟子にする意味ってあるのかな。もしかして、破門される?
[まだ、最後があるじゃない。早くそれを手に取ってみなさいな]
[はい……]
意気消沈しながら、灰色の魔石を手に取る。そして、今までと同じように魔力を流す真似事をしてみる。どうせ何も起きない。そう思った瞬間、魔石が爆発してはじけ飛んだ瞬間、私の視界は灰一色になる。そして、灰色の何かはどこかに行ってしまって、視界が元に戻る。
[えっと、一体何が起きたのですか?]
[魔石との親和性が高すぎて中身が飛び出ちゃったのよ。予想はしてたけど、貴方、時空属性に適性ありすぎね]
[時空属性……。イザベラ師匠が使うような魔法も時空属性に関係しているのですか?]
[その通りよ。ちなみに、属性の適性は個人によって違うの。適性が高い属性に関係する魔法はそれだけ習得も早いし、より効率的に使用できるわ。逆に、適性の無い属性は魔法の習得も苦労するわ。貴方の場合、もしかしたら時空属性以外の魔法は使えないかも]
[だから、才能がないということだったのですね……]
[でも、時空属性に貴方ほど適正ある子は今まで見たことなかったわ。それだけ個性のある魔法使いになれると思うわ。だから、そんなに気にしなくても大丈夫よ]
[分かりました]
素直に頷いておくけど、本音は少し複雑だ。そんなに気にしなくてもいいと言われたら、普通気にしますよ。イザベラ師匠の口ぶりから、多分、複数の属性を使えるのが普通なのだろう。普通から外れて良い人生を送れた試しがないから、不安しかない。
[さて、次は講義を始めましょうか]
中空に黒い円が現れ、そこからまるでカバンの中を漁るような気軽さで、イザベラ師匠は一冊の本を取り出した。表紙にはタイトルらしき文字が書かれているけど、当然読めない。いよいよ、座学が始まるらしい。やっぱり魔法という未知の領域を学べるのはかなりワクワクする。さっきは結果があまり良くなかったけど、気持ちを切り替えて集中しよう。
[筆記用具はありますか?]
講義と言えば、ノートとシャーペンはマストだと思ったので聞いてみた。まぁ、筆記用具がないと流石に覚えられないし。
[ちゃんとメモするつもりだったのね。良い心掛けね。でも、必要ないわ]
[どうしてですか]
[本に記述されている内容を直接脳に書き込めばいいのよ]
[脳に書き込む……?]
魔法でそんなことができるのかもしれないけど、あまりピンとこない。
[体験すれば分かるわ。とりあえず、二ページ分いってみましょう]
イザベラ師匠は本を開き、ページの表面をつまむように引っ張る。すると、本に書かれている文字が空中に引きずり出された。イザベラ師匠が人差し指を立てると、そこに青色に発光する文字が球体上にまとまる。そして、人差し指を私のおでこに向けると、球体上にまとまっていた文字が毛糸の玉から一本の糸がほどけるようにすごい速さでおでこに吸い込まれていくのであった。
[お、お、おぉぉ?]
最初は頭の中がもぞもぞするような感覚だった。でも、ある一定のところで急激に変化した。
[えっ? あ、あ、あああああぁぁぁぁぁ!!!!]
痛い痛い痛い痛い痛い痛い! 頭が破裂する! 本当に破裂しちゃう! 私は踏み台から転げ落ちて、木の床でのたうち回る。未だかつてないほどの頭痛に、どう対処すればいいか分からない。まるで脳みそに溶岩を流し込んで噴火させるような、そんな尋常じゃないほどの苦痛だ。こんなの耐えられるわけがない。そして、数分じたばたしてたら徐々に痛みが引いてきた。
[はぁ、はぁ、はぁ……]
私は仰向けの状態で荒く呼吸を整えていると、イザベラ師匠がのぞき込むようにこちらを見てきた。
[どう、気分は?]
[サイアクです]
[ふふふ、次期に慣れるわ]
[これ意味あるのですか?]
額の脂汗をぬぐいながら私は起き上がる。ただただ苦痛を与えられただけな気がするのだけど。
[大いにあるわよ。さっき刻み付けた本の内容を思いだせるでしょう?]
本の内容を思い出すって……あれ、何か分かる。頭の中に文字が思い浮かぶのだ。例えるなら、本の見開きページの画像を頭の中で再生している感覚に近い。今なら、何も見ずに二ページ分の文字を確実に書ける自信がある。イザベラ師匠のこと疑っちゃったけど、これはすごい魔法だ。これを使えばあらゆる情報を完全に暗記できるのだから。だけど、痛み以外に無視できない致命的な問題もあった。
[はい。でも、文字が読めません……]
本の内容を暗記できても読めなければ全く意味がない。これだと本当に苦痛を与えられただけになっちゃう……。
[それは失念してたわね。でも、大した問題じゃないわ]
[そうなのですか?]
[ええ。数をこなせばいずれ文字の意味も理解できるようになるわ]
[えっ……。文字の勉強をするのではなく?]
[そんなことしてたら効率悪いじゃない。とりあえず、今日は五十ページ分いきましょう]
さっきと同じようにイザベラ師匠の人差し指に文字の球体が現れ始める。えっ、本気なの。また、あの苦痛を味わうの。しかも、五十ページ分とか正気とは思えない。私はとっさに逃げようとするも、体を地面に押さえつけるような力が働いてその場から動けなくなってしまった。何もないのに、体が重い……。イザベラ師匠に視線を向けると、微笑を浮かべながら人差し指を私に向けていた。どうやら、私はイザベラ師匠のことを勘違いしてたらしい。この人はスパルタとかのレベルではない、鬼畜外道だ。現に私を魔法の力で押さえつけて、講義と称しながら理解もできない文字の羅列を苦痛と一緒に刻み付けようとしているのだ。ああ、あれが私の額に入ってくる。脳みそを侵される感覚。その後にやってくる痛み。その日、私は一日中部屋に絶叫を響かせるのであった。
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