三話 苦難と解放
男達について行くと村の中央広場に辿りついた。そこには多くの村人が集まっていて、よく見るとアーミル達もいた。多分、村人全員集まっているかもしれない。皆、私に軽蔑したような視線を送ってくる。そして、広場の中央には一本の木の柱が立っていて、その周りには枯れ枝が何重にも敷き詰められていた。ここまでお膳立てされてれば誰でも分かってしまうだろう。これから何が行われるか。私の手は今もお父さんにがっしりと継がれている。まるで、逃げないように私を拘束する鎖のようにだ。どうして、あの時逃げなかったのだろう。こんな未来が訪れることなんて分かっていたはずなのに。
[村長、魔女の子を連れてきました。これで、俺を信じてくれますよね?]
[ああ、もちろんだ。それは魔女の呪いがついた穢れた子供。お前の子供リビアはすり替えられ、かわりにこいつを育ててしまった。お前は魔女にそそのかされてはいないし、ただの被害者だったわけだ]
[あ、ありがとうございます! そうなんです! こいつはリビアを、ナターリアを殺した。そして、この村に災いを呼んだ! 野菜が育たなくなったのも、昨日アーミル君たちが魔物に襲われたのも、こいつのせいなんです!]
何を言っているの、この人は。理解が追い付かない。
[分かっているとも。これは全ての大魔女の呪い。速やかに呪いを浄化しなければならない]
村長がそう言って、男達に合図を送った。
[がはっ]
突然背中に衝撃が走って、地面に転がる。背中に重いものが乗っかる感覚があり、肺が潰れそうになる。多分、背中に膝か足を置いて私が逃げないように拘束しているのだろう。腕を腰に回され、紐で手を縛られる。顔を上げると、そこには私を見下ろすお父さんがいた。
[お父さん……]
[リビアの真似をやめろ。呪われた魔女の子め。頼むから早く死んでくれ]
みぞおち辺りが苦しい。気持ち、悪い。
[はぁ、はぁ、お、おぇぇ……]
[うわ、きったねぇ。ゲロ吐いてやがる]
アーミルが私を指さして笑っている。もう、何も感じないし、考えたくもない。それなのに、目から涙が、口から嗚咽が止まらない。悔しさ、悲しみ、怒り、絶望、自分が今何を感じているのか分からない!
[魔女を柱にくくりつけなさい]
男達に私は担がれる。この状態で抵抗したところで逃げられるはずがない。私はされるがまま、柱に縛り付けられる。村長の手には松明があった。まもなく私は火あぶりによって殺される。二度目の人生がこれで終わりとか、私救いなさすぎでしょ。最初はお父さんに殴り殺されるかと思ったけど、まさか火あぶりだとは、予想の斜め上だったね。そんなことを考えていると、ついに火が放たれる。くすぶっていた火は徐々に勢いを増し、同時に煙も出て私の肺を無遠慮に冒していく。何度もせき込み、肌に伝わる熱もどんどん増して、それに比例して恐怖も膨れあがる。ついに、枯れ枝は燃え盛り私の体が火に包まれた。
[やめて! 熱い、熱い! 痛い! どうして、私なの! どうして! どうして、私を苦しめるの! どうして、殺すの!]
ここから逃げたくて仕方ない。身体を左右に振って、ロープから抜けようとするも抜けられない。無駄なあがき。尋常じゃない熱さと痛み、生きたまま焼かれている恐怖。
[いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??]
頭がパニック状態。頭が真っ白だ。そんな時、偶然お父さんと目が合った。笑っていた。にやにやと。周囲を見渡す。皆、笑っている。私が惨めにあがく姿を見て笑っているのだ。これは魔女の呪いを浄化する儀式じゃないんだ。村人の不満を解消するためのただの見せ物。ただの娯楽、ガス抜きといった類なのだろう。そう思った瞬間、どす黒い何かが頭を埋めつくす。
[殺してやる! お前ら絶対殺してやるぅ!]
ありったけの感情を込めて呪いの言葉を吐く。怒りと殺意でどうにかなりそう。そんな感情を発散したくて、身体をさっきよりも激しく動かす。焼きただれた肌に紐が食い込み全身に電流が走ったような痛みが広がる。それでも、狂ったように身体を動かし、喚き散らした。そして、青い粒子が弾けた。
[えっ……?]
一瞬、何が起きたかわからず間抜けな声が出てしまった。縛られていたはずの私は後ろに転げるように倒れて、燃え盛っている火柱を今見ているのだ。今まで焼かれていたはずの場所をだ。どうやら、私は紐の拘束を抜けて火あぶりから脱出できたらしい。理由は分からない。そもそも脱出の仕方がおかしい。背中に柱があったのに、私は後ろに転がる形で抜けたのだ。勿論、今も柱は健在で盛大に燃えている。これでは、私が柱をすり抜けたようにしか考えられない。周囲からも動揺の声が広がる。身体は勝手に走っていた。全速力だ。なりふり構わず全身を動かす。このチャンスを逃しちゃだめだ。絶対生き延びて、あいつらを殺してやる。と思った矢先私の逃避行は唐突に終わった。
[あがっ!]
後ろから髪の毛をわしづかみにされると、そのまま顔を殴られて地面に倒れこむ。
[この魔女め! 一体どんな魔法を使った]
村人達の目の前で脱出したのだから、当然すぐに発見されてしまった。子供の走るスピードなんてたかが知れている。村人の左手には斧があり、それを振り上げた。
[変なことをする前に、殺してやる]
殺される。もう、逃げられない。なら、殺すしかないよね。さっき火あぶりから脱出した感覚は覚えている。恐らく、あれは魔法の類なんだと思う。私は目に意識を集中して、青色の粒子を知覚し、斧に向けて右手を突き出そうとした。
[素人が慣れないことをするもんじゃないわよ]
[え?]
女性の声が響いた気がした。
[ぎゃああああああぁぁぁぁ!! 腕が! 腕がぁぁ!]
女性の声に気を取られていると、村人の両腕が斧と一緒に消えていた。腕の断面から大量の血が噴き出ている。
[何が、起きたの……?]
首を振って左右を見渡し、最後に後ろを振り向くと黒の衣装を纏った女性が佇んでいた。女性の私ですら息を飲むほどの美しい女性。腰まで伸びた透き通るような白髪に切れ長なアメジストのような瞳。身体のボディラインを強調するタイトな衣装は足元から腰まで大胆にスリットが入っており、彼女の白く長い脚をあらわにしている。蠱惑的で妖艶な雰囲気を感じさせる一方で、肩から羽織った金刺繍のケープに特徴的なとんがり帽子から知的な印象も受けた。
[煩いわね]
彼女は指を一振り。何か硬いものが潰れるような音と共に、絶叫していた男の頭部が一瞬で無くなる。男の首からは今もドクン、ドクンとまるで心臓の鼓動と合わせるように血が噴き出ている。
[ヒウッ……、うぇ]
グロすぎる光景に私は口を押える。鼻孔に纏わりつくような血の匂いが吐き気を増幅させる。
[ちょっと刺激が強すぎたかしら? ふふ]
彼女は楽しそうにそんなことを言ってくる。そうこうしている内に、騒ぎに気付いた村人達が集まってきた。村長がこと切れた村人と私達を見て、ぎょっとする。村人達は[魔女だ]、[魔女の呪いだ]などと口々に言って怯えた様子だ。
[お前は、魔女なのか?]
村長が重々しい口調で彼女に問いかける。
[その通りよ]
[なぜ、このようなことを……]
[このようなことって、この子を助けたこと? それとも、そこの男を潰したことかしら?]
[両方だ]
[そうね。私から見てこの子には才能があると思ったから。そして、貴方達の蛮行を見てきたから、かしら?]
[ば、蛮行など。魔女を浄化することの何が悪いのか!]
[なら、あえて言うけど、蛮族を浄化するのも悪いことじゃないわよね]
[魔女の分際で、何をいっ……]
[【空間の崩壊】]
彼女がそう呟いた。ただそれだけで、空間が揺れて腹の奥底まで轟くような重く、鈍い音が鳴り響いたのだ。変化は絶大。さっきまであった火柱はなくなり、あるのは円形の赤色の池。自分でも何を考えているか分からないけど、目の前の光景を説明すると円形の池としか言いようがないのだ。何が起きたのか。多分、多分だけど、見えない重い何かで村人達が押しつぶされた。赤色の池は、村人達の成れの果て。肉片も残らず、全てが押しつぶされて、血と肉体だったモノになってしまった。もう、吐き気は収まっていた。ただただ、震えが止まらない。一瞬で、何十人も殺したんだ。この人が。
[さて、とりあえず危険は排除できたかしら]
[ヒッ……]
女性が私を見てそう話す。逃げないと。私も皆みたいに殺される。立とうとするけど、腰が抜けて立てない。私は地面を這いずって女性から逃げようとする。
[そこまで怖がられると傷つくわ]
いつの間にか女性が私の目の前に現れた。彼女は膝をつき私に視線を合わせると、手を伸ばしてくる。殺される。死の恐怖に耐えられなくなり、私は目をつぶる。
[こんななになるまで、かわいそうに。良く耐えたわね。偉いわ]
頭の上に手を置かれた感触があった。そして、優しく撫でられた。ただそれだけで、今まで張りつめていたものが弾けてしまった。
[う、ぐ、うわぁぁぁぁん!! ああああぁぁぁぁ!!]
私は訳も分からず大きな泣き声を上げる。後半は絶叫するかのように。大声で泣いていいと認められた気がして。こんな状況なのに、私は彼女に安心感を抱いてしまったのだ。
どれくらい泣いただろうか。声が枯れるほど泣いた。一生分泣いた。もう、泣きすぎて涙も声も出ない。
[スッキリしたかしら。まずは、その傷を治さないとね]
彼女はそう言うと、何もない空間から小瓶を取り出すと、それを私に振りまく。すると、全身の痛みが引いていくのを感じられた。私はうつ伏せの状態から身体を起こして、腕やお腹を確認する。
[ぎずがなぐなっでる……]
[ひどい声ね。ほら、これを飲みなさい]
先ほどの小瓶を手渡される。チラリと彼女を見ると、困ったような表情を浮かべた。
[警戒しているの? ほら、これで安心でしょ]
彼女は小瓶を一口飲み、安全であることをアピールする。再度手渡された小瓶を、私も彼女に倣って一口飲む。あまい。ぶどうジュースのような味。前の世界に飲んでいた味を思い出す。
[おいしい]
[これで声もでるようになったわね]
本当だ。喉が痛くない。流石にお礼を言わないとだよね。大量殺人を犯した人とは言え、憎き村人達を殺して、一応こうして助けてくれたわけだし。
[あの、助けてくれてありがとうございます。その、貴方は魔法使いなのですか? どうして、私を助けてくれたのですか?]
[そうね。私は魔法使いでもあり、魔女でもある。皆は私のことを虚空の大魔女イザベラと呼んでいるわ。これでも、結構有名なのよ]
[虚空の大魔女イザベラ……]
[私の名前、憶えてくれたかしら]
[ええ、まぁ]
[よろしい。貴方を助けた理由は、まぁ、色々あるけど。一番はかわいそうだったから、かしら。貴方のことは昔から観ていたわ。この村は私の領域内にあるからね。村で孤立していた貴方はとても目立って、惨めだった。本当は助けるつもりなんてなかったのよ。でも、流石に小さな子を火あぶりにするのわねぇ。だから、みーんな、殺しちゃったわ]
[そう、だったのですね]
[それに、才能ある子を見殺しにするには惜しいし、そもそも魔力を有していなかったら、私の目に留まることなんてなかったしね]
[魔法の才能が、私にあるのですか? 魔法というのは、イザベラ様がさっきやっていたことですよね? 私もあんなことができるのですか?]
魔法。誰しも一度は魔法が使えたらなと思ったことがあるはず。そんな摩訶不思議な力がこの世界にあって、私にその才能があると言われれば、期待しちゃうよ。
[どうかしら? 私の魔法、結構難しいわよ。まぁ、それなりの魔法使いにはなれるんじゃない。だって、良い目を持っているもの。見えるんでしょう? 貴方には魔力が]
[私のこの目は魔法によるものなのですか?]
両眼に意識を集中すると、青色の粒子が漂っている。
[魔法というよりは魔眼の一種ね。魔眼って結構珍しいのよ。努力で発現するものじゃないから、それは貴方だけの才能ね]
[私だけの才能……]
[それで、これからどうするの? 自由の身にはしてあげたけど、どう生きていくかは貴方次第よ]
[私は……。魔法を学びたい。魔法を学んで強い自分になりたい! だから、私を弟子にして下さい! お願いします!]
[ふふ。私は貴方の故郷を終わらせ、さらに言うと貴方の親を殺したのよ。そんな私の弟子になる覚悟はあるの? もしかしたら、私みたいに平気で人を殺すような魔女になっちゃうかも。それとも、ここの村人達みたいに貴方を苛め抜くかもしれないわよ]
[そんなこと構いません! だから、どうか弟子にしてください!]
おでこを地面にこすりつけ誠心誠意の土下座をしてお願いする。ここまで自分を主張したのは初めてだ。今まで、散々惨めな人生を歩んできた。常に虐げられ、常に弱者だった。周りが憎くて仕方がなかった。でも、何もできない自分が、変わろうとしない自分がすごく嫌いだった。だから、変わりたい。自分を変えられるのは、もう今しかない。これから何が起ころうが構わない。
[良いでしょう。貴方を私の弟子にしてあげる]
[本当ですか!?]
[ええ、本当よ。貴方を立派な魔女に育ててあげる。そう言えば、貴方の名前を聞いていなかったわね]
[私はリビアです]
[いい名前じゃない。それではリビア、私の工房に案内するわ]
イザベラ様がそう言った途端に、空間に真っ黒な円が浮かび上がった。円の淵は空間が歪んでいるのかユラユラしている。何だろう、何か怖い感じがする。先の見えないトンネルを覗いたような。本能的に不気味に感じてしまうというか。それなのに、イザベル様はすたすたと歩いて真っ黒な円に入ろうとしている。もう、体の半分ほど入ってしまっている。置いてかれる。そう思った私は、黒い円の中へついに入ってしまったのだった。
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