十三話 筆記試験
次の日の朝、私はヒルキマキア魔法学院に来ていた。昨日は魔法関連のお店を色々チェックして時間を潰した後、オディーリアさんから試験の詳細を聞いた。試験は二日間で、筆記と実技の二種類だそうだ。一日目に筆記試験を行い、二日目に錬金術と魔法技能試験なるものを行うらしい。魔法技能試験は出題された内容を魔法で解決する試験らしいけど、内容を聞いてもピンとこなかった。実技試験は出たとこ勝負になりそうだ。まぁ、試験対策なんてしてないから、成り行きに任せるしかないんだけどね。魔法学院に入城して、広すぎる廊下を歩く。通り過ぎる部屋全てのドアが閉まっている中、目的の部屋だけドアが開いていたので分かりやすかった。そのまま部屋に入ると、巨大な黒板の前に教卓があって、そこから距離が離れるほど座席の位置が高くなっている。全ての座席から講義内容が見える構造だ。大学の講義室はこんな感じなんだろうね。教卓の前には昨日ひと悶着したナイタル先生が険しい表情をしながら腕を組んでいた。この人今日の試験官なんだ。
[おはようございます]
[志願書を出したまえ]
挨拶無視とか感じ悪いな。それは昨日も変わらずか。オディーリアさんから貰った書類を彼に渡す。
[どうぞ]
ナイタル先生は書類に目を通した後、教卓にそれを置く。
[筆記用具が置いてある場所が君の席だ]
ナイタル先生はそう言いながら、教室の真ん中あたりを指さす。指示された席に座り、机の上には羽根ペンとインク壺が置かれている。試験用紙はない。後ろを確認すると、もう一人試験官らしき教師がいた。私が不正しないか見張り役ということなのだろう。こんな広い部屋なのに私しか試験を受けないのは何だか落ち着かない。そんなことを考えていたら、ナイタル先生が近づいてきた。私の前までくると、八枚の紙を裏返しに置いて砂時計も一緒に置く。
[私が教卓についたら、まず砂時計をひっくり返しなさい。それが試験開始の合図だ]
[分かりました]
[質問はあるかね]
[特には]
[時間内に終わるようせいぜい頑張るのだな]
嫌味のつもりなのかな。ナイタル先生が教卓についたので、砂時計をひっくり返してから試験用紙をめくる。八枚中三枚は問題用紙で他五枚はメモ用の紙ね。筆記試験なんて久しぶり。一体どんな内容かな。なるほど、三枚とも設問が書かれていてそれらを解いていく感じね。前世の期末試験と変わらないね。一枚目から順番にやっていこうかな。名前の欄にちゃんと書いてから、ガリガリと問題を解いていく。良かった、結構簡単だ。以下魔術式の魔力変換効率を求めよとか、五個の魔術式を組み合わせて新たな魔術式を記述せよとか、各魔法属性の適性を測定する方法三つあげそれぞれの特徴を述べよなど、内容としては中級者レベルの知識があれば十分に解ける。魔法関連の書籍を読み漁ってその全部を暗記している私は反則かもしれないけど、まぁ、それも実力ということで。そんな感じで砂時計が半分も落ちていない時間で問題を解けきってしまった。確認を二回やってだ。もう、やることがないので終わらせちゃおうかな。手を上げて教卓にいるナイタル先生に声をかける。
[ナイタル先生終わりました]
[なんだと? まさか、答案の半分以上が白紙ではないだろうな]
[もし、そうだったら時間いっぱいまで粘りますよ]
ナイタル先生は私の元まで来て、紙を回収しその場で目を通す。
[ふん。それなりには回答できているようだな。これで筆記試験は終了するが構わないな]
[いいですよ]
[明日も今日と同じ時間帯でこの部屋に来なさい]
[分かりました]
ナイタル先生と後ろにいた教師は講義室から退出していく。やることがないので私は転移魔法で家の工房に帰るのであった。
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リビアの筆記試験が終わった後、教師陣で会議があった。議題はリビアの採用試験についてである。会議は講義室の一室で開かれ、数十人の教師が席に着き、議長兼理事長であるオディーリアは教卓にいる。魔法学院始まって以来の異例の採用試験のため、この試験について教師人の中でも賛否両論だったことは想像に難くないであろう。そんな背景もあって円滑にリビアの採用をしたいオディーリアの思惑から会議が開かれていたのだ。オディーリアはメイドのレイチェルに視線を送ると、彼女はドアを閉めた。
[お忙しいところ、集まって頂きありがとうございます。早速ですが、リビア・マルクトの採用試験について進捗報告いたします。今朝実施された筆記試験ですが、満点の結果となっております。合格基準を大きく上回っているため、彼女の資質に問題はないと判断し、明日実技試験を予定通り行います]
オディーリアの報告で軽いどよめきが上がる。ある男性教師が手を上げ発言する。
[十二歳の少女が満点というのは信じがたい。熟練の魔法使いですら何人も落ちているというのに。不正は無かったのですか?]
[不正行為は認められていません]
他の教師からも声が上がる。
[事前に問題内容を流してなどいませんよね? 理事長はその少女に大分入れ込んでいたようですから]
[そのようなことはしていません]
[採点は厳格に行われたのですか? そもそも、不正が行われなかったことをどのように確かめたのですか?]
[それについては……]
実際に試験に関わっていない、オディーリアは正確に答えることができない。講義室がざわつく中、ナイタルがスッと立ち上がった。
[静粛に。リビア・マルクトの試験は私が監督し、採点も私が行いました。また、試験問題についても私が作成し、当日まで誰にも公開していません。彼女の試験に不正は無かったことを私が保証しましょう。採用するかは別として、実技試験を受けるだけの実力は彼女にあるようです。もし、何か質問があれば私がお答えしましょう]
オディーリアは目を見開きながら、ナイタルを見ていた。まさか、試験自体を否定していたナイタルがフォローするなど全く想像していなかったのだろう。そんな試験否定派の筆頭であるナイタルが言っているのだから、他の教師達もリビアの実力を認めるしかない。
[このまま試験を行うことに異論がある方はいますか?]
オディーリアはそう言って、周囲を見渡す。
[少しよいかね?]
白銀の髪を後ろにまとめた男性がそう言った。金色の瞳に人が良さそうな表情を浮かべる好青年は、白色の生地に銀刺繍が入った高級そうなローブに身に纏っている。彼が言葉を発しただけで、部屋にいる全ての人間が彼に視線を向け固唾を飲んでいる。彼こそがヒルキマキア魔法学院の学院長リヒター・アウルプスであった。柔和な雰囲気とは裏腹に、魔法史に残るような数々の偉業を成し遂げた魔法使いで、国の政策にも関わっている重鎮だ。オディーリアは緊張した面持ちで口を開く。
[勿論でございます。アウルプス様]
[ありがとう、オディーリア君。二つほど頼みごとがあって、明日の実技試験に儂も見学しても良いかのう?]
[問題ございません]
オディーリアは少しだけ表情を緩めた。思いのほか小さな要求だったので安心したのかもしれない。しかし、次のアウルプスの発言で驚くことになるのであった。
[もう一つ頼み事で、急遽で申し訳ないが、魔法戦闘試験も追加して頂きたい。試験官はサイラス君が適任かのう]
[え?]
オディーリアは間の抜けた声を上げる。それだけ、アウルプスの要求は想定外だったのだろう。
[よいかね、オディーリア君]
[あ、えっと、お待ちください。今回は一般採用試験であって、我々は彼女に戦闘技能を求めているわけではございません。よって、魔法戦闘試験を課するのは不適切と存じます]
[なるほど。それなら、魔法戦闘試験の結果は合否判定に含めない。これで問題あるまい]
[たしかに問題はございませんが……]
オディーリアは苦々しい表情を浮かべ答えると、ナイタルが立ち上がり口を開いた。
[アウルプス様、僭越ながらマルクトさんはまだ十二歳で、魔法戦闘試験を実施することも伝えておりません。彼女にしてみれば少々酷なのは間違いないはずです。よろしければ魔法戦闘試験を実施するお考えをお聞かせ願えますか?]
[ほっほっほ、まさかお主がそんことを言うとわ。簡単な話じゃ。お国は我々を軍事力として考えておる。誠に嘆かわしいが、戦闘訓練の比重を高めるようにと圧力があってのう。例え、十二歳の少女であっても優秀な魔法使いであるならば、戦闘訓練も担ってもらいたいのじゃ。酷なのは十分承知しておるが、我が魔法学院に戦闘訓練できる者が少ないのも事実じゃ]
[お答えして頂きありがとうございました]
ナイタルは丁寧にお辞儀してから席に着く。
[さて、明日の実技試験後に魔法戦闘試験を執り行う。オディーリア君、引き続き試験は任せる]
[承知しました]
会議は終了し、オディーリアは執務室に戻る。
[お嬢様、お疲れさまでした]
レイチェルはティーセットを乗せたトロリーを執務机の前に止める。ティーポットで紅茶を注ぎ、ティーカップを机の上へ丁寧に置く。オディーリアはティーカップに口をつけ、浮かばない表情でカップを置いた。
[アウルプス様がまさかあんな要求をするなんて驚いたわ]
[学院の運営について意見することなどありませんでしたからね]
[そうなのよ。あんな幼いリビアに魔法戦闘試験を課すなんて、温和なアウルプス様を思うと信じられないわ]
[アウルプス様が言っていたように、国からの要請では致し方ないでしょう]
[だとしても、十二歳の少女にやらせることじゃないわ。戦いなんて男共で勝手にやっていればいいのよ]
オディーリアは感情を落ち着かせようとティーカップに口をつける。
[全くその通りでございます]
[正直、この件については全く納得してない。彼女が合格した暁には戦闘訓練に関わらせないようにしないと。そう言えば、リビアの居場所分かったりする?]
[いえ。把握しておりません]
[こういう時、転移魔法は困りものね。彼女には申し訳ないけど、魔法戦闘試験については明日言うしかないわね]
オディーリアは机に積まれている書類に手を伸ばし、執務に取り掛かる。彼女の業務が終わるのは深夜になってからであった。
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