十一話 魔法都市ヒルキマキア
気がつくと私の眼前には草原が広がっていた。心地良いそよ風が駆け抜け、ひざ丈程まで伸びている草原が揺れる。無事転移できて良かった。足元を見ると草の根元に岩が埋もれていて、そこには魔法陣が刻まれていた。イザベラ師匠が残してくれたやつだ。基本的に一度も行ったことがない場所には転移できない。でも、こうした転移を補助してくれるものがあれば話は別だ。ここの魔法陣と家にあった魔法陣は対応していて、時空魔法を使える者ならば魔法陣を参照して転移できるのだ。もう、ここの場所は覚えた。これからは魔法陣が無くても、自力で演算して転移できると思う。ここは丘の上のような所なので見晴らしがいい。遠くの方に城壁で囲まれた都市が見える。大分離れているにもかかわらず、ここまで大きく見えるということはあそこが魔法都市ヒルキマキアで間違いないね。亜空間から取り出した箒に魔力を込めると、空中に浮いた状態で静止している。ベンチに座るような感じでお尻を箒の柄に乗せ、そのまま高度を上げてからヒルキマキアに向かって直進する。いつもの森みたいな障害物が全くないので、ここはとても飛びやすい。大草原が広がっているけれども、ヒルキマキアに向かって街道らしきものは整備されている。街道らしきものというのは、日本のようにアスファルトではなく砂利道だったからだ。前世の感覚からするとただの田舎道だよね。でも、田舎道と馬鹿にした街道には馬車や歩行者がそこそこいるので人の出入りは盛んなようだ。魔法都市と言われるだけあって、旅行者や魔法使いが多く集まるのだろう。もしくは、魔法関連の素材や商品の交易も頻繁に行われているのだろうか。そんなことを考えながら、私は街道から離れたところを飛行していた。
程なくして、城門が見えてくる。城門付近には馬車やら人やらが列を作って、順番に門をくぐっているようだ。前世で言う入国審査のようなものだろう。箒に乗ったまま城門を飛び越えて行きたいけど、流石にまずいよね。高度を下げて、砂利道に足を付けて箒から降りる。箒を携えて彼らにならい最後尾に並んだ。列が進んでいく中、何故か周囲から視線を感じる。チラッと周りを確認すると物珍しそうに皆が見ているのだ。理由が全く分からない。この感じすごく嫌だ。学校時代を嫌でも思い出す。ビビるな私。堂々としていよう。下手に気弱な感じを出すと舐められる。強気でいるんだ。気持ち胸を張って順番を待つ。
[次]
全身鎧を装着した門番に呼ばれ、いよいよ私の番になった。
[ここへは何の用で]
門番は若い男性と言った感じで、黒髪を短く刈り、表情は険しい。第一印象は怖そう。多分、苦手なタイプ。得意なタイプはほとんどいないけど。
[ヒルキマキア魔法学院です]
[そうか。通行料は銀貨一枚だ]
[どうぞ]
カバンから銀貨を取り出し、門番に渡す。意外にすんなりいけそう。私は門番の横を通り抜けようとしたら、後ろから呼び止められた。
[待て。その箒、飛行用のものだな。十五歳以下の使用は厳禁だ。罰金として、銀貨五枚徴収だ]
ああ、なるほど。皆からじろじろ見られていたのはこの箒のせいか。どうみても私十五歳以上に見えないもんね。そんな少女が堂々と箒で飛行して、何食わぬ顔して箒を手に持っているんだから、注目されるのも納得だ。私は後ろに振り帰りながら、【保管魔法】を発動して素早く箒を収納する。
[箒? 何のことですか?]
わざとらしく、手の平を見せるように両手を軽く上げる。
[なっ! 貴様、箒をどこにやった]
[初めから持っていませんよ]
[嘘をつけ!]
うわ、めっちゃ怒ってる。怖い。でも、舐められたら終わる。強気でいるんだ私。
[言いがかりはやめてください。現に私は箒を持っていませんよ]
[この小娘が……]
門番が顔にしわを寄せてさらに何か言おうとしたとき、近くにいた別の門番がやってきた。
[おい、何かあったか?]
その門番は壮年の男性で幾分柔和な感じが見て取れた。私達がいる向かい側の方でも通行審査をしていたので、壮年の門番は騒ぎを聞きつけてフォローしに来たのだろう。
[この娘が飛行用の箒を携帯していたので、罰金を徴収しようとしたのですが……]
[ふむ。私の見間違いでなければ、彼女は箒を持っているように見えないが]
[先ほどまで待っていたんですよ。ですが、突然消えて]
[ふむ……]
壮年の門番が私をまじまじと見てくる。私も負けじとジッと視線を向ける。
[物的証拠がない。解放してやれ]
[……了解です。ほら、さっさと行け]
若い門番は苦虫を潰したような表情を浮かべながら言ってきた。頭を軽く下げてから、私は城門内へ歩を進めるのであった。
何とか魔法都市ヒルキマキアに入れた。今は大通りのような所を歩いていて、通りにはズラリと店が立ち並んでいる。窓越しに店の中を見ながら歩いていると、どの店も魔法関連の商品が陳列されている。魔法触媒店、魔道具店、杖修理屋、魔法書店、魔物素材専門店などなど、流石魔法都市と言ったころだ。通りを歩いている人たちもローブを羽織っていて、ほとんどが同業者かもしれない。そして、先ほどと同じく視線を感じる。箒を持ってないのに何で? 非常に落ち着かないけど、今後について考えないといけない。そう、ここからが本番なのだ。ヒルキマキア魔法学院に入学するにはどうすればいいか分からない。だって、情報がないんだから分かるわけないよ。入学するには何か申請書出して、試験を受けるものだよね。この世界の学校って願書とかあったりするの? この世界の学校事情が全く分からない。多分、入学式の時期は過ぎていると思うから編入になると予想しているけども、編入って受付けているかな? そもそも、私に受験資格あるの? とりあえず、思うがままにここまで来たけど、ちょっと無計画過ぎたかも。そんなことを考えていると後ろから声が聞こえてきた。
[すみませーん。そこの小さい魔法使いさーん]
私に向けて呼びかけている気がするけど、人違いだろう。構わずそのまま歩き続ける。
[ちょっとー、何で無視するの?]
私の前に回り込んで来た女性がそう言ってきた。亜麻色の髪を一つのおさげにまとめて、金刺繍の入ったローブを身に纏っていた。年齢は多分十代半ば。言葉遣いがちょっと距離近い気はするけど、可愛げな雰囲気があって何となく話しやすそうな気がする。勿論、どんな人でも警戒はするけど。こういう気さくな雰囲気を出して近づいてくる人が最も危ない。見ず知らずの私に突然話しかけてくる人は詐欺師以外いないはず。つまり、この人は詐欺師だ。
[見知らぬ人に近づいちゃダメと教わったので]
[たしかに]
おさげの女性ははっとした表情を浮かべて納得しているようだった。この人天然なのかな。いや、私を油断させるための演技かもしれない。
[申しおくれました。私はオディーリア・カイレンよ]
[ご丁寧にありがとうございます。オディーリアさん、私に何の用ですか?]
[貴方、さっき時空魔法を使ったでしょ]
[なんのことですか?]
[とぼけなくていいよ。一瞬で箒が消えたもの。あれは時空魔法以外ありえない]
城門でのやり取りをどこからか見ていたようだ。これはちょっとまずいかもしれない。詐欺師と思っていたけど、まさか私を警察に差し出すつもりなんだろうか。この世界なら憲兵? ともかく、相手の素性がはっきりしない上に、こちらの魔法もバレてる。とぼけ続けるのはよくないかもしれない。
[時空魔法を使いましたけど、それがどうかしたんですか? 簡単な魔法ですし、そんな騒ぎ立てるものでもないと思いますが]
[えっ? それ本気で言っているの?]
[うん? 何がですか?]
話がかみ合わない。もしかして、変なこと言っちゃった?
[本当に本気で言っているのね……。時空魔法の使い手はこの世界に数えるほどしかいないのよ。普通、こんな街の中で軽々しく披露していい魔法じゃないのだけど]
【保管魔法】なんて、時空魔法の基本魔法だよ。にわかに信じられない。
[それ、本当ですか?]
[呆れた……]
オディーリアさんは軽く額を押さえて考え込む仕草をしている。今も半信半疑だけど、彼女の反応からすると、本当に時空魔法の使い手は貴重なのかもしれない。まぁ、それについては置いといて、彼女の目的が未だにはっきりしない。
[それで、オディーリアさんは私と雑談でもしに来たのですか?]
[もう、いちいちそんなツンツンしないでよ。私は貴方をスカウトしに来たのよ]
[スカウト?]
[そう。ヒルキマキア魔法学院に来ない? 魔法学院はきっと貴方を歓迎するわ]
怪しすぎる。あまりにも話が出来すぎている。罠としか思えない。でも、ヒルキマキア魔法学院への入学は魅力的すぎる。スカウトと言っているのだから、編入手続きをサポートしてくれるのかもしれない。どうしよう、本気で迷う。
[いいでしょう。話くらいは聞いてあげますよ。それにしても、スカウトだなんて貴方は一体何者なのですか?]
[はぁー。私の名前を聞いてそれを聞いてくるって、貴方って本当に何も知らないのね]
[何も知らなくてすみませんね]
馬鹿にされた気がしたので、嫌味っぽく言っておく。
[早速だけど、魔法学院にいきましょう]
オディーリアさんがそう言って、軽く手を上げると近くに待機していた馬車がやってくる。メイド服を着た女性が馬車から降りると、恭しくお辞儀する。
[お嬢様、お手をどうぞ]
[ありがとう。ちょっと、狭いけど我慢してね]
オディーリアさんはメイドに手を取ってもらいながらそんなことを言う。本当に何者なの。疑問は深まるばかりだけど、一度乗りかかった船だ。このままいくしかない。馬車の階段を一段上り、二段目に差し掛かったところで躓きそうになる。
[うわっと……]
[お客様、お怪我はありませんか?]
[はい……。大丈夫です]
恥ずかしすぎる。今、私の体はメイドの人に支えてもらっている状態だ。この階段は私の体には少々高い。メイドの手を取り、なんとか馬車に乗り込むことに成功する。最後にメイドの女性が乗り込み、ドアを閉めると馬車が動き出した。
[そう言えば、貴方の名前を聞いていなかったわ]
[リビア・マルクトです]
マルクトは私の生みの親の苗字だ。この苗字に愛着も誇りも何もない。でも、この苗字が嫌いというわけではない。当時は憎くて仕方がなかった親だけど、今の心境は不幸な事故だったと思っている。
[ふーん。聞いたことない名前ね。年齢は?]
[どうしてそんなことを聞くのですか?]
[貴方をスカウトするのに必要な情報だからよ。試験はもう始まっていると思いなさい]
翡翠の色をした優し気な瞳に亜麻色のおさげをしたオディーリアさんの外見は、こんなにも可愛げな雰囲気なのに、性格は少々強引で気位の高さを感じる。お嬢様と言われていたし、実際に身分は高いのだろう。試験は始まっていると言われたら、それに従うしかない。
[十二歳です]
[十二歳!?]
[なんでそんなに驚くのですか? 見た目相応の年齢だと思いますが]
[てっきり、若返りの薬を使用していると思っていたからついね。それにしても、その年で箒の操作は完璧で、とんがり帽子も被っているなんて驚きだわ]
まさか、箒に乗っているところも見られていたなんて。多分、オディーリアさんは馬車で街道を移動していたのだろう。その時、たまたま箒を乗っていた私を見て、追いかけてきたのかもしれない。もし、この予想が本当だとしたら相当の執着具合だ。オディーリアさんってストーカーなの。
[このとんがり帽子ってそんなにも特別なのですか?]
とんがり帽子を手に取りながら聞いてみる。
[とんがり帽子を被るということは、魔法使いとして一人前の証よ。普通は魔法学院を卒業した人や、経験を積んで認められた人しか被らないわ。半人前は恐れ多くてとんがり帽子を被らないのよ。それなのに、貴方ときたら十二歳でとんがり帽子を被っているんだもの。皆が見ていたわよ]
[ああ。だから、ジロジロ見られていたのですね。だからと言って、この帽子を被らないつもりは全くありませんけどね]
再び帽子を被りながら言う。
[ちなみに、もしヒルキマキア魔法学院に採用されたら、貴方は何をしたい?]
[そうですね……。死者を蘇生する魔法の研究とかですかね]
[へぇ。随分、野心的なのね]
[お嬢様、お戯れが過ぎるかと……]
[戯れだなんて。私は本気で感心しているのよ]
オディーリアさんとメイドの様子がおかしい。
[もしかして、蘇生魔術の研究に何か問題があるのですか? 蘇生魔術の完成は魔法使いの悲願の一つと認識していたのですが]
[勿論、悲願の一つよ。でも、最近は色々うるさくて公にはしづらいのよね]
[その理由は?]
[聖光教会の影響ね。彼らは死者を蘇生することに反対の立場をとっているのよ。つまるところ、宗教上の問題。彼らは政治に口出すし、民衆にも広く受けいれられているから質が悪い]
オディーリアさんは腕を組みながら愚痴をこぼす。教会と何かあったような口ぶりだ。実際何かあったのだろう。教会と魔術。対立するのが容易に想像できる。うーん、これは少々困った。表立って、蘇生魔術の研究ができないのは問題だ。問題視されている魔術の研究に誰が協力してくれるのだろうか。仲間を集めるのはかなり苦労しそうだ。場合によっては、身元がグレーな人を頼るしかないかも。そんなことを考えていると、馬車が止まった。どうやら、目的の場所に到着したらしい。再び、メイドに手を取ってもらいながら馬車を降りた。
[ほえー]
変な声が出てしまうほど、目の前の建物は壮大で威厳のあるものに感じたのだ。見上げても全容がはっきりしないほど巨大な建造物。世界史の教科書で見たゴシック建築の教会に尖塔がいくつも連なっていて、学校というよりもはや城だった。灰褐色に変色した城壁は、それだけ長い年月を雨風に晒されてきたのだろう。こうした経年変化がこの建築物の歴史を感じさせ、長い時を耐えられるほど堅牢な城なのだと感心する。
[ようこそ、ヒルキマキア魔法学院へ]
彼女が改めてそう言って、私達は入城するのであった。
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