十話 旅立ち
イザベラ師匠の寝室に転移して、再び彼女と対面する。
[イザベラ師匠失礼します。【保存の魔法】]
時空魔法に属する【保存の魔法】は、食材や食品の腐る時間を止めることができる生活魔法の一つだ。これを使用しておけば肉体の腐敗を防げる。でも、これだけでは不安だ。もっと、厳重に保護したい。亜空間から大ぶりの杖を取り出す。杖の先端に魔力を集中させ、部屋の中央に文字を刻んでいく。これは魔法陣という技術で、一度刻んだ文字は空気中の魔力を吸収することで長時間強力な魔法を発動できる。直径二メートル程度の魔法陣を描き上げた。
[魔力精製水を垂らしてと……]
亜空間から取り出した瓶を逆さまにして、ドボドボと水色の液体を床に注ぐ。床に落下した液体は周囲に跳ねることなく床に吸収され、魔法陣が仄かに光り輝く。ナイフを取り出して手のひらを切って、血を魔法陣に垂らすと魔法陣は生き生きと赤色に輝きだす。そして、浮遊魔法でベッドごと部屋の中央へ移動させた後、杖の先端で床を叩くと魔法が発動した。虹色に揺らめく薄い膜がイザベラ師匠とベッドフレーム丸ごと包み込むと、膜が結晶化し多面体となる。空間の時間進行を極限まで遅くする時空魔法【退屈なる世界】。これをかけておけば、さらに肉体の劣化を防げる。一先ず、肉体の保護はこれで十分だと思う。私は虹色の結晶越しにイザベラ師匠に視線を送る。
[イザベラ師匠待っていてください。必ずあなたを生きかえらせますので]
そう言って、私は別室へと転移する。移動した先はこの家の全ての本が蔵書されている部屋だ。広大な蔵書空間に本棚が何列にも連なっている。恐らく一万冊以上の本が収蔵されていると思う。魔法書以外にも歴史、政治、宗教、建築、娯楽小説や料理本などあらゆるジャンルの本があるので、イザベラ師匠は中々の収集家だったようだ。本棚毎である程度ジャンル分けされているものの、私でも全ての本の内容と所在を把握しているわけではない。今調べたい内容は当然死者の蘇生について。私が知る限り、死者を完全な状態で蘇生した実例はない。どんなこともできそうな魔法でも、死者の蘇生は未だに達成できていないのだ。復習もかねて死者の蘇生についての魔法史を引っ張り出して読む。私は全ての本を【銘文魔法】で記憶しているわけではないのだ。実践的な魔法書については積極的に記憶したけど、それ以外の本は興味あるところを流し読み程度で済ませていたからだ。
さて、魔法史によると、死者の蘇生は魔法使いの悲願の一つだったらしく、様々な研究がされていたようであった。その中で生み出された闇魔法の一つが【死霊魔法術】だ。死者の肉体に仮初の命を吹き込み、死体を操る魔法のことだ。【死霊魔法術】で復活した死体に意志はあるけど、生前の記憶や人格はないらしい。なので、これは私が求める完全な死者蘇生には至っていない。でも、この魔法はいい線いっていると思う。【死霊魔法術】を編み出した大先輩に対して上から目線で恐縮ですが。他には光魔法の一つ回復魔法の研究もあった。回復魔法の使い手なら、人体の欠損すらも瞬く間に回復することがきる。研究によると、脳と心臓を潰した被験者を回復魔法で復活させたという記述があった。被験者というところに闇を感じるけど、この研究が本当なら即死したであろう人間を復活させたことになる。多分だけど、即死する寸前に回復魔法をかけたのかもしれない。何故なら、回復魔法で人を復活させた実例がないし、そもそも回復魔法で死者を蘇生できるなら魔法使いの悲願は達成されているだろう。もしかしたら、死んだ瞬間なら回復魔法で復活とかはありえるかもだけど、イザベラ師匠には適用できないと思う。というわけで、回復魔法も没だ。いい線はいっていると思うんだけどね。これまた上から目線で恐縮ですけども。回復魔法の原理は人体の再構築だ。損傷前の状態を参照して、その状態になるように魔力で体を創り出すのだ。そう考えれば、頑張れば死者も復活できそうな気がしてくる。他にも色々研究した例があったけど、共通しているのは惜しいところまでは行っていること。研究のアプローチはいい気がするから、何かもう一工夫、二工夫入れれば行けそうな気がする。例えば、単独で行われていたこれらの研究をミックスして完全なる蘇生魔法を開発できたりしないかな。素人考えかもしれないけど、これらの魔法にはやっぱり可能性を感じる。でも、蘇生魔法の研究をする上で私には致命的な欠点があった。
[私は時空魔法しか使えない]
回復魔法は光魔法の適性がなくても使える魔法のはずなのに、私は使えなかったのだ。闇魔法も同様だ。時空魔法以外の一切の魔法が使えない。つまるところ、私一人じゃ蘇生魔法を開発するのは不可能なのだ。だから、仲間を集める必要がある。友達なんて一人もいなかった私がだ。正直、恐怖でしかない。たとえビジネスライクの関係だったとしても、他人とコミュニケーションをとるのは怖い。でも、やるしかない。辛くたって、これしか可能性がないのならやらない選択肢はない。方針は決まった。でも、仲間をどこで集めるかが問題だ。優秀な魔法使いに協力を申請しなければならないし、そもそもそんな人材がどこにいるか分からないし、いたとしても私のような実績のない小娘に協力してくれる人なんてまずいないと思う。初手から挫けそうになるけど一応、あてがある。イザベラ師匠がいつの日か言っていた、ヒルキマキア魔法学院だ。あそこなら将来有望な魔法使いがたくさんいるので、私も学生になって彼らに協力を持ち掛ければいいのだ。お互い学生なのだから、色眼鏡で見ずに純粋な協力関係を築ける可能性が高い。でも、学校って超行きたくない。前世では散々いじめられたので行きたくない。本当に嫌な思いでしかないのだ。
[それでも、やらない選択肢はない]
自分に言い聞かせるように呟いて、早速遠出の準備に取り掛かる。準備することはそんなにないけどね。あらゆるものを亜空間に収納できるので、極論全ての所有物をもち運びできるのだ。そして、転移魔法もあるので旅先中は宿屋に泊まらずにこの家に一時帰還するつもり満々だ。やることと言えば、魔道具のカバンに必需品をまとめるくらいなものだ。私は黒革製の肩掛けカバンに、お金、薬、食料品、衣類などをしまう。このカバンを開くと亜空間へ直接つながるように設計してある魔道具だ。なので、いちいち魔法を使わなくても手軽に物の出し入れができるのが便利だ。もう、準備が完了してしまった。自室の窓からは月明かりが射し込んでいる。良い時間なので、出発は明日が良さそうだ。お風呂に入った後、私はベッドに潜り込むのであった。
窓からの朝の光で、いつも通りに起床する。こんな森の中なので、私の部屋にはカーテンがない。おかげで、健康的な生活リズムで起床できる。この半年間は別だったけどね。昨日はぐっすり眠れた。今まで不眠不休でネクタル調合をやっていたし、イザベラ師匠とお別れした直後だったし、昨日が肉体的にも精神的にもピークだったと思う。
[んん~~~~はぁ……]
大きな伸びをした後、ベッドから降りて白の寝巻を脱ぎ捨てる。黒のレギンス、紺色のワンピースを身に着ける。
[んしょ……、んしょ……]
ベッドに腰かけて黒革のロングブーツを履こうとしても、中々足が入っていかない。最終的にベッドへ背中を預け、足裏を天井に向けながらなんとかブーツを引っ張って履く。このブーツは丈夫で動きやすいけど、毎回履くのに苦労する。まぁ、その履きづらさも愛着の一部にはなっているんだけど。ドアを開けてシャワールームへ移動して、洗面所で顔を洗う。コップで水を飲んでいつものモーニングルーティンが終わる。朝ごはんは抜くようになった。あまりお腹空かないし、イザベラ師匠も食べなくなったからね。ふと鏡に視線を向けると、青色の髪に紫色の瞳をした少女が立っていた。髪は肩にかからない程度の長さで、全体的に毛先がカールした癖がある髪質だ。目元には薄っすらとくまがあった。こうして自分の顔を見る余裕も時間もなかったなぁ。オシャレにはあまり興味ないけど、今の状態は流石に良くないと思う。ヘアオイルを髪に塗ってブラシで整える。クマはどうしようもないので、目元をマッサージする。こんなものだろう。亜空間から、藍色のケープを羽織り、ケープと同じ色のとんがり帽子を被る。そして、黒革性のカバンを肩にかけて準備完了だ。最後に、イザベラ師匠に挨拶しないとね。何となく、転移魔法を使うのは躊躇われた。シャワールームから廊下に出て、徒歩で寝室へ向かう。扉を開けると、虹色の結晶の中でイザベラ師匠は安らかに眠っているように見えた。
[イザベラ師匠、行ってくるね]
まるで、家族に声をかけるような気軽さで言った後、ドアを閉める。
[【空間移動魔法】]
黒い円が現れある部屋へ転移する。石壁で囲まれたその部屋は暗く、床にはいくつも魔法陣が刻まれていた。私は目的の魔法陣の上に立つ。さて、この家から離れる時が来たようだ。正直、イザベラ師匠のいない外の世界は怖い。初めてできた私の理解者はもういないのだ。この先について、誰も教えてくれる人はいない。自分で考えて、行動するしかないのだ。いつまでも、こんことを考えている場合じゃないね。本当に一歩も踏み出せなくなっちゃう。行先は決まっている。私は深呼吸してから足元に魔力を注ぎ込むと魔法陣が光り輝く。そして、私の視界は真っ白になるのであった。
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