◆09 闇の都市への道
乾いた大地を歩き続けるカインの視界に、新たな風景が広がった。遠く、地平線の彼方にそびえ立つ巨大な黒い塔。それは、異質な存在感を放ち、周囲の大地とは明らかに異なる輝きを持っていた。塔の先端が雲を突き抜けるように空高くそびえ、その周囲には灰色の霧が渦を巻いている。
「……あそこが、次の行き先なのか?」
カインは呟きながら足を止めた。王冠の囁きが聞こえる前から、塔の存在に強く引き寄せられる感覚があった。それは、彼自身の意志ではなく、何か大きな力が彼を導いているような錯覚を覚えるほどのものだった。
(あそこに向かえ。真実が待っている。お前が望んでいた答えがそこにある)
王冠の声が再び頭に響く。その囁きは冷静だが、どこか焦りを感じさせるような不自然さがあった。カインは眉をひそめながら、塔の方向を見据えた。
周囲の景色は荒涼としており、裂け目だらけの大地がどこまでも続いている。空は薄暗く、太陽の光が届かない不気味な赤灰色を帯びていた。風も止まり、すべてが静まり返っている。ただ、塔の方角からかすかに響くような音――それは遠くで鐘が鳴っているような、あるいは不気味な囁きのようにも聞こえた。
「答えがあるというのなら、行くしかない……」
カインは槌を持ち直し、乾いた地面を一歩ずつ進んだ。その足音が静けさの中で大きく響き、自分の存在を確認させるようだった。
塔に向かって歩き続けるうち、カインは奇妙な都市の遺構に足を踏み入れた。それは、かつて大勢の人々が暮らしていた痕跡を感じさせる場所だった。崩れた建物や朽ち果てた広場、雑草に覆われた石畳の道が広がっている。だが、そこには命の気配が一切感じられなかった。
「ここは……何があったんだ?」
カインは荒れ果てた街並みを見渡した。建物の壁には黒いすすが付着しており、どの家も扉や窓が外されている。その景色には、破壊の跡と異様な静けさが共存していた。
(この地は滅びた。王冠を求めた者たちが、力の代償を知ることなく争いを繰り返したからだ)
王冠の声が説明するように囁く。その冷たい言葉は、カインにこの場所の過去をわずかに垣間見させるものだった。かつてこの地には繁栄があり、人々が暮らしていた――だが、王冠を巡る争いがそれを焼き尽くした。
「……俺が進む先も、同じ運命を辿るのか?」
カインは呟きながら廃墟の中を歩き続けた。彼の足元には錆びついた剣や砕けた盾が散らばっており、それらがかつての激しい戦いを物語っている。
やがて、中央の広場にたどり着いたカインは、そこに残された巨大な彫像を見つけた。それは、人間の形を模しているようだったが、顔は削り取られ、ただ黒い裂け目のような痕跡が残っている。その彫像の胸元には、奇妙な刻印が施されていた。
「この印……どこかで見たことがある」
カインは彫像に近づき、指先でその刻印をなぞった。その瞬間、頭の中に強烈な閃光が走り、視界が真っ白に染まる。耳元で叫び声のような音が響き、体が引き裂かれるような痛みが襲ってきた。
カインが彫像に触れた瞬間、全身を強烈な眩暈が襲った。視界が歪み、荒れ果てた広場の景色が急速に変わっていく。彼が目を開けた時、そこに広がっていたのはかつての繁栄を取り戻した都市の姿だった。
「……これが……この都市の過去か?」
カインの目には、人々が行き交う賑やかな広場が映っていた。市場には活気が溢れ、子供たちの笑い声が響き渡る。美しく装飾された建物が並び、その中には今目の前にある彫像も完璧な姿で立っている。
だが、その繁栄は長くは続かなかった。空が突如として暗転し、遠くから黒い霧が押し寄せてくる。その霧はすべてを飲み込み、広場の人々は次々とその中に吸い込まれていった。悲鳴と怒号が交錯し、都市全体が闇に覆われていく。
「これは……何だ?何が起きたんだ!」
カインが叫ぶと、霧の中から無数の黒い影が現れた。それは人間の形をしていたが、どれも歪んでおり、赤い目を光らせながら彼に向かって手を伸ばしてくる。その目は、欲望と怒り、そして絶望に満ちていた。
(見ろ、これが王冠のもたらす結果だ。力を求めた者たちが、愚かな争いの果てに堕ちた姿だ)
王冠の声が耳元で冷たく響く。その声は幻影の中で響く叫び声と混ざり合い、カインの心を締め付ける。
「俺が見せられているものは……未来なのか?」
彼の問いかけに、王冠は答えない。ただ、黒い影がさらに近づき、彼を取り囲む。手を伸ばされるたびに、皮膚の感覚が冷たく鈍るような錯覚を覚えた。
「離れろ……!俺はお前たちと同じにはならない!」
カインは槌を振り回し、影を押し返そうとするが、その動きはまるで霧を掴むかのように効果がなかった。彼の頭の中には、王冠を巡って争う者たちの映像が次々と流れ込んできた。それは彼自身が繰り返そうとしている未来を暗示しているかのようだった。
「この力が……破滅しか生まないというのなら……」
カインの声が震えた。彼は槌を握りしめ、王冠の冷たい感触を感じながらその意味を問い続けた。
幻影の黒い影たちが、再びカインの体を取り囲む。冷たい霧が絡みつくたび、彼の心にはさらなる疑念が広がっていく。この力を手にした意味、そしてその代償――そのすべてが、彼の中で重くのしかかる。
「……俺は間違っていたのか?」
カインは呟き、槌を振り下ろす力を失った。黒い影たちは彼を飲み込むように近づき、彼の目の前に次々と消えていく人々の姿を映し出した。それは村人たちのようでもあり、かつて自分が守ろうとした存在そのもののようだった。
(お前に答えは不要だ。お前が歩むべき道は力の先にある)
王冠の声が冷たく囁く。しかし、その囁きがカインの胸に響くほど、彼は逆にその声への反発を感じた。
「力が……すべてを破壊するだけなら……!」
カインは叫びながら槌を振り上げ、目の前の彫像に叩きつけた。鈍い音と共に、彫像が砕け散る。その破片が宙を舞い、再び周囲が強烈な閃光に包まれた。
気がつくと、カインは再び荒れ果てた広場に立っていた。燃え尽きた建物の瓦礫と、錆びた武器の残骸が散らばるだけの無人の都市。だが、彼の胸には確信にも似た感情が広がっていた。
「この力を使い続ければ、俺はあの幻影のようになる……」
カインは王冠を見つめた。黒い輝きはなお冷たく彼を見返しているかのようだった。その瞬間、彼の中に選択を迫られる感覚が芽生えた。力を求め続けるのか、それとも――
「……俺はまだ、答えを見つけていない」
カインは槌を肩に担ぎ、再び歩き出した。塔は相変わらず遠くに見え、その不気味な存在感は彼を呼び寄せ続けている。だが、今の彼には、その塔の向こうに何が待っているのか知ることがすべてだった。
「その答えが、破滅のものでも……俺は、行くしかない」
彼の足元で乾いた土が砕ける音が響く。その音だけが、次第に静まり返る都市の中で彼の存在を示していた。




