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黒い王冠  作者: いぬ
8/12

◆08 赤き炎の境界

 霧の中を彷徨い続けた末、カインはようやく灰の森を抜け出した。目の前には広がる大地――だが、それはただの草原ではなかった。乾いた赤茶けた土がどこまでも続き、遠くには黒い裂け目のような谷が見える。大地には奇妙なひび割れが走り、その間からうっすらと赤い光が漏れ出ていた。


「ここは……一体?」


 カインは呟き、地面に足を踏み入れた。その瞬間、熱を帯びた空気が彼の頬を撫でた。足元の土は乾ききり、靴底にざらざらとした感触を伝える。まるで、生きた大地が彼の侵入を拒んでいるかのようだった。


 周囲には植物らしいものはなく、空には赤い霞が漂っている。太陽の光はどこにも見えないが、どこかから鈍い明かりが地面を照らしていた。風も吹かず、異様な静寂が支配している。


(進め。この地は力の源だ。お前が知るべき答えが待っている)


 王冠の囁きが耳元で響く。それはいつもよりも強く、カインを誘うような響きを持っていた。だが、その声に反発するように、彼の胸には別の感情が生まれた。


「ここで、俺は何を見つける?」


 カインは王冠を見下ろした。その冷たい輝きが、目の前の大地と不気味な調和を見せている。自分が進む先にあるのは真実か、それともさらなる絶望か――彼はまだ答えを見つけられないまま、乾いた土を踏みしめた。


 その時、遠くから微かに音が聞こえた。それは何かが燃える音のようであり、風に乗って彼の元へと届いた。カインはその音に気づくと、槌を握り直して音のする方角に向かって歩き出した。


 音を追いかけながら進むうちに、カインの周囲の光景が変わり始めた。ひび割れた大地の隙間から、細い煙が上がり、赤い光が明滅している。音は徐々に大きくなり、今では燃える木々のような裂ける音と、何かが崩れる響きが耳をつんざく。


「これは……」


 彼の目の前に広がっていたのは、炎が支配する荒野だった。裂け目の多い地面のあちこちから火柱が上がり、その熱が空気を揺らしている。まるで大地そのものが燃え上がっているかのような光景に、カインは目を見開いた。


 足元に一歩を踏み出すと、熱が肌を刺すように感じた。周囲を包む赤い霞が炎の輝きと混ざり合い、視界はぼんやりと滲む。その中に、何かの影が動いているのが見えた。


「誰かいるのか?」


 カインは声を張り上げたが、返事はない。ただ、炎の中で不規則に揺れる黒い影が、徐々に彼の方へ近づいてくるのが分かった。その動きには、明確な意思があるようだった。


(気をつけろ。そいつはお前の邪魔をする存在だ)


 王冠の声が警告を発する。だが、その冷たい響きが、逆にカインの心に不安を呼び込んだ。王冠の言葉が正しいのか、それとも――


「お前は……誰なんだ!」


 カインが叫ぶと、影がついに炎の光の中に姿を現した。それは人の形をしていたが、肌が赤黒く焼け焦げ、目からは赤い光が漏れていた。腕にはひび割れた刃が握られており、その姿はかつての人間の名残をとどめているが、どこか異質だった。


「……その王冠……渡せ……」


 その存在が低く響く声で告げる。赤い目が王冠をじっと見つめ、その声には異様な執着がこもっていた。


「渡せだと?お前も王冠を狙う者か!」


 カインは槌を構え、距離を保ちながら声を上げた。その問いに、存在はうなずくでもなく、ただじりじりと彼に近づいてくる。


「この力を、誰にも渡すつもりはない!」


 カインの言葉と同時に、その存在が急に動き出した。刃が空を切り裂き、赤い炎が周囲に飛び散る。カインはそれをかわしながら槌を振り上げ、応戦の構えを取った。


 赤黒い存在の刃が再び振り下ろされる。鋭い音が空気を裂き、火花が舞う。その一撃を槌で受け止めたカインの足元に、地面が砕ける音が響いた。圧倒的な衝撃が腕を通じて全身に伝わるが、カインは負けじと力を込め、押し返す。


「お前の望みが王冠だというのなら……奪わせはしない!」


 カインの叫びと共に、槌が弧を描く。力任せの一撃が赤黒い存在を弾き飛ばし、地面に叩きつけた。その衝撃で大地の裂け目から炎が噴き出し、周囲に熱風が吹き荒れる。


「まだか!」


 倒れた存在はゆっくりと立ち上がり、赤い目を光らせた。異様な執念がその動きから伝わってくる。それは人間のものとは思えない何か――圧倒的な敵意と欲望に満ちたものだった。


(力を解き放て。それが唯一の勝利の道だ)


 王冠の声が響く。それはカインの心に訴えかける誘惑のようだった。だが、その声に従えば何かを失う――そんな直感が彼の胸にあった。


「黙れ!俺は……この力を使うたびに、何かを壊しているんじゃないのか?」


 カインの怒りにも似た声が、火柱の中に響き渡る。しかし、赤黒い存在は再び襲いかかってきた。刃が繰り出され、次々にカインを狙う。その速さは増しており、槌で受け止めるたびに重い衝撃が全身を襲う。


「これ以上、無駄な争いをするつもりはない!」


 カインは叫びながら槌を振り下ろした。その一撃が赤黒い存在を直撃し、地面に叩き伏せた。だが、その瞬間、王冠が彼の体を支配するように冷たい力を流し込んできた。


 カインの目の前に広がる景色が歪む。赤黒い存在が地面に倒れたまま消え去ると同時に、周囲の炎がさらに勢いを増し、轟音を伴って大地を包み込んでいく。


(お前が力を使えば、すべてが従う。それが王の道だ)


 囁きがますます強くなり、カインの心を揺さぶる。彼は王冠を握りしめながら、槌を振り下ろす手を止めた。その瞬間、自分がどこに立っているのかすら分からなくなる感覚が襲う。





 カインは周囲を見回した。燃え盛る炎の荒野がどこまでも続き、視界を遮るものは何もない。だが、赤黒い存在の姿はどこにも見当たらなかった。すべてが消え去り、ただ焼け焦げた地面と轟音だけが残っている。


「……終わったのか?」


 声を漏らしながら槌を下ろした。力を解放した後の虚脱感が、彼の体を重くした。頭上の王冠が静かな輝きを放つ中、その冷たさが一層際立つ。


「この力は……俺をどこへ連れて行く?」


 再び湧き上がる疑念が、カインの心を揺さぶった。王冠の力は確かに自分を勝利に導いたが、それは周囲を破壊し、焼き尽くすものだった。その代償が何なのか、彼にはまだ見えていない。


(それが正しい道だ。お前が全てを支配するための一歩に過ぎない)


 王冠の囁きが再び耳元で響く。それはいつも以上に冷たく、しかし強引な響きを持っていた。カインはその声を振り払おうとしたが、王冠の存在が彼の心を支配していることを否定できなかった。


「……俺は、まだ……」


 その時、不意に周囲の景色が変わり始めた。炎が音もなく消え去り、赤い霞も薄れていく。代わりに現れたのは、暗い夜空と荒れ果てた大地だった。時間がどれだけ過ぎたのか、カインにはわからなかった。ただ、体の疲労感と空虚さだけが現実を感じさせた。


 遠くから、また別の声が聞こえた。それは優しさとも嘲りとも取れない響きで、カインの名前を呼ぶ。


「カイン……お前はどこへ行く?」


 振り返るが、誰もいない。ただ、風が冷たく吹き抜け、彼の体を包み込んだ。


「どこへ行く……?」


 自分自身に問いかけた言葉は、答えを持たないまま夜空に消えていく。王冠の冷たい感触だけが、彼に「進むしかない」と告げていた。


 カインは槌を肩に担ぎ、再び歩き始めた。足元の地面は、彼の進むたびにわずかにひび割れ、乾いた音を立てる。その音が、彼の歩みを続ける決意を薄暗い世界に刻み込むようだった。

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