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黒い王冠  作者: いぬ
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◆04 貴族たちの策謀

 夕闇が村を覆い始め、カインは自室の小さな窓から外を見つめていた。空は灰色の雲に覆われ、陽が沈むにつれてその影は重く、暗くなる。窓越しに見える村は、どこか異様に静まり返っていた。風が時折吹き抜けるたびに、木々がざわめき、まるで遠くから何かが近づいてくる予感を告げているかのようだった。


「……この静けさ、気味が悪いな」


 独り言が自然と口をつく。小さな部屋には誰の気配もなく、ただ机の上に置かれた黒い王冠が鈍く光っている。カインはその王冠から目を背けようとしたが、目を閉じてもその存在感が頭の中にこびりついて離れなかった。


 遠くで馬蹄の音が響き渡る。硬い石を叩く重い音が徐々に近づき、その音がカインの胸をざわつかせた。村の中では、馬の音などほとんど聞くことがない。誰が、何のために来たのか――彼の直感が警鐘を鳴らしていた。


「何だ……?」


 カインは窓辺に寄り、外を見下ろした。黒いマントをまとった数人の男たちが馬を駆り、村の広場に向かってくるのが見えた。鎧に刻まれた紋章がぼんやりと光を反射し、その威圧感が周囲の空気をさらに冷やしていく。村人たちは皆、彼らの気配を感じ取ると、物陰に隠れたり、距離を取ったりしていた。


「貴族の使いか……」


 カインの心に疑念が芽生える。自分がこの村で目立つようになってから、何かが変わり始めている。王冠を通じて手にした力――それがどんな噂を生んだのかは、もう考えるまでもなかった。





 広場には緊張が漂っていた。黒いマントを纏った騎士たちが馬を降りると、足元に硬い革の靴音が響く。鎧の鈍い光が冷たい夕暮れの中で反射し、村人たちにさらなる威圧感を与えていた。彼らの鋭い目が周囲を見回すと、村人たちはその目を避け、ひっそりと物陰に隠れる。


「この村にカインという者がいると聞いている」


 先頭の騎士が声を上げた。その口調は静かだが、あまりにも明確な命令口調で、村人たちは顔を見合わせ、誰も言葉を発しない。恐怖と戸惑いの空気が広場を包み込んでいた。


「隠すつもりか?」


 再び騎士が声を上げるが、村人たちはさらに距離を取るばかりだった。その様子に、騎士たちの目が冷たく細められる。


 カインはその光景を家の窓から見つめていた。机に置かれた黒い王冠をちらりと見やり、考えを巡らせる。彼らの目的は明らかだ。王冠の力を知り、それを恐れているのだ。自分を村ごと抑え込もうとしているに違いない。


(奴らの目的は力の封じ込めだ。お前の力を奪おうとしている)


 王冠の声が、低く冷たい囁きとなって頭の中に響いた。その声は、彼の疑念を確信に変えるような響きを持っていた。


「……出るしかない」


 カインは意を決して立ち上がった。王冠を手に取ると、その冷たく重い感触が手の中に馴染む。頭に王冠を載せた瞬間、全身に冷たい電流が走るような感覚が駆け抜けた。目の前の景色が鮮明になり、耳元で風の音までがはっきりと聞こえる。


 彼は扉を開け、広場に向かってゆっくりと歩き出した。村人たちの目が一斉に彼に向けられる。その視線には期待も不安もなく、ただ怯えたような感情だけが浮かんでいるようだった。


「俺がカインだ。話があるなら聞こう」


 カインが低く静かな声で言い放つと、騎士たちが動きを止め、全員が彼を凝視した。その視線には、警戒と嫌悪が入り混じっていた。


「おとなしく我々に従えば、命だけは保証してやる。」


 リーダー格の騎士が冷たい声で言い放つ。その目はカインを見据え、彼の出方を伺っている。だが、その言葉の裏に隠された嘲りをカインは感じ取った。彼が王冠を被った者であることを恐れ、しかしその力を屈服させようとしている意図が透けて見える。


「命を保証するだと?随分と都合のいい話だな。」


 カインは嘲るように言い返しながら、目の前の男たちを見回した。その瞬間、頭の中で王冠の声が囁く。


(力を示せ。彼らを屈服させよ。それがお前の価値だ)


 その声に逆らう間もなく、リーダーが鋭い声を上げた。


「構わん、捕らえろ!」


 その号令と共に、3人の騎士が剣を抜き、一斉にカインに向かって駆け出した。夕闇の広場に響く金属の音が、不穏な緊張感をさらに高める。カインは木槌を手に取り、目を閉じたまま地を蹴った。


「かかってこい!」


 目を開いた時には、1人目の剣が振り下ろされようとしていた。しかしカインの動きは、彼自身でも驚くほどに速かった。木槌を横に振り払うと、剣が弾き飛び、刃が虚空を切る。その反動で騎士の体が崩れた瞬間、カインは槌を振り上げ、相手の盾を叩きつけた。盾が鈍い音を立てて粉砕し、騎士が地面に崩れ落ちる。


「次だ!」


 次の騎士が剣を振りかざすが、カインはその動きを見切り、剣の軌道をかわすと同時に鋭い蹴りを放つ。騎士の体がよろめき、そのまま倒れた。


 最後の1人は間合いを詰めようと突きを放つが、カインは槌を盾のように構え、攻撃を受け流す。そして返す刃のように槌を振り下ろし、騎士を打ち倒した。


 3人の騎士が地に伏した時、広場は再び静まり返った。残ったのはリーダーの男1人。その表情には明らかな動揺が浮かんでいる。


「お前……人間か?」


 その言葉に、カインは不快な感情を抱きながら木槌を下ろした。


「俺が何者でもいいだろう。ただ、邪魔をするな。それだけだ。」


 カインが一歩前に進むと、リーダーは剣を捨て、馬に飛び乗った。そして何も言わず、そのまま村の外へ逃げ去っていった。


 広場に静寂が戻った。騎士たちが倒れた場所には、金属が地面に擦れる冷たい音と、微かに漂う血の匂いだけが残っている。村人たちは物陰からそっと顔を出し、遠巻きにカインを見つめていた。その視線には恐怖が色濃く滲み、誰も彼に声をかけようとはしない。


 カインは深く息を吐き、手にした木槌を地面に置いた。全身の力が抜け、肩が重く下がるのを感じる。だが、頭に載せた王冠からはまだ冷たい力が流れ込んでくる。その感覚は心地よいようでいて、同時に胸に不安を植え付けるものだった。


「これで……守ったつもりだ」


 自分に言い聞かせるように呟く。その声は広場に虚しく響くだけで、返答する者は誰もいなかった。王冠の囁きが再び頭の中に響く。


(彼らはお前を恐れている。それが王の力だ。恐れこそが支配の証だ)


 カインはその声に顔を歪め、頭を振った。だが、その囁きが真実のように思えてしまう自分がいた。村人たちの視線は遠く、冷たい。自分は間違いなくこの村を守った。それなのに――なぜ誰も近づいてこないのか。


 広場の端にいる村人の一人が、小さく震える声で呟くのが聞こえた。


「……あんな力、誰にも使えるはずがない……」


 その言葉にカインは動きを止めた。振り返らないまま、静かに拳を握り締める。その手の感触は冷たく、硬い。そして、それが村人たちとの距離を決定的なものにしているのを痛感した。


「俺はお前たちを守った……それが間違いだっていうのか?」


 再び声を上げるが、誰も答えない。ただ空気が冷たく流れるばかりだった。村人たちは少しずつ後ずさり、広場から去っていく。カインは誰の背中も追わず、ただそこに立ち尽くしていた。


 王冠がかすかに光を放つ。それは彼を嘲笑っているようでもあり、誘っているようでもあった。カインはそれを握りしめながら、力の代償に心を蝕まれている自分を感じる。


「もういい……これでいいんだ」


 そう呟いて背を向けた。村人たちの気配は遠くなり、風だけが彼の体を冷やす。彼の孤独は深まり、その孤独を埋めるものは、頭上の王冠がもたらす力だけだった。

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