◆11 最奥の王座
塔の暗闇を進み続けたカインは、やがて巨大な扉の前に立った。その扉は黒光りする金属でできており、表面には複雑な文様が刻まれていた。それは何かを封じ込めるためのものなのか、それとも力を解き放つためのものなのか――カインには判断がつかなかった。
「これが……最奥か」
カインは槌を握り直し、冷たい扉に手を伸ばした。触れた瞬間、扉は音もなく開き、暗闇の奥から白く冷たい光が漏れ出した。その光が彼の顔を照らし、目を細める。
中に踏み込むと、そこは広大な空間だった。天井は見えず、床は鏡のように滑らかで、周囲には何もない。ただ空間の中央に、一つの王座が鎮座していた。王座は漆黒の石で作られ、その表面には血のような赤い線が脈動している。
「これが……王冠の力の源なのか?」
カインは王座を見据えながら呟いた。周囲の静寂が彼の心に重くのしかかり、足元の音すらも消え入るように小さく聞こえる。だが、王座の上には誰も座っておらず、その存在感だけが異様な威圧を放っていた。
(その王座に座れば、すべての力を手に入れる。それが、お前の選ばれた運命だ)
王冠の声が冷たく響く。それはこれまで以上に強く、彼を王座へ誘うものだった。しかし、その囁きが心に深い疑念を生む。
「俺の運命だと……?」
カインは王冠を取り外し、冷たい表面を見つめた。その輝きは王座と同じ脈動をしているように見えた。そして、その光が彼を支配しようとしていることを否応なく理解させた。
王座に近づこうとした瞬間、空間が揺らぎ始めた。鏡のような床が波紋を生み、そこから黒い影が立ち上がる。カインの目の前に現れたのは、再び「もう一人の自分」だった。
「またお前か……」
その言葉に、もう一人のカインは静かに頷いた。
「お前が王座に座る資格を持つかどうか、それを証明する必要がある」
その言葉と共に、もう一人のカインが槌を構えた。その姿は冷たく、完璧に整っており、先ほどの戦い以上に圧倒的な威圧感を放っている。
「俺が座る資格だと?そんなものを求めた覚えはない!」
カインは叫びながら槌を構えた。だが、心の奥底で芽生えた不安が彼の動きをわずかに鈍らせていた。相手は何も言わず、静かに槌を振り下ろしてきた。
戦いが再び始まった。もう一人のカインの動きは速く、力強い。槌を振り下ろすたびに鏡のような床が砕け、その破片が空中に飛び散る。カインはそれをかわしながら反撃を試みたが、相手の動きは自分以上に鋭く、次々に攻撃を弾かれていく。
「くそっ……!」
カインは槌を横に振り払ったが、もう一人のカインは一瞬で後退し、すかさず間合いを詰めてきた。槌の柄で防ごうとしたが、その衝撃で腕が痺れ、後ろに弾き飛ばされた。
「お前が力を望んだのだ。逃げる道はない」
もう一人のカインが低い声で告げる。その声は冷たく、圧倒的な威圧感を伴っていた。カインは地面に膝をつき、呼吸を整えながら槌を握り直した。
「俺は……俺は、この力を使うことでしか進めないのか?」
その問いが自分に向けたものか、それとも目の前の存在へのものか、カイン自身にも分からなかった。だが、もう一人のカインは答えず、再び槌を構えて近づいてくる。
カインは立ち上がり、心の中で渦巻く恐怖と葛藤を振り払った。そして、全力で槌を振り上げ、もう一人のカインに向かって突進した。その動きは、自分の限界を超えるものだった。
「俺は、俺自身に勝つ……!」
槌同士が激突し、火花が飛び散る。衝撃で空間全体が揺れ、床が完全に砕け散った。その瞬間、カインは一瞬の隙を見逃さず、渾身の力でもう一人のカインを打ち倒した。相手の体が宙を舞い、遠くへ吹き飛ばされる。
もう一人のカインは地面に崩れ落ち、最後に冷たく微笑んだ。
「お前が選ぶ道が、何を生むのか……見届けるがいい」
その言葉を残し、もう一人のカインは黒い霧となって消えていった。
カインは肩で息をしながら槌を地面に突き立て、王座を見上げた。その輝きはますます強くなり、彼に次の選択を迫っているようだった。