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黒い王冠  作者: いぬ
10/12

◆10 破滅の影

 塔の内部は深い闇に包まれていた。足音が硬い石畳に響き、それが闇の奥へと吸い込まれるように消えていく。カインは前を見据え、目の前に続く薄暗い道を進んでいた。壁も天井も見えないこの空間では、彼の存在そのものがぼんやりとした光のように孤立しているように感じられた。


「ここに……答えがあるというのか」


 その声は囁くように小さかった。誰に向けたものでもなく、自分自身を納得させるための言葉だった。目の前に続く石畳はまるで無限に続いているかのようだが、奥には赤黒い光が不規則に明滅している。それが目印であり、彼を誘うように脈動していた。


 王冠を頭に触れると、冷たい感触が指先から腕を伝い、体中を貫いた。耳元で囁く声が再び響く。


(進め。ここにすべての真実がある。お前が求める全てがここで見つかるだろう)


 その声は冷静でありながら、どこかしら焦りを感じさせる響きだった。カインは眉をひそめ、王冠から手を離した。頭の奥に湧き上がる違和感を振り払うように槌を握り直す。


「俺が求めた答えが本当にここにあるのなら……」


 心の奥で湧き上がる恐怖を振り切るように、カインは一歩を踏み出した。その瞬間、足元の石畳がわずかに震えた。冷たい空気が流れ、腐敗したような臭いが鼻をつく。周囲にはかすかな音が漂っている。それは、遠くで金属が擦れるような音、あるいは風が鳴くような低い唸り声のように聞こえた。


 祭壇が視界に入った時、カインは無意識に息を止めた。巨大な黒い石で作られた祭壇の中央に、赤黒い光を放つ球体が浮かんでいた。その光は不規則に脈動し、周囲の霧を吸い寄せているように見えた。球体の周囲には無数の古い文字が刻まれており、その形はどこか不吉な印象を与える。


 カインはゆっくりと階段を上がりながら、その球体を見つめた。脈動する光が彼の顔を照らし、彼の瞳に赤い輝きが映る。


「これが……答えだというのか」


 その言葉を口にした瞬間、球体が一瞬にして強烈な輝きを放った。その光が彼を包み込み、周囲の景色が崩れ落ちる。





 次の瞬間、彼は見知らぬ世界に立っていた。





 裂け目が走る黒い大地。足元は鏡のように滑らかだが、その表面はひび割れ、赤い光がその隙間から漏れ出している。空は暗く、どこからともなく低い唸り声が響いている。周囲に生命の気配はない。完全な孤独の世界だ。


「ここは……どこだ?」


 カインは槌を握りしめながら周囲を見回した。足元の地面に目をやると、ひび割れの中で不規則に光る赤い輝きが、心臓の鼓動を模倣しているように思えた。その時、彼の目の前にもう一人の自分が現れた。


「……俺?」


 その「もう一人のカイン」は無表情で、冷たい瞳をしていた。手にはカインと同じ木槌を持ち、その構え方や立ち方まで彼と瓜二つだった。ただ、その目には計り知れない狂気と冷徹さが宿っていた。


「お前が選んだ道の果てだ」


 その言葉がカインの胸を貫いた。目の前の自分が語る言葉は、真実を告げているようであり、同時に強烈な否定感を彼に与えた。


「俺が……俺がこんな姿になるだと?」


 もう一人のカインは槌を構え、冷たく言い放った。


「その力を証明しろ。お前が破滅を拒むというのなら――その意思を示せ」


 戦いが始まった。もう一人のカインが槌を振り下ろした瞬間、大地が激しく震え、裂け目から赤い炎が吹き上がった。その動きは素早く、カインはギリギリで身をかわした。熱風が彼の髪を焦がすように通り抜けた。


「力を証明しろだと?俺は……!」


 カインは叫びながら、槌を振り上げ、渾身の力で叩きつけた。その一撃はもう一人のカインの盾代わりに掲げられた槌とぶつかり、激しい音を立てた。火花が散り、二人の間の空間が歪むように感じられた。


 もう一人のカインは足を滑らせることなく反撃に転じ、槌を水平に振るってきた。その攻撃を木槌の柄で受け止めたカインの腕が痺れる。


「俺がこんな運命を辿るというのなら……俺が今、終わらせる!」


 カインは低く身を屈め、回転するように槌を横に振った。その一撃がもう一人のカインの足元を崩し、相手を後退させる。だが、その目に浮かぶ冷笑がカインの胸に突き刺さった。


「お前が終わらせられるものは何もない。破滅からは逃れられない」


 その言葉が冷たく響き、カインの槌が震えた。その一瞬の隙を突いて、もう一人のカインが再び槌を振り上げる。


 二人の武器が激突するたびに、地面が崩れ、裂け目からさらに激しい炎が噴き出した。戦いは続き、体力だけでなく精神までも削り取られていくようだった。


 戦いの末、カインは渾身の力を振り絞り、槌をもう一人のカインの胸元に叩きつけた。その一撃が相手を倒し、地面に叩きつけた。もう一人のカインは微かに笑いながら薄れるように消えていく。


「お前は力に囚われた。逃げ場はない」


 その声だけが耳元に残り、静寂が戻った。


 カインは槌を地面に突き立て、膝をついた。王冠の冷たい囁きが再び響く中、彼は頭を垂れた。


「俺は……どうすれば……」


 荒野は再び崩れ去り、彼は塔の中に戻っていた。だが、彼の胸にはさらなる重さが積み上がっていた。

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