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それから品が部の寮を出て行ってしまって数日。宿舎には静かさが戻りつつあった。けどそれはどこか欠けた平穏さだ。
部の仲間から品が失われたことで、命のいる門大カヌー部は痛手を受けた。それは失われてはじめて気づいた痛みだ。とはいえ、命は品の発言をまだ許したわけじゃない。今でも品のことを無礼だと思っているし、口を悪くして罵ることもあった。しかしそれはそれとして、いなくなられるとやっぱし寂しい……。
命は他の後輩に品が、今、何をしているかそれとなく探らせてみた。偵察に行かせた後輩はその日のうちに帰ってきた。
「どう?」
命は聞いた。どうやら品はまだ同じ大学にいる。けれど命と品は学部が違うため、会う機会が少ない。「とくに何もしていないです」と、命は偵察に行かせた後輩から言われた。
「そんなはずはないわよ……」命は思って、翌日、自ら調べてみた。確かに何もしていなかった。これといった活動もしていなければ、勉強に熱心な学生にも見えず、つまるところ命には現在の品がただ目的もなく、青春の荒野をさまよっているように見えた。悪い兆候だ。
そして徹。徹は最近見かけなかった。品の消えた話をしてからだ。噂さえ聞かなかった。いま徹が生きているのかも、彼女には段々疑わしくなってきた。だが徹は突然やって来た。
波が穏やかに太陽の光を反射し、初夏の訪れを感じさせる一日だった。早くに部の艇庫にやってくると、三年の先輩たちの朗らかな談笑が命の耳に聞こえた。K2の加奈先輩と輝な子先輩だ。輝な子先輩が言った。「そこに来てるよ」。先輩たちの後ろで、徹が松の木の根元でぼっくりを投げて遊んでいる。命が気づくと、彼はすっくと立ちあがり、川面に向かってまたぼっくりを遠投した。宙を舞ったそれは、川のあちら側まで届くと、小さく砕ける音がかすかに命の耳に聞こえた。徹は二十七歳、そして無職だ。
2024・8・22