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それからある日の練習後、命は品という部員の小説を読んだ。
命が読み終ると、品はうんとうなずき、「じゃあ書き直そうかな」と言った。命はこれにもダメ出しをした。
「でも、時には正直なものを書く必要があるんじゃないかと私は思う」
「どっちなの」
「問題はね、それを貫いていくと、戦う必要が出てくるってことよ。あなたが、この実社会で。自分のやり方が正しいかとかそんなこと私に聞かないで。あなた、監督とかコーチに意見を求めすぎよ。それじゃいけないと私は思うの」
もちろん全部、徹の請け売りだ。知った風なことばかり言ってる。徹が言った言葉をうまくまとめただけだ。品はしばらくそれをうなだれて聞いていたが、やがてうつむいた顔をあげると命に言った。「命先輩はいいですよね。そうやって普通のふりをして、普通に社会に溶け込めて。私もそうすることが出来たらいっそ生きやすいと思うんですけど。できないんですよ。私は好きなことを好きだと言ってるだけなんです。それだけで世の中からつまはじきにされるんです。命先輩みたいに正しくて、目のきらきらしている人たちからね。もうこの際、ハッキリ言ってくださいよ。読んだものはどうしようもなかったって」
「そんなこと……ないわよ」
「ほら、また口先だけで言ってますよね? そういうのをやめてくださいって、わたしは言ってるんです」
「あなたは怒らせたいの、さっきから?」
「怒らせて先輩と腹を割った話が出来たら、わたしはそうしてます。それが出来ないって言ってるんです」
命は自室に戻ると、さっきの品の言い方に憤慨した。私にはあの子は理解できない、とさえ一瞬思った。でもどうして黙っていれば、相手から憎く思われずに済みそうなものを、品はそれを白状する気になったのだろう?
少しでも正直さがあるやつは損をしている。不正、卑怯、アンフェアなふるまい、生き残るのはその手の連中ばかりだ。徹の言葉だ。そうしたものを否定したいと命は思う。そしてたとえ憎々しかろうと、そこに正直な点があるなら私は品を――きっと評価してやるべきじゃないのか?
しかしそこまでわかっていながら、命は品を見下げていた。許せなかった。それに、今さら謝っても、彼女は私を許してくれないだろうとも思った。複雑な心理だ。
「でもあの子は『読んでくれ』って言ったのよ! それを読んだら、いちゃもんをつけてくるなんて……酷いわよ」
「そう思うかい?」
徹が言った。
「そう」
「正直な連中を攻撃するのは、いつでも上っ面で生きてるやつらばかりだ。つまり自分の頭で考えない連中だな。君もそのひとりかな」
「ちがう」
「撤回する?」
「私、誰かに雷同したわけじゃない」
「おや、難しい言葉を知ってるな、偉いぞ。でもそれだけじゃ中身がない」
「品が悪いわ」
「そう俺は思わない」命は徹めがけて、拳を振り上げた。徹はそれをひょいと躱して「さすがは次期エース。暴力に打って出たな。将来は名コーチだ」
「馬鹿にしないで」
「きみ、品って子を低く見てるんじゃないのか? だとしたら相当間違ってるぜ。それは卑怯だ」
「何も知らないくせに」命は遠くに行きかけた。それからそこを十メートルほど離れたところで「謝るのが怖いんだろ!」と叫ぶ徹の声と大笑いが、命の耳に聞こえてきた。
公園から出て、その場所が見えなくなるまで、彼女の後ろ姿は怒りで震えていた。