第九話 思ったより普通
仁美の本性が分かり、奏が部活をやめることになった土曜日の話し合いが開けて次の月曜日。
相変わらず樹は図書室に住み着いていた。
仁美の姿はクラスで見かけたが若干樹を警戒しているように見えなくもないが、ほとんどいつもと変わらず過ごしていた。
まるで奏との一件なんてなかったのではないかと思うほどだった。
「外面が良すぎてもう何が起きても動じなくなったりしてんのかね?」
「まぁ入学時の自己紹介から嘘ついてたんでしょ?そんな簡単に動じるわけないわ」
「いや藤崎にも言ってるからな!?」
土曜日にいろいろあったが解決したからもう会う機会はないだろう。
最悪学校にすら来なくなるのではないかとまで考えていた。
そんなことを考えながら授業を受けていた樹は図書室にたどり着いたときに、いつも人がいない図書室の端。つまり樹の生息地に座る奏がいた。
「私は別に動じてないわけじゃないわ。朝のうちに退部届出したからやることなくて図書室に来ているだけよ」
「だとしてもなんで図書室に来るんだ……。家に帰るなり、走るのが好きなら適当な公園かなんかで走ってくるとかさ」
「走るのは部活じゃなくなったから暇なときに走ればいいし、家に帰っても暇になるじゃない。それなら雑に話せる人が確実にいる図書室の方が暇つぶしになっていいわ」
「はぁ……。友達と遊びに行くとかいろいろしてきなよ。俺がここにいるのも効率がいいからいるだけで必ずいるわけじゃないよ?」
「効率がいいうえに話し相手も出来て環境が良くなってきたわね。次は嘘発見部みたいな部でも作って部室をもらいに行くのかしら?」
「もともと話し相手も望んでないから!」
全く面倒なやつと関わりを持ってしまったような気がする。
それでも話し合いの時のような冷たい話し方ではなくなっていて良くも悪くも吹っ切れたことがわかる。
でも樹の方はそこまで人付き合いをこれまでしてこなかったからなのか、まだ吹っ切れないでいた。
「少なくとも俺にはちょっと気まずそうにするとかならわかるけど、一切何もないんだもんなぁ。なんかこうパッとしないというかやりがいがないというか」
「なんか目をつけられたいみたいでちょっとキモい」
「いや目をつけられたいわけじゃないんだけど……うーん」
完全に何の問題もなく終わるとは流石に思っていなかったが、どこかもっとスマートに終幕すると考えていた。
やられた側が我慢して悪の親玉は事件ごとなかったことになっているのはどうなんだろうか。
「ほんとにこれで納得してるんだよね?」
「ハイ、もう足の速さは能力に関係してることが分かりましたし、結局なんの能力かわかりませんけど。部内のいやがらせも部からいなくなってなくなりましたし、大会とか目指してなかったですしね」
奏は赤く光らない。本心でもう納得しているようだ。
普通の人間なら強がりかもしれないといらない心配をするところをしなくていいのは嘘が分かる能力の唯一の利点かもしれない。
「だから未練があるとかじゃなく、ただ図書室に暇だから遊びに来てるだけなんですよ。先輩ももう忘れて、気楽に生きましょ?別に人との衝突なんてよくある、よくある」
「そんなもんかね」
樹はとりあえず言われた通りにいろいろなもやもやについてはいったん忘れ、だらっとスマホを見ることにした。
そのとき図書室の扉が勢いよく開かれた。
「あんたら!よくもやってくれたわね!!」
怒号とともに入ってきた仁美は明らかに冷静ではなかった。
「おいおい、一ノ瀬さん図書室に俺らしかいなかったからよかったものの、他に誰かいたら大切にしてる外面に傷がついちゃうぞ?」
「うっさい!あんなことしといてよくそんな平然としゃべってられるわね!」
「むしろ私にいろいろやっといてよくそんな怒れますねって感じですけど」
奏の言い方が妙にとげとげしい。
納得はしていても完全に許したわけではなさそうだ。
「そもそもなんなんだ?あんなことって」
「しらばっくれないで!部室に置いてあったのよ」
「なにが?忘れ物でもしたのか?奏」
「いえ?そもそも何されるかわからない部室に物なんておいていきませんよ」
「じゃあいったい何が……」
「これよ!」
仁美に見せられたのはスマホでとられた写真だ。
写真にはQRコードのついた紙が部室の机にでかでかと貼ってあった。
「なんだこれ」
「もしかしてちょっとエッチなやつですかね!?」
「何ウキウキしてんだ……。むしろだとしたら俺らに怒鳴り込んでくるのは心外すぎるでしょ」
「そんなもんじゃないわよ」
仁美が写真からQRコードを読み取った。
すると動画サイトに限定公開されている動画にとんだ。
「なんかいよいよそっち系じゃないか?これ」
いろいろな期待をしながらも画面が真っ黒のまま投稿されている動画を見ると中から聞こえてきたのは、
『あーはいはい。体温操作じゃないですよ。これで満足?』『別に能力がどうあれ関係ないでしょ?それで大会で優勝とかそんなこと目指してるわけじゃないんだから』
この前の話し合いの音声だった。