第八話 裁判開始
「今日の結果次第で私は仁美先輩に土下座して部活をやめます」
「えっ!?」
「えっ!?」
奏は元気よく始まったにしては二言目には重すぎることをいった。
部室のドアを開ける前に大きく息を吸い込んだのは単に大きな声を出すからではなくいろいろな覚悟があったのかもしれない。
でもこれで本当に奏の勘違いだったら陸上部にはもういられないから間違っていないのかもしれない。
「私に土下座をするってことはこの前から聞いてきてる私の特殊能力のことかしら?」
そういいながら仁美が樹の方を一瞥した。
「私の回答はこれまでと変わらないわよ」
「おおぉ!」
「ん?なにか?」
「あ、いや気にしないでくれ」
思わず声を出して感心してしまった。
今の言い方だとたとえ体温調節の能力がうそだったとしても、今の発言には嘘はない。
実際仁美の周りは光っていない。
この言い方をするということは樹の顔はよく見ていなかったから気付かなかっただけで、名前だけでうそを見抜く能力を持ってると気付いたのかもしれない。
「じゃあ仁美先輩の能力は体温を少し変えられるってことですか?」
「ずっと私はそう言ってるわ」
「いいねぇ」
「ん?なにか?」
「あ、いや気にしないでくれ」
やはり仁美は徹底的にはっきり明言をしない方向性で樹の能力をやり過ごそうとしているみたいだ。
ただこのまままともな会話が出来るわけないのだ。
特大のNGワードが大量に埋まっている状態で会話なんてできっこないのだから。
「足が速くなってたのは努力の結果ってことでいいですか?」
「そう言わなかったかしら?」
「いやーもうキツイって」
「あーもう!さっきからなにかしら」
「そろそろキツイんじゃないかと思ってね。一ノ瀬さん、俺の顔以外しっかり予習してるね。もしかしていずれこうなるかもって昔から思ってた?」
「なんのことかわかりませんね」
仁美が赤く光った。
こういうしらを切ることも許さないのが樹の能力だ。
「お、やっとうそついたね。やっぱり俺のこと警戒してたのね。でもどうせだったら顔も覚えてほしかったけどね」
「仁美先輩からはっきり言ってくださいよ。私の能力は体温操作ですって」
こういわれたらもう詰みだ。
嘘はバレるし、拒否したらもうほとんど違うと言ってるようなものだ。
「あーはいはい。体温操作じゃないですよ。これで満足?」
仁美が部内にある椅子にドカッと座り、足を組みながら言った。
仁美の話し方がガラッと変わりもうさっきまでのかわいらしい人気者という雰囲気ではなくなっている。
イライラが伝わってくるほどぶっきらぼうなしゃべり方になった。
「別に能力がどうあれ関係ないでしょ?それで大会で優勝とかそんなこと目指してるわけじゃないんだから」
「でも嘘をついたせいで藤崎が取り巻きに嫌がらせを受けてるんだろ?関係ないとは言いきれないんじゃないか」
「それはあの子たちが勝手にやったこと。指示してるわけでもないし関係ないでしょ?勝手に近づいてきて迎撃されただけ関係ないわ」
仁美は赤く光らない。
本気で関係ないと思っているということだ。
「取り巻きの子たちに対してずいぶんドライなんだね」
「私を好いてくれてる人が多いのよ。一人一人の行動に責任なんて持てないでしょ?」
「勝手に周りにいて勝手に動いてるだけなんだし嫌がらせ自体には責任なんて取れないよね。でもこうなった原因は一ノ瀬さんのうそなんだから関係はあるよね」
「だーかーら変に突っかからなけばよかっただけ!」
もう完全に仁美は開き直っている。
ただ嘘はない。こっちが完全に本性なのだろう。
奏もあまりの仁美の変わりように全くしゃべらなくなってしまっている。
まさかここまでしっかり猫被っていたとはさすがの樹も考えてなかった。
「別に土下座して部をやめろって言ってるわけじゃない。藤崎に本当のことを話して、取り巻きには藤崎に何もするなって言えばいいだけなんだから」
「本当のことを話す理由もないわ。私の周りでいじめがあるって言いふらされたくないから、その辺は言っといてあげる」
「うーん」
正直それでもいい。
奏は本当のことを知れて嫌がらせもなくなり、仁美ももうなかったことにしてこれまで通りの生活を送ることが出来る。
いろいろされていた奏からすると納得感があまりない。
そんななかこれまで静かにしていた奏が口を開いた。
「いいですよ。それで」
「マジか藤崎!?」
「先輩、私嘘ついてる?」
「いや……」
「もういいんですよ。こういうタイプの人だとは思いませんでした。もう居づらいんので部活もやめます」
奏の声はひどく冷たく、淡々としゃべっていた。
でもいつもみたいな強がりじゃない。心の底から言っている。
「じゃ、解決でいいわね!私からは言うだけ言っておくけどそれ以降は責任持てないから」
そう言い残し仁美は部室を去っていった。
「じゃあ先輩今日はありがとうございました。帰りましょうか」
奏の顔に笑顔はなかった。