第五話 心当たりあります
奏の話す経緯は重かったものの、生きていくうえでたまにある程度の問題だった。
樹は聞いている限りだとうそを見抜く能力を使うほどではないと感じていた。
「なんというかまぁ、しょうがなくない?出る杭は打たれる的な感じだしさ」
「でも私が間違っているかも分からない状態で悪者にされてるのがいやなの!」
悪いなら悪いでいい。よくわからないまま悪くされるのは納得が出来ない。樹にだってその気持ちはわからなくはない。
しかし、
「一ノ瀬仁美かぁ……」
「なに?もしかして元カノだったりするわけ……?」
奏のトーンが一気に落ち込んだ。
いくらクラスメイトと仲良くないと言っていた樹でもそういう関係だった可能性はゼロではない。
「まぁそんなわけないんだけどね」
「じゃあなによ」
樹のなかでの仁美のイメージは高校入学時から変わっていない。
一言で言うなら嘘つきである。
別に樹に対して嘘をついていたわけでも、何か悪意を持って接していたわけでもない。
ただ入学してすぐに行った自己紹介の時、
『一ノ瀬仁美です!能力は体温が少し変わるだけです!みんなと仲良く出来ればいいと思っています!趣味は走ることです。よろしくお願いします!』
はきはきとして好感の持てるいい挨拶だった。
……名前以降ずっと真っ赤だったことを除いて。
あまり人のうそを見抜くことが好きではない樹もクラスメイトの名前を把握するために自己紹介ぐらいはしっかり見て、聞いていた。
そのためなぜか嘘だらけの自己紹介であることに気づいてしまっていたのだ。
正直、人から好かれるために自己紹介で嘘をつく人間は少なくない。
ただここまでずっと真っ赤な紹介はあまりにも珍しく印象に残っていた。
「一ノ瀬仁美は人気者でクラス内でも慕ってるやつが多い。わざわざ嘘を暴いてその立場をぐちゃぐちゃにしちゃってもいいのかなってね」
樹の発言に奏は一気に満面の笑みになった。
「それって仁美先輩がうそをついてるってことでいいのよね!?」
「少なくとも体温操作は嘘ってことは言える。ただそれが嘘だったとしても例えば疲れを少しとることが出来るとか、速さに関係ない能力の可能性だってあるからね」
「わかってるわ。……でも直接的でも間接的でもどんな能力でなんでうそをついているかがわからないと納得できないもの」
「嘘を暴いた後のサポートとかもちゃんと考えときなよ。暴くだけ暴いてさよならじゃいじめの対象が変わるだけだからね」
「ちゃんと考えておくわ……。もちろん先輩がクラスで浮いた時のこともね」
「別に大した嘘じゃなくて自分のいじめが悪化する可能性もね」
「そっちは余裕よ」
そういった直後奏の周りが赤く染まった。
「……まぁ俺は事情わかってるし、話ぐらいは聞いてあげるよ。関係者でもあるしね」
「心配ないわ!」
また奏の周りが赤く染まった。
樹は何となく奏のことを理解することが出来た気がした。
調べるために少しかまをかけてみることにした。
「藤崎結構、孤立したの心に来てるでしょ?」
「いや?全く?超余裕」
やはり奏は赤く染まった。
目つきが悪く、口調も丁寧ではなく、強がりで強気の発言が多い。
いろいろ勘違いされることはあれど典型的な根っこがいいやつなのだろう。
「じゃあ連絡先もらうわよ。仁美先輩をうまい事呼び出す約束が出来たら連絡するわ」
「まぁどうせいつ呼び出されるかわからないか図書室にいるよ」
「まぁいいじゃない!最悪の場合、私と二人でしばらく浮いた存在になるかもしれないんだし」
「おいおい……えぐい想像させるなよ……」
なんとなく奏の性格がわかってしまったゆえに最悪の状況になっても全部押し付けて責任とってもらおうとか、本当に”なんでも”してもらおうとも思えなくなってきてしまった。
えぐい想像とは言ったものの全然可能性がある未来なのだ。
「今日はこの辺で帰るわね。いろいろと考えなくちゃいけないこともあるしね」
「じゃあ気を付けて帰りなね。解決するまではどんな嫌がらせがあるかわからないし、直接的なことは俺も力になることは出来ないからさ」
「わかってるわよ。先輩もせいぜいヤンキー達に襲われない様にね!じゃあね!」
「なんかずっと怖い想像させるのやめてくれよ」
奏は笑いながら図書室を去っていった。
「なんか今日はどっと疲れたな……」
今日は偶然不定期開催うそ発見器の仕事と奏という強がり後輩悩み相談が同時行われた。
こんなに長い間人と会話をしたのも高校に入る前ぶりかもしれない。
これからやらなければならないことに多少の不安とめんどくささを感じながらも、高宮樹はいつもよりも軽い足取りで寮に帰った。