第65話
なんだったら断ることだってできた。
でもしなかったのは、思い知らせたいという気持ちと――相手がこの館の主人であることに遠慮したから、である。
そもそもアドルフさんと私を監視したい国としてはアドルフさんと同じくらい強い相手をその傍に置くのが得策……ということでスリコフ将軍の手元に第五部隊を置いたのだろうことは想像に難くない。
そして今日まで放置されたのは、強制とはいえ婚姻による『番』関係を持った獣人夫婦が物理的に離され不安な状況下でどのように変化するのか使用人たちに監視させていたのろう。
主に、獣化するアドルフさんを。
(私に対しては同性から同情心を持って献身的に接されることで〝逃げたい〟という気持ちに拍車をかけ、亡命を望むのではとかそんなこと思ってそう)
絶対に! ないけどな!!
だって亡命したらアドルフさんがいないじゃないか。
アドルフさんが私以外の運命に出会っちゃったなら考えるよ?
あの人、とても真摯だから私に遠慮して運命の人に出会っちゃったとしてもきっと我慢しちゃうだろうから、そこは私が察してその時には身を引くつもりではある。
ただそうなるかもしれないし、ならないかもしれないなら……私は命ある限りアドルフさんを推すのだ。
いや、身を引いたとしても遠くからね! そっとね!!
ストーカーにならない程度に推し事するから!
(まあそんなこと言葉にしようものならアドルフさんだけじゃなくてカレンとマヌエラの説教もついてくるからなー)
なにげにマヌエラの説教が一番怖いのよ。
彼女は風貌が優しげで普段はおっとりしているけど、その分叱る時とか圧がすごいの。
あれは体験した人にしかわかるまい……。
今のところ私は彼女に説教されたことはないけど、説教風景は何度か見ているから知っているよ!!
とりあえず、私もスリコフ将軍も無言だ。
取り過ぎるたびに使用人の人たちが興味津々の視線を投げかけてくるのがうざったい。
だがここはあれよ、聖女スマイルを崩さずにね!
そうして男性陣が生活しているところに足を踏み入れると、まあ当然ながら私たち女性陣と似たような雰囲気の扉が並んでいる、が……侍女の姿はなく、かといって執事の姿があるわけでもない。
なんというか、殺風景というか……人の出入りが少なそうだ。
もしかしたら面倒事に巻き込まれないように、各自必要最低限の外出以外は控えているのかもしれない。
難癖つけられちゃたまんないからね!
「ミュラー将軍の部屋は一番奥だ」
「……ありがとうございます」
なんとなく足を止めて見ていた私に、スリコフ将軍がにこやかに教えてくれる。
すっと手を差し出されたけど私はそれを黙殺して歩き出す。
誰がエスコートされたいなんて言ったよ!?
後ろで苦笑している様子が雰囲気でわかったけど、私は悪いことをしたなんて思わない。
私が歩を進めると、一番奥の部屋、そこのドアが開く。
そして少し驚いた様子のアドルフさんが出てきて、私のところまで大股で歩み寄ってきてくれた。
「アドルフさん!」
「イリステラ……どうして。何故、スリコフ将軍が一緒なんだ」
「アドルフさんに会いに行こうとしたらそこで顔を合わせたものですから。三人でお茶でもいかがでしょうか」
「……」
私が会いに行こうとしたって部分で少し嬉しそうな雰囲気を出したけれど、三人でお茶を……と言ったところで不機嫌そうに目が細められる。
本当にわずかな変化なんだけど、んんーそういうところが可愛いんだよなあ!!
かっこいいのに可愛い。私の推し、マジで最強じゃない?
「さて、夫婦仲が良いところに大変申し訳ないが、俺とも時間を作っていただけるとありがたいな。……王城での話も少しさせていただきたい」
そこに咳払いで割り込んでくるスリコフ将軍。
ちょっと空気読んでくれてもいいんじゃなぁい?
……そんな不穏な雰囲気を見せられたら、断るなんてできないけどさ!




