第58話
「そういえば相手国から迎えが来るんですよね」
「ああ。……イリステラも前線にいたなら、名前くらいは聞いたことがあると思うぞ」
「えっ、誰ですか?」
「黒竜将軍、アンドレイ・スリコフという男だ。……歓迎されているとは到底思えないが、まあこちらは文句の言えない立場だ。俺たちは後方にいるし直接何か言葉を交わす必要もないとは思うが、念のために注意しておけ」
「黒竜将軍、アンドレイ・スリコフ……」
やや低くなったアドルフさんの声に滲む不機嫌さ。
私はその名前を復唱して、背中に冷や汗が伝うのを感じる。
決して乗馬がキツいせいじゃないからな。お尻が痛いのは事実だけども。
それよりもアンドレイ・スリコフだよアンドレイ・スリコフ。
名前は初めて知ったけど、黒竜将軍なら知ってるよ!
だって新作の方の主人公じゃん!?
(って多分おそらくメイビーって感じで情報が出ていただけで、そうとは決まっていないけど……)
だとしたら続編主人公に初代主人公と揃い踏みになるんですけど!?
一体全体どうしたら安寧を図れるのか、私に教えてほしいんですけども神様!!
「若くして頭角を現した英雄として名を馳せている男だ。俺も何度かぶつかったことがあるが……そうだな、お前が言っていた、俺たちと初めて会った時の戦線。あの指揮を執っていたのは黒竜将軍だ」
「そうだったんですか……私たちは前線とはいえ、そういった相手が誰なのかとかまでは知らされていなくて」
「まあ、一介の兵士や神官ならそういうものだろうな。……何度か剣を交えたが、黒髪に精悍な顔立ちの青年だ。聞けば部下たちにもよく慕われているという」
「へえ」
まあ私にとってはアドルフさん以上の人はいないからどうでもいいけどな!
だから思わず気のない返事をしちゃったけど、アドルフさんがそれを咎めることはなかった。
私の推しは今日も寛容だ。
普通ならこうはいかないよ!? すごくない!?
今はほかの人たちの目も薄い自国内の森を行軍中だから私語として認めてくれているんだよね。
ちゃんと公私混同しないで状況見てくれつつ私を気遣うために会話もしてくれる推し、尊い……優しさの化身……。
推しとしても夫としても満点じゃない!?
「それにしてもだっさいよねえ~、黒竜だって黒竜。知ってる? イリステラ。あっちの国はねえ、軍の部隊ごとに竜の名前つけてンの」
「そうなんだ」
アドルフさんの尊さに(毎日の)感動を覚えていると、隣でカレンがそう言った。
いやあ、初めて知ったな。
そうなんだ!?
まあうちも獣神部隊とかつけてるし、どこの国もそんな感じのネーミングセンスなんだろうなと思うだけなんだけど……正直、戦争していたってこともあってお互いに良い感情は抱いていないところはどうしたってある。
「カレン、他国のことをあまり口に出さない方がいいわ」
「まあそうよねーごめんごめん!」
マヌエラに注意されてカラカラと笑うカレンがさっと引き下がってくれるからそれで終わるけど、もしかしたらこういう感情の小さな積み重ねがトラブルを引き起こしかねないんじゃないかなって思った。
(うん、私のやるべきことリストに追加しておこう)
第一に、アドルフさんの推し活。
元・敵国にアドルフさんの魅力を知ってもらおう。
第二に、第五部隊のケア。
彼らが元・敵国に行くことでストレスを感じて相手方と大きな喧嘩に発展しないように努める。小さいのは発散と思えばいいかなって。
(よし、そんな感じだね!)
気合いを入れる私の隣で、アドルフさんが前を見る。
そっと目を細める姿は、これから狩りをする人みたいだ。かっこいい。
「……見えてきたぞ、合流地点だ」




