幕間 幸せと幸せ
イリステラと本当の関係を築いていこう、そう決めて彼女が目覚めてからはできる限り寄り添うと決めた。
それは彼女が毒に冒されたせいで内臓機能が弱り、その回復のために眠り続けていた分カバーをしてやりたいからでもあったし、同時に彼女に少しずつ俺との未来を考えてほしかったからだ。
言葉にして迫れば、イリステラはすぐに応じてくれたと思う。
だがそれは、彼女自身の意思よりも『俺が言ったから』という優先順位が出てくるように思えてならなかった。
それに、医師には当面精神面でも肉体面でも、まだまだ負担をかけてはならないと言われていたし……そういう意味でも、想いを通じ合わせるには俺の方が辛い部分もあった。
(……細い、な)
イリステラの内臓が受けたダメージは、見た目ではわからないが相当重いものだったという。
あれだけ眠り続けていたのだから当然だと思うが、元々小柄なだけに心配になる。
抱き上げるとひどく軽く、俺のような男が触れれば傷をつけてしまうのではないかとそればかりだ。
そのせいか、彼女が歩きたい、家事をしたいと言ってくると大丈夫だろうか心配になってついつい周りをウロついてしまうのだが……マヌエラとカレンには鬱陶しいと言われたが、仕方のないことだと思う。
その後、エミリアに絡まれることもあったが……まあ、イリステラが誤解しないでくれて良かった。
あと少しで一年、それまでの間に彼女の体調の様子を見て夫婦の関係を進めたいと思っていたが……そろそろいいかと思っていたらこれだ。
触れてしまえばあとはもう、止まれるはずもなかった。
むしろよく触れずにいられたと思わずにいられない。
「イリステラ」
「なんですか?」
「……その荷物は俺が持つ」
「ええ? このくらい大丈夫ですよ!」
「いいから」
結婚して、一年経ったら離婚を……なんてイリステラは考えていたのだろう。
だが俺たちは一年を過ぎても、今も共にいる。
いつかは家族を得るかもしれないし、そうではないかもしれない。
(俺の家族)
獣化して暴走した父は、あくまで俺や母さんを守ろうとして獣化をしたのだ。
あの戦時下で、敵から、暴徒から、家族を守るために。
暴走してしまったがゆえに討たれることになったとしても、あそこには父親として俺が憧れた背中があった。
「そういえば、エミリアさんってどうなったんでしょう」
「……ダンから一度だけ手紙が来た。国外に行くそうだ」
「えっ」
「この国にいても、彼女にはいい思い出がないからと」
「……そうですか」
エミリアが俺にどんな感情を抱いていたのか、まるで気にしていなかった俺にもきっと責任はあるのだろう。
面倒だからと、そればかりで。
結局それでイリステラにも迷惑がかかっていたようだったし反省しなければならない。
だが、不幸になってほしいとは思っていない。
ダンのことは普通に友人だと今でも思っているし、彼らがどこか遠くの土地で幸せになってくれたらと願うばかりだ。
「そういえばアドルフさん、今夜は何が食べたいですか?」
「そうだな」
イリステラを抱き寄せる。
もう体調は大丈夫だと言い張る彼女だが、相変わらずの細さに心配しかない。
これを言うとまたマヌエラたちに過保護だのなんだの言われてしまうので、最近は家での食事に気を遣うようにしている。
イリステラは俺にとって大切な女性で、そして第五部隊にとっても大切な聖女だ。
こいつが成し遂げた偉業を知る人間は少ない。
それについて不満がないわけじゃないが、それでもイリステラがここにいて笑ってくれる、それが俺にとっては大事なことだ。
「イリステラが作ってくれたシチューがいいな」
「いいですね、野菜たっぷり入れましょう!」
「そろそろあそこのパン屋がいい時間帯じゃないか」
「あっ、本当。焼きたてパンありますかね」
「……イリステラ」
「はい?」
楽しそうに自分と手を繋いで歩くイリステラが、不思議そうにこちらを見上げる。
以前よりも、少しだけ。
そう、少しだけ柔らかい表情で俺に寄り添ってくれる彼女の手を、ほんの少しだけ力を込めて握った。
「お前は幸せか?」
俺のような男に捕まって、もう逃げられない。
勿論幸せにすると誓っているし、愛しているとこれからは毎日告げよう。
あの陛下がまたイリステラを利用して何かをしようとするならば、逃げたって構わない。
「幸せです! サイコーに!!」
「……そうか」
そうやって、俺の隣で笑ってくれているなら。
それでいい。
「俺も、幸せだ」




