第48話
(死ぬかと 思った)
息が上手くできなくて。
はっきり言って前世の分も含めて知識はあるけどこんな〝息すら喰われる〟ようなキスなんて知りませんて。
これをキスと呼んでいいのか!?
そのくらい〝喰われた〟って感じだ。
いや、でも唇を合わせることがキスなら、これは確かにキスだ。
でもこれまで清いオツキアイ(?)をしてきた新婚夫婦(??)にしてはちょっとアブノーマルなキスだったのでは!?
えっ? ていうか私アドルフさんとキスしたの!?
やだー、頭が追いつかなあい!!
「……可愛いな」
酸欠でクラクラして涙目になっている私に、アドルフさんがそう言ってまた頬に口づけてくる。
あ、あまーい! 誰だお前私の最推しアドルフさんだな!!
「体調に変化はあるか?」
「……え……?」
ぼうっとする頭の中では『アドルフさんかっこいい』しか出てこない残念っぷりではあるが、ジッと見つめられて私はようやく言われた内容を理解する。
指の腹で私の唇を拭ってくれるアドルフさんにまたドキッとしつつ、なるほど彼は『聖女はパートナーと交わる』ことで聖女の力を回復することを実践してみたのだろう。
私もこの〝交わる〟についてはそれこそ体液の交換的な何かでもいけるのか? とは思っていたので……そもそも〝心を交わした〟ってところは信頼関係なのか恋情なのか難しいところではあるけど。
(確かに……なんとなく? 言われてみれば? 程度には)
魔力が回復しているような、いないような。
元が残念な量だけに回復量も微妙なのか?
どこまでも残念すぎるな、この世界に転生したときにチート能力はどこかに家出してしまって戻ってくる気はないらしい。くっそう。
「ええと……魔力は、残念ながら」
「違う」
「違うんですか」
私の報告に即座に否定が返される。
違った。
「……俺に触れられて、気分は悪くなってないか」
「それは平気です」
この会話時間のおかげか酸素も大分戻ったのか、思考もしゃっきりしてきましたよ!
つってもこの状況、理解できてはいないけど。
(……冷静になろう、イリステラ)
聖女の回復方法としてあげられている、心を交わした異性……という言い方をしているけど実際にはヤれりゃなんでもいい的な事実はアドルフさんには伏せておくとして、とりあえず彼がそれを試したわけじゃないのは今の言葉でわかった。
ちなみに特定の異性、という言い方に途中から聖女たちの間で記されるようになったのはそうじゃなきゃ聖女の心が壊れるからである。
どこの世界にもゲスがいるからね、守る側も多少の嘘くらいはついたって仕方ないと思ってくれ。
まあそれはともかくとして、次にアドルフさんの性格。
真面目オブ真面目だから全部自分の責任として背負いがちなところがあるけど、回復目的じゃなくキスをしてきたということになると、だ。
(もしや、これは……)
自惚れでなければ。
私は、アドルフさんに、女として見てもらえていた……?
「あの」
「なんだ」
「……今の、は……」
キスと改めて言うのはなんだかやけに照れくさくて私はちょっと視線をあちこちに向けるが、アドルフさんは黙ったままだ。
でも私たちの間にある空気は、普段のよりもずっと、甘い気がする。
いやこれ私が冷静になれていないだけか?
「その、回復目的、じゃない……ですよね?」
「そうだ、聖女の回復ってやつが目的じゃない。……まあ、お前が回復してくれたらそれはそれでありがたいが」
待てはできるんだと言っていたアドルフさんを思い出す。
そもそもアドルフさんは古語で狼を表す名を冠しているのだから、犬じゃないのにと思わず突っ込んでしまいそうになったがさすがに自重した。
「なにせ」
「は、はわ」
顔が近いですアドルフさん!
ご尊顔がどアップだと目が潰れてしまいますぅ!!
……と出会った頃の私ならそう言っていたと思うが、さすがに恋心を自覚した今では別の意味で直視ができない。
「俺の気持ちは無事に伝わったようで何よりだ。態度では示したが、そうだな。言葉にもしなければいけない」
「アドルフさん……?」
「眠っていたお前に伝えて伝えた気になっていたと言ったら、笑うか? ……愛している、イリステラ。すまないが、離婚の話はなかったことにするし今からお前を抱いて名実共に夫婦にならせてもらう」
「ひぇ」
突然のその宣言に私はどうしていいかわからない。
なんだこの超展開!?
どうやら女として見られているらしい、ということに至って浮かれた瞬間にベッドイン宣言されても私はついていけないんですけど!?
思わず抱き上げられてベッドに押し倒された私がアドルフさんを睨むと、彼は苦笑して宥めるみたいに私にキスをしてくれた。
「……性急で悪いが、これでも待った。それに、急がないといけない理由もあるが……まあそれは後で話す」
「え、ちょ」
それ大事なことですよね!? きっと!!
だけどアドルフさんはなんだか楽しげに、そう、まるで子供がプレゼントを前にした時みたいな笑みを浮かべて、私の服に手をかけた。
ラッピングを剥がす子供みたいなんて言ったら、怒られそうだから言わないけど!
「……は、初めての上に病み上がりなので、お手柔らかに……」
「善処する」
せめて私はそう言うしかできなかったんだけど、返ってきた言葉はなんとも頼りないもので、私は覚悟を決めるほかなかったのだった。




