第30話
「エミリアさんの旦那さんは……ダンさんは、それを許していたんですか」
「……気にしなくていいと言っていた。自分が傍にいるから、俺と彼女は距離を置いた方がいいと」
だけど、そのダンさんが怪我をした。
戦争のせいで。
エミリアさんのそれは、ただの八つ当たりだと思う。
兵士になったのに一向に戦を終わらせられないアドルフさんに、獣化する部隊に所属していることに、助けてくれたとしても彼女のトラウマである獣化をしたことに。
アドルフさんの行動一つ一つが、彼女にとって神経を逆撫でるものなのかもしれない。
私には、理解できないけど。
彼女は獣化という事象そのものに腹を立てていて、どうしようもないことだってわかっているからこそ……身近だったアドルフさんにそれをぶつけているのかもしれない。
(まあ、やっていいことではないけどね)
ゲームでは語られなかったことだ。
ダンさんがゲームの中での不倫相手なら、彼女のことを気遣って関係を求められても断れなかったのかもしれない。
ただ、それもアドルフさんを裏切っていい理由にはならないけどな!
残念なことに『距離を置いた方がいい』というダンさんの発言自体は、当たっているということだ。
「イリステラ」
「はい」
「……お前も、第五部隊になって初めて共に戦場に行く」
「はい」
きっと、私たちの会話はどこを切り取ったって、夫婦らしくなんてない。
でもそれは当然だ。
私たちは名ばかりの夫婦。
「無理だけは、するな」
「……はい」
それでもこうして気遣ってくれるアドルフさんが、とても好きだ。
推しだとか、推しじゃないとか、そういうんじゃなくて。
優しくて、からっぽで、自分がからっぽだから他の人がそうならないようにって全部譲っちゃえるようなこの人のことが、大好きだ。
(ごめんねアドルフさん)
アドルフさんは契約結婚させられたっていうのに。
こんな私のことも心配してくれているのに。
無理をしないってそんな些細な約束すら、してあげられない。
(でもアドルフさんがもう戦場に立たなくていいようにしてみせるから)
美味しいものを食べて、のんびりした時間を過ごして。
くだらないことを言う私に笑いかけてくれる時間が増えて。
魂があまりにも疲弊していて、感情が薄れていたアドルフさんも今ではかなり回復している。
もう少しだ。
あともう少しで、アドルフさんに『日常』っていう幸せを取り戻してみせるから。
ちゃんと約束しない私を、アドルフさんは静かに見ていた。
眉間に皺を寄せながら。
私はそれを理解していながら、気づかないふりをする。
「来週から出発するなら、食品はあまり買い込めませんね」
「……そうだな」
「治療も念入りに行いましょう。何があるかわかりませんし」
「それは、別に」
「今日は特にお疲れでしたし」
「それは王城で会議があったからだ」
他愛ない会話で、誤魔化す私のことに気づいているはずだ。
だけどアドルフさんは何も言わないで、普通に会話してくれた。
(こういうところが、優しいんだよなあ)
推せるポイントだよね!
本当、見た目もいいし紳士だし、気遣いもできるなんて最高の人だよ?
「アドルフさん、手を繋ぎましょうか!」
「……いやだ」
「そう仰らず!」
私が無理矢理手を繋いだら、アドルフさんは眉間に皺を寄せた。
だけど、決して振り払ったりなんてしない。
そういう優しいところも、大好きです。
私は胸の中でそう呟く。
言ってしまいたい気持ちもあるけれど、今のこの距離感を壊したくない。
それに、気持ちを告げてしまったら……きっと優しいアドルフさんは、それを真摯に受け止めちゃって、重荷にしちゃうだろうからね!
私は推しを幸せにしたいのであって、悩ませたくないのだ。
そこは変わらずにいたいなと、そう思うのだった。




