第24話
ところが、その事実に思わず俯きそうになったところでカレンの冷たい声に思わず俯きかけた顔を勢いよく上げることになったのだ。
「まーた来てんの? あの女」
「えっ」
「諦めが悪いですね……隊長ははっきりとお断りしているのに」
カレンは基本的に第五部隊の人以外に辛辣なところがあるけど、それでもこんなに冷たい声は初めて聞いた。
それどころか誰にでも人当たりのいいマヌエラまで聞いたことのない声でそんなことを言うではないか。
「あ、イリステラさんお気になさらず。あの方はアドルフ隊長のお知り合いです」
「そう、なんだ?」
「そうです。大分前、そうですねえ、ちょうどイリステラさんが隊長と結婚するほんの少し前ですか。そのご友人が戦渦で怪我を負って、彼女がそれを支えていたそうですが……やはりこのご時世で生活が苦しいとのことで、隊長にお金を借りに来たんです」
「……ほほう」
うん、それは確かゲームにもあった。
男主人公のストーリーでアドルフさんの回想録みたいなものがあり、その際に男主人公が『どうしてあんないい人を、助けてくれた友人を裏切ることができるんだろう……』みたいに言うシーンがあったんだよね。
人の汚さを垣間見た主人公が人を信じられなくなっていくストーリーだ。
怪我をした友人にお金を貸して、その挙げ句に奥さんを寝取られるってどんだけ不幸属性をアドルフさんに背負わせるんだよ制作者ア……!!
「で、隊長ったらお人好しにも結構な額を貸したんです。少なくとも普通の家庭なら一年以上は暮らせる額をポンッと。あれは圧巻でしたね」
「まああたしらも実家に送金する以外、そんなに使い道もないし……この部隊は給料がいいからちょっと貯め込みゃすぐな額だけどね」
「ところが、その後イリステラさんと結婚した後くらいに宿舎にやってきて、またお金が足りなくなったから貸してくれって言い始めたんです」
えええ?
一般市民が一年は暮らせる生活費をもらっておいて、私との結婚直後って……借りて割とすぐじゃない?
それ使い切っちゃったの?
いくら治療費がかかるにしろ、それでも減り方が激しすぎる。
思わず「わけがわからないよ……」と呟いた私に、二人も大きく頷いた。
「その際に隊長が『自分も結婚したからそんなに余裕がない』って感じのことを言って、また少しだけ渡したんです。すると彼女が結婚しただなんて聞いていないって怒り始めて……」
「え、なんで?」
「わかりません。どうやら彼女は隊長が自分のことを好きだと思っていたらしく、でも隊長は違ったみたいで」
「……? ……??」
「やだイリステラ、すっごい苦いもの食べたみたいな顔してて笑えるウ!」
カレンがバシバシ私の背中を叩くのが結構痛いんで思わず正気に戻ったけど、宇宙猫ってこういう気持ちなのかなって体感した。
(ゲームの中でアドルフさんとエミリアさんがどういう感情だったかまではわかんなかったけど、え、好かれてるって自信があったから我が儘とか無茶ぶりとか浮気したってこと? え? 意味わかんない)
好きではない人に好かれても困る、とかならわかる。
でも好かれてると思っていた相手が結婚した、だから怒るはわからない。
いや待て、彼女ももしかしたら好意を口に出せなかっただけでアドルフさんのことが好きだったかもしれない。
それでもし両片思いで、その友人に関してはただの、本当に善意なのかもしれない。
もしもそうだったら……そうだったら?
(……私の第一目標は変わらない。アドルフさんを、幸せにする。だから彼女のことが好きでただ我慢しているだけなら……)
それなら、私は身を引こう。
失恋確定は辛いけど、今の段階ですでにほぼ確定だ。
全くもって体型からして勝ち目がない!!
「でも笑っちゃうのがその後当てつけよろしくその友人とあの女、結婚したんだよね~」
「……え?」
「で、なんだかんだ傷も治って今は働いてるみたいなんだけど、相変わらず生活が苦しいのか夫婦間で上手くいってないのか、時々ああやって隊長のこと訪ねてくるわけ。追い払ってもしつこく居座るし、本当に困ってたらほっとけないって理由で隊長も会ってんの」
「そうなんだ……」
うん、ないわ。
双方既婚者とかだめでしょ、倫理的にもアウトでアドルフさんが幸せにならない!
いやでもアドルフさんが彼女を想っていたらどうしよう?
「アドルフさんは彼女のことどう思ってるのかな」
「鬱陶しいって言ってた。その怪我した友人ってのが大事みたいよ」
「え」
「ここに来ては誘惑してくるし金をせびってくるし、昔はあんなじゃなかったのにって感じで隊長も困ってるみたい。彼女の夫の友人なんて、顔も見せに来たことないし不義理じゃない?」
カレンは相当彼女と、その夫に対して不満を抱えているようだ。
でも確かに、話を聞く限り……あまり好意的には彼らのことを見ることができない。
あっ、アドルフさんが抱きついてきた彼女を剥がした。
そのことにエミリアさんがキッと睨み付けるようにしてアドルフさんの胸を叩いて……遠くから見てると、痴話喧嘩にしか見えないんだよなあ。
「夫婦生活が上手くいってる!? 嘘言わないでよ、アドルフなんかと結婚したい女なんていないの!」
彼女が叫ぶ声が、響いた。
その内容に思わず私は頭が真っ白になって――気がついたら立ち上がっていた。
「ねえ、あたしたち昔からよく一緒にいたじゃない。あたしたち以上にアドルフのことわかってやれる人間なんていないのよ、だから……」
「アドルフ隊長は私がお願いして夫となっていただいたのです。私が願い、望んだ方で間違いありません」
私は階段の上から、ゆっくりとできる限り優雅に、これまでの聖女教育で培ったものを見せつけるように微笑んで彼女を見下ろす。
そう、聖女らしく微笑んでね!
「そちらの美しいお客様を是非ご紹介していただきたいわ、旦那様」
「……」
アドルフさんが、少し驚いた表情でこちらを見上げて何かを言った。
それは声に出なかったけれど――私の名前だったらいいなと、そう思わずにいられなかった。




