親友を助けるために自称妖精と契約して魔法少年になったけど、親友が俺のことを好きになりすぎて困る ~変身すると何故かメイド姿になります~
ここはとある中学校。
とある教室。
文化祭の準備で忙しいクラスメイトたち。
このクラスではメイドカフェの模擬店が開かれるようだ。
しかし、メイド服に着替えているのは男子ばかり。
このクラスで催されるのは男の子メイドカフェというかなりマニアックなもの。
このクラスでは女子と男子とで、クラスで何を企画するかでもめまくり、ゲーム対決で決着をつける流れに。
絶対に負けてはならない戦いに負けた男子たちは、全員が女装してメイドになり接客を担当することになった。
「くっそぉ……なんで俺たちがこんなことを……」
悔しそうにメイド服に着替える男子たち。
女子たちはその様子を勝ち誇ったようにニマニマと眺める。
女子生徒たちの目の下には色濃く残ったクマ。
数日間徹夜して全員分のメイド服の衣装を作り上げたのだ。
すごい。
「なぁ……シノブ。
お前、なんか着慣れてないか?」
男子生徒の一人が尋ねる。
「え? そっ、そんなことないぞ」
慌てて返事をしたのは犀川シノブ。
この物語の主人公である。
彼は女子たちが用意したメイド服を、他の男子生徒たちが着用に苦戦する中、あっさりと着こなしていた。
それはもう、彼のためにその服が用意されていたかのように、自然と、優雅に。
「それになんか似合ってるよな」
「ああ……妙に似合う。鏡見てみろよ」
そう言って男子生徒が教室に置かれた姿見を指さした。
そこに移るシノブの姿。
小柄で華奢な体つき。
短めの黒髪に、くりくりとした大きめの目。
中性的な顔立ちのその少年は、メイド服を着ているからか少女のようにも見えなくもない。
「ううん……別に普通だと思うけどなぁ」
「俺は全然、普通に見えないけどな。
なぁ……皆もそう思うだろ」
「「「うん、うん」」」
男子生徒たちが一斉に頷く。
あまりに似合うシノブのメイド服姿。
その妖艶な姿に女子たちはくぎ付けになる。
「シノブ君……カワイイ」
「いいよね、ずっと見てられる」
「ああ……これでヨシア君が同じ姿で並んだら……」
「尊いよね、最高に尊いよね」
ヒソヒソと話す女子たち。
親友の名前を出され、眉をひそめるシノブ。
なにか嫌な予感がする。
「シノブ、ここにいたんだ。探したよ」
不意に手を引かれ振り向くと、そこには金髪の美少年が立っていた。
白い肌に青い瞳。
天使のように無垢で整った顔立ち。
肩までかかった小麦色のつややかな髪の毛。
彼の姿を見たら、誰もがその美しさにくぎ付けになる。
「なっ、なんだよヨシア⁉ お前、別のクラスだろ⁉」
「用があるんだよ、ちょっと来て」
「要件ならここで……あっ! 待てってば!」
強引にシノブを教室から連れ出していくヨシア。
それを見た女子たちは一斉に黄色い声を上げる。
いったい二人で何をする気だと口々に騒ぎ立てるが、それを一番聞きたいのはシノブである。
有無を言わさず手を引いてひと気のない場所まで連れて行くヨシア。
あたりを見渡して誰も来ていないことを確かめると……。
どん!
シノブを壁際に追いやった上で手を押し当てる。
「今日のシノブ、すっごくかわいいね。
見ているだけでドキドキするよ」
「これはその……文化祭の催しで……。
てかさぁ、やめない?
誰か来たら誤解されるぜ」
「誤解されてもいいよ。
てか、誤解じゃないし」
そう言いながらヨシアはそっとシノブのアゴに手を添える。
「俺はずっとお前だけを見てるんだよ。
だから……この気持ちは誤解なんかじゃない。
もちろん、お前が言うように気のせいでもない。
本物の恋だ」
そっと顔を近づけるヨシア。
吐息がかかる距離まで近づいて、唇と唇とが――
「や め ろ っ!」
ヨシアを両手で押しのけるシノブ。
彼から逃げ出すように、走ってその場を立ち去る。
なんで……なんでこんなことになった⁉
俺たちはただの友達だったはずだ。
それなのに……それなのに!
「はぁ……はぁ……」
校舎裏まで走って逃げたシノブは荒い呼吸を整える。
胸の高鳴りが収まらない。
これはただ走ったのが原因ではなく――
「もったいねぇなぁ。
チューしちゃえばよかったじゃねぇか。
せっかく、両想いになれたのによぉ」
不意に声が聞こえる。
見ると、できの悪い着ぐるみを来た男がヤンキー座りをしていた。
青いクマのような意匠の着ぐるみ。
ぐりぐりと飛び出た二つの瞳。
赤い付け鼻。
そして……ファスナーのない背中と取り外せない首。
「うるせぇ……早くヨシアを元に戻せよ!」
「無理だよぉん! ばー――か!
願いを叶えてやった副作用だって言っただろ?
後から取り消すことはできねぇーん、だ・よ!」
青いクマは立ち上がってシノブのおでこをツンツンつつく。
脱げない着ぐるみを着た大柄の男を見上げながら、シノブは言う。
「でも、戦いが終わったら元に戻せるって……」
「お前が義務を果たし終えるのはもう少し先だ。
それまで頑張って戦え。
メイド戦士、シノブちゃん」
馬鹿にするような男の声。
殺意のあまり、両手を握りしめるシノブ。
いったい何がどうなって、こうなってしまったのか。
話は少し前にさかのぼる。
◇
これはシノブがまだ小学生だったころの話。
彼とヨシアは幼馴染で、よく一緒につるんで遊んでいた。
自転車で街のあちこちに出かけては二人で問題を起こし、大目玉を食らったのは一度や二度ではない。
家族ぐるみの交流もあり、相手の誕生日はそれぞれプレゼントを持って遊びに行き、初詣やクリスマスなどのイベントも常に一緒。
唯一無二の親友同士と言っても過言ではない。
そんな切っても切り離せない関係の二人だったが、ある悲劇がヨシアの身に襲い掛かった。
交通事故で意識不明の重体に陥ってしまったのである。
医師からは、意識が戻る可能性は数パーセントと告げられる。
仮に目覚めたとしても重い障害が残り、最悪の場合寝たきりもありうると。
シノブはそのことをヨシアの親から聞かされ、愕然とする。
昨日、元気に別れたばかりだったのに……。
面会することもできず、彼の身を案じて千羽鶴を一人で折るシノブだが、そんなことで奇跡が起きるはずもない。
ただ虚しい思いが募るばかり。
それでも諦めきれず、願いを込めて一羽、一羽を丁寧に折っていく。
自分の部屋で机に向かいながら、黙々と。
はやくヨシアが元気になりますように。
また一緒に遊べますように。
もう一度、彼に俺の名前を呼んで欲しい。
そして――
「ぎゅっと、抱きしめて欲しい?」
「え? は? うわぁ!」
不意に謎の存在が現れた。
シノブのベッドの上で横になっている着ぐるみの男。
本当になんの脈絡もなく現れたので、思わず悲鳴を上げてしまった。
「父さん! 母さん! 不審者がいる!」
冷静さを取り戻した彼は両親に助けを求めた。
しかし――
「無駄、無駄、無駄ぁ!」
不思議な力によって部屋は隔絶された空間となり、外界との接続の全てを断たれてしまう。
扉は開かなくなり、窓の外はよどんだ謎の景色へと変貌。
電波は入らないし、スマホはただの文鎮と化した。
しばらく脱出しようと抵抗をつづけたシノブだったが、やがては無駄な足掻きと分かって観念する。
そして謎の存在との対話に応じることにしたのである。
「なんなんだよ……お前は」
「ようやく会話する気になったかぁ。
最近の子供は疑い深くて嫌になるぜ」
「うるせぇな、それより早く名乗れよ。
お前はどこの誰なんだよ?」
突然現れた謎の存在に臆することなく、シノブは正体を教えろと迫る。
着ぐるみの表情は一切変わらないが、そのクマがにやりと笑ったような気がした。
「俺は魔法の世界から来た妖精だ」
「……は?」
「妖精だよ、妖精。
どう見ても可愛らしい妖精さんだろうが」
野太い男の声で着ぐるみが言う。
「お前のような妖精がいるか」
「いるんですよ、事実ここにぃ。
どこからどう見ても不審者なのは、
わても自分でもよう理解しとりますわぁ」
「いきなり口調変えるのやめろよ」
「はいはい、うるせぇ、うるせぇ。
クソガキは黙って話を聞いてくださいやがれ。
この馬鹿野郎」
妖精を自称する着ぐるみの男は、ベッドの端に腰かけてやれやれとかぶりを振る。
「俺はなぁ、大切なお話をしに来たんですよ。
最後まで真面目に聞いて下さいやがりますか?」
「なんだよ……大切なお話って」
「はぁ、ようやく聞く気になったか。
んじゃ――今から要点だけクソ話すから、
耳垢かっぽじってクソ真面目にご清聴いただけよ。
このクソガキ」
クマは大きく飛び出した作り物の目玉をこちらへと向ける。
つやつやの質感の黒光りする二つの球体に、歪んだシノブの姿が映し出されていた。
「お前の願いをひとつ、なんでも叶えてやる。
その代わり、俺と契約して魔法少年として戦え」
「魔法……少年?」
聞き覚えのない単語に首をかしげるシノブ。
「ああ、アニメとかゲームの魔法使いだと思えばいい。
不思議な力でこの世界を汚染する魔物と戦うんだ。
簡単だろ?」
「え? あっ……うん」
簡単と言われても、そう簡単には想像できない。
アニメやゲームのような世界が実現すると言われても、実感がわかないのだ。
「んまぁ、慣れりゃぁそう難しい話じゃない。
魔法の力で飛び回って、殴って蹴ってぶっ放して、
悪い存在を消し去ってしまうだけの話だ。
お前ならきっとうまくやれる」
「あの……それで、願いって……」
シノブにとって肝心なのはそっちの方である。
悪い魔物と戦うと言われても実感がわかないが、なんでも一つ願いが叶うと言われたら無視はできない。
もしそれが本当だとするのなら――
「ああ、なんでも叶えてやるよ。
ただし限界はある」
「限界?」
「例えば『人類抹殺』とか『日本沈没』とか規模の多すぎるのは無理。
あと『永遠の命』や『超能力使い放題』とか『時間遡行』とか、
非現実的すぎて影響がでかい願いも無理だから」
なんでもと言いながら、無理なことが多すぎる。
非現実的すぎるという言葉に思わず突っ込みたくなるが、それよりも先に聞きたいことがあった。
「友達のけがを治したいっていうのは……」
「余裕で可能! マジ可能!
可能過ぎてあくびが出るわ」
「え? じゃぁ――」
「ヨシア君も明日にはよくなるよ。
俺と契約して魔法少年になってくれたらなぁ」
その言葉を聞いた途端、シノブの頭から理性が消えうせる。
「俺、なる! 魔法少年になる!
だからヨシアを――」
「合点承知の助のオールオブオッケー!
偉大なる魔法少年の誕生だ!
さぁ、俺と契約して願いを叶えよう!
最高の想い出を一緒に作るんだ。
忘れられない――想い出を」
表情が一切変わらない青いクマの着ぐるみ。
それが一瞬、ゲス顔を浮かべたような気がしたが、シノブにとっては些細なことでしかなかった。
ヨシアが再び元気になるのであれば、どんな犠牲を払っても構わない。
そう思っていたから――
◇
「と言うことがあったんですね」
誰もいない方へ向かって話しかける自称妖精。
こいつが不思議な行動をとるのはいつものことだ。
「なぁ、いつも疑問なんだけど。
誰に向かって話してるんだよ?」
「お前が気にするようなことじゃない。
ちなみに俺の名前はブルー・ベアー。
ブルベちゃんって呼んでね!」
「はぁ……んなこと今言わなくてもいいだろ」
ため息をつくシノブ。
ブルベはいつもこんな調子だ。
付き合いきれない。
「なぁ……お前が言ってたこと、本当なんだろうな?」
「もう何年も前の話なのに、まだ疑ってんの?」
「いや、今のところは大丈夫そうだけどさ。
やっぱり心配なんだよ。
俺が18歳になるまでヨシアは無事なんだよな?」
シノブが尋ねると、ブルベはウンウンと頷く。
「ああ、もちろん。
たとえ、不治の病に侵されようと、大けがをしようと、
なんともなかったかのように彼の身体を修復してやる。
それが俺とお前のかわした契約。
アフターフォローもばっちりですよ、奥様!」
シノブは魔法少年として戦う見返りとして、大けがを負ったヨシアを健康な状態にまで回復するようブルベに依頼。
契約を交わした翌日には何事もなかったかのようにヨシアは退院し、自宅へと戻った。
あまりに驚異的な回復スピードに誰もが驚いていたが、シノブにとって周囲の反応など些細な出来事でしかなかったのだ。
たった一人の親友が自分の元へ帰って来てくれたのだから。
「ま、途中でヨシアが死んだりしたら、
戦うお前のモチベも下がるだろうからな。
必要なサービスですよ、これは」
「契約が切れた途端に、
ヨシアが死ぬってことはないんだよな?」
「そこは俺を信じてくれとしか言えませんな。
まぁ……こう見えても僕は悪い妖精じゃないので、
どうか信じて下さいやがれ、魔法少年さま」
「…………」
ブルベが本当のことを言っている保証はない。
もしかしたら騙されているかもしれない。
しかし……彼の言葉を信じるほかないのだ。
今はただ、騙されていないことを願うばかりである。
現状として、ヨシアは健康な状態で過ごしている。
予後も特に問題はない。
――ただ一点を除いて。
「でも……なんでヨシアは俺を?」
「さぁねぇ、どうしてでしょう?
魔法の副作用としか言えませんねぇ」
ブルベはわざとらしく肩をすくめて見せる。
契約によって願いを叶えた場合、とある副作用が発生する。
それは……対象となった存在が願いを叶えた人物に対して、一方的に好意を寄せてくるというものだ。
契約によって願いの対象となったヨシアは、シノブに対して強い愛情を抱くようになった。
日に日にその想いは強くなっていくのか、最近は人目もはばからずにアプローチしてくる。
壁ドンからのアゴクイなんて日常茶飯事。
スキンシップも激しくなっていくし、このままだとシノブの操がアブナイ。
「願い事の対象が人間じゃなかったらどうなんだよ?」
「んーっとねぇ、例えばですねぇ。
宝くじの一等を当てたいって願い事するジャン?
それが叶うジャン?
するとね、無限にお金が手に入るようになるの。
お金に愛されるってわけだねー」
「他のパターンは?」
「音楽の才能を願ったら無限に音楽から愛されまくる。
世界的に有名なアーティストになってバズりまくり。
願ったのが絵の才能でも、小説の才能でも一緒。
無限に才能から愛されるってわけ。
つまり――」
ブルベはずいっと顔を近づけてくる。
「世界規模で影響をもたらす無限の愛。
それほどの強い想いを、気持ちを、愛を――
ヨシア君は君に寄せているのだよ」
無茶苦茶だ。
あまりに無茶苦茶すぎる。
ただのどこにでもいる少年――といっても超絶美形のハーフ――だったヨシアは、シノブの願いによってあまりに重すぎる愛を背負わされてしまったのだ。
彼は間違いなくこの愛を望んでなどいなかった。
なぜなら……彼が真に愛している人の存在を、シノブは知っているから。
「でも……本当はアイツ……」
「別にいいだろうがぁ、何も悪いことなんてない。
お前だって愛されたいと願っていたはずだろ?
いったい何が問題なんだよ?」
べっとりと張り付くようなブルベの声。
まるで悪魔の誘惑のよう。
シノブはずっとヨシアのことが好きだった。
幼いころから、ずっと……ずっと……。
◇
最初、その感情をただの友情だと思っていた。
自分自身が両親に向けるような、相手を大切に思う気持ち。
それと同じものをヨシアに対しても抱いているのだと。
しかし……身体が成長していくにつれ、違和感を覚えるような出来事がいくつかあった。
例えば、クラスの男子生徒が隠れて大人が見るようなエッチな内容の本を読んでいた時のこと。
彼らはシノブにもそれを見るように促したが、全く興味がわかなかった。
これっぽっちも、まったく。
周囲からは、強がって興味がないふりをしていると言われたが、違う。
自分でもおかしいと思った。
父親が隠れてPCやスマホでその手の画像や映像を見ているのを知っている。
母もそれを仕方ないと言って見て見ぬふりをしている。
両親はシノブを祖母に預け、二人でたまにどこかへ出かけて行くことがある。
それは決まって夜だった。
幼いながらも、二人がどこで何をしているのか気づいてはいたが、もちろん触れようとは思わない。
気づかないふりをしてやり過ごした方が、気まずい思いをしなくてすむ。
いつか自分も大人になったら、それと同じことをするのだろう。
なんとなくそう思っていたのだが……違った。
身体が大きくなるにつれ、あいまいだった気持ちが少しずつ形になっていく。
彼がヨシアに対して抱いていた想いは家族へ向けるものとは違う。
もっと、もっと特別なもの。
それが普通の「好き」を超越した、大きな感情であると気づいたのは、ブルベと出会ってからのことだった。
「問題……大ありだろ。
あいつには俺の他に好きな人がいたんだよ。
その感情を奪ってしまったんだ。
俺が、お前と契約することで」
ヨシアがシノブ以外の人に特別な「好き」の感情を抱いていると知っていた。
しかし、契約を交わすことで、ヨシアはその気持ちを喪失してしまい、代わりにシノブへと向けるようになった。
本来なら喜ばしいことなのだが……どうしても受け入れられない。
魔法の副作用によって生まれたその愛を、果たして本物と言ってよいものなのか。
シノブには疑問であった。
「些細な問題だと思うけどな、俺は。
大切なのは『今』だろ?
過去じゃない。
今この時が幸せなら、それでいいじゃねぇか。
ヨシア君だってお前を愛してくれるはずだぜ」
「だからそれはもういいって。
俺は義務を果たすよ。
だから……契約が切れたら元通りにしてくれ。
ヨシアに本当の『好き』を返してやってくれよ」
シノブが言うと、ブルベはわざとらしくため息をついた。
「はぁぁぁぁぁ! お前ってやつはさぁ!
本当になんて言うか……お人よしだよな。
今なら好きなことを好きなだけできるってのによぉ。
あんなことや、こんなことも」
「…………」
あんなことや、こんなこと。
ちょっとだけ想像してしまった。
慌てて頭を振ってそのよこしまな思いを打ち消す。
「おい、今ちょっと興奮しただろ」
ブルベはそう言いながらシノブの股間に目を向ける。
「ばっ! どこ見てんだよ! 変態!」
慌てて両手を股間に当てるシノブ。
ブルベはほんの少しの変化でも見逃さない。
「しかたねぇよなぁ、男の子だもんなぁ。
そんなお前が自分の感情を抑えてまで、
ヨシア君の愛を拒絶する理由ってなんだよ?」
「だから言ってるだろ。
魔法の副作用で生まれた偽物の愛なんて、俺はいらない。
俺の『好き』もヨシアの『好き』も、
魔法の力で塗りつぶしたらダメなんだよ」
「けっ、つまんねーやつ」
ブルベは悪態をついて肩をすくめる。
なんと言われようとも構わない。
最初から心に決めているのだ。
ヨシアを救うために契約を交わしたのだから、彼の思いを踏みにじるようなことはしない。
そう覚悟を決めて戦いに臨んでいる。
「……あっ」
シノブが腕につけている魔法の腕時計――タッチパネル式――が鳴動した。
戦いが始まる合図だ。
「おっ、最近ご無沙汰だったからな。
久しぶりの呼び出しだぞ。
準備はいいか?」
「もちろんだよ。
バトルユニフォーム!
トランスチェンジ!」
腕時計に向かってそう叫ぶと、シノブの身体が光で包まれていく。
何やらニチアサ的なエフェクトによって彼の服装が変化していく。
変身を終えたシノブの姿は――
「メイド服からメイド姿に変わっても、
あんまり変身した感じがしないなぁ」
シノブの姿をまじまじと見つめながらブルベが言う。
契約によって魔法少年となったシノブは、戦闘に臨む時は特別なユニフォームに変身するのだが……なぜかメイド服だった。
メイド姿になって魔法の杖で魔物と戦う。
それがシノブに課せられた役割。
「なぁ……いつも疑問なんだけどさ。
なんでメイド服なんだよ?」
「え? 趣味」
「お前の?」
「うん、そう」
どうどうと言い切るブルベ。
やはりこいつは変態らしい。
「はぁ……最悪だよ、お前」
「なんとでも言ってくれ。
俺は変態妖精お兄さんなのさ。
こんなところでグダグダ言ってないで、
さっさと戦いに行って来いよ。
みんな待ってるぞ」
「分かってるよ……くそっ」
シノブは腕時計の液晶画面をタップする。
そこには戦闘が行われる場所が示されていた。
「今回は国内かぁ」
「遠くじゃなくて良かったな」
「んじゃ、行ってくる」
「10分くらいで済ませて来いよ。
あんまり戻るのが遅くなると怪しまれるぞ」
柄にもなく周囲の反応を心配するブルベ。
シノブはにやりと笑って答える。
「5分もあれば終わるさ」
次の瞬間、シノブの姿が光に包まれ、消失する。
◇
戦闘が行われるのは首都の中心部。
そびえたつビル群の中の一つにふわりと降り立つシノブ。
周囲を見渡すと、すでに他の仲間たちが来ているのが分かった。
「おせえよ、置いてくところだったぞ」
女子学生用のセーラー服を着た褐色肌で金髪の少年が言う。
鋭い目つきで睨みつけてくるが、別に喧嘩を売るつもりはないらしい。
彼はもともとこういう顔つきなのだ。
フィンガーレスグローブを身に着けているが、あれは魔法で生成されたユニフォームではなく自前で用意しているそうだ。
彼の名前はリオ。
シノブと同じ魔法少年の一人である。
「悪い、ブルベと話し込んでて」
「お前んとこの妖精って癖が強いからなぁ。
まぁ……それは俺の所も一緒だけどよ」
そう言って彼はため息をつく。
魔法少年たちはそれぞれ妖精と契約しているのだが、男の子に女装させて喜ぶ変態ぞろいである。
「今日の仕事もさっさと済ませるネ。
お家に帰って美味しいご飯をたくさん食べるアル。
みんな気張るヨー!」
チャイナドレスを着た茶髪の少年が言う。
長髪をみつあみにして肩から垂らしている。
彼の名前はハルカ。
別に中国人とのハーフと言うわけではない。
語尾にアルを付けるのは昔のアニメの中国人キャラのお約束だったとか。
「みんな……今日は喧嘩しないでね。
特にリオ君とハルカ君。
仲良くしてね……お願いだよ」
心配そうにこちらを見ている短髪の少年はミチル。
フリフリのついたピンクのドレスを着ている。
いかにも魔法少女と言った意匠の服。
ふんわりと広がったスカートがなんとも可愛らしい。
胸元の大きなリボンが目を引く。
「じゃ、揃ったことだし、さっそくやるか」
リオが腕時計で敵の所在地を確認しながら言う。
「今日はどのあたりに湧いたんだ?」
「スクランブル交差点のほうネ。
ほら……あのビルの……」
シノブが尋ねると、リオがショッピングモールの屋上を指さした。
そこには巨大な狼の姿をした魔物がいた。
鋭い爪と牙に黄色い瞳。
力を持たぬ人間は存在を察知することすらできない。
まがまがしい姿をしたその魔物を、ブルベたちはイリーガル・エッグと呼んでいる。
イリーガルは不法に生成された魔法生命体。
ブルベたちの世界にいたとある研究者が、こちらの世界に魔物の卵をばらまいた結果、孵化した一部のイリーガルが野生化し、人々を襲って魂を食らうようになってしまった。
それを駆除して無に帰すのが魔法少年の仕事。
向こうの世界からはイリーガルを駆除できる力をもった存在を移送できないため、現地住人の力を借りる必要があったらしい。
とまぁ、取って付けたような理由で戦わされているシノブたちだが、実は結構楽しんでいたりする。
どんなゲームよりも刺激的で楽しく、なによりリアリティがある。
怪我をしてもすぐに回復するし、敵の強さも程よいくらいなので、特に不満を感じることはない。
唯一の難点はユニフォームが女の子用のものばかり、と言うことだが――それについてはみんな慣れてしまったらしく、毎度メイド服だのセーラー服だのに着替えさせられても気にしていない。
「よし、俺から行く! みんなついてこい!」
真っ先にリオが飛び出していく。
高層ビルの屋上から魔法の力によって跳躍した彼は、他のビルの屋上へと乗り移った。
そして、何もないところから魔法のステッキを生成する。
ステッキは魔法少年一人に一本ずつ与えられる特別な武器。
これを変形させてイリーガルと戦うのだ。
「おらおらおら! くたばれぇ!」
レオは生成したステッキを両手で構える。
すると機関銃のような形へと変形。銃口が火を噴き魔法の弾丸を放つ。
「あのバカ、またやってるネ!」
「なんで遠距離攻撃系の武器なのに、
一人で突っ込んじゃうのぉ⁉」
ハルカとミチルの二人が彼の行動を見て呆れる。
リオはいつもこんな感じだ。
「うわぁ! こっち来た!
みんなフォローしてくれ!」
敵から追われて逃げ惑うリオ。
呆れながらも二人は彼を援護する。
「んもぅ……仕方ないなぁ」
ミチルは杖を左手に持ち、目の前へと突き出す。
すると彼の背丈ほどの長さがある大きな弓へと姿を変えた。
どこからともなく魔法の矢を生成したミチルは、しっかりと狙いを定めて弦を引き絞り、放つ。
「ぎゅおおおおおおおおお!」
どてっぱらを魔法の矢で射抜かれたイリーガルは悲鳴を上げる。
不意をつかれた一撃に、かなりのダメージを受けたようだ。
「リオは下がるネ!
ここはワタシがやるヨ!」
魔法のステッキを生成しながら、ハルカがイリーガルへと突っ込んで行く。
彼の持つ杖は赤色の長い棒へと変形。
自由に長さを変えられるその棒は、さながら孫悟空の持つ如意棒のよう。
すばしっこい動きで相手を翻弄しながら、棒で確実にダメージを与えていくハルカ。
彼はどちらかと言えばスピードタイプのファイターで、素早い動きで攻撃をかわしながら敵を仕留める戦い方を得意としている。
「シノブ! 今アル!」
「任せろ!」
シノブは空高く跳躍する。
両手でステッキを頭上へと振り上げ、イリーガルの頭上へと落ちていく。
そして――
ずっっっっがぁぁぁんっ!
シノブが振り下ろした杖はイリーガルの頭に見事命中。
敵は悲鳴を上げる間もなく、戦うための力を全て失ってしまった。
ばらばらばら。
イリーガルの肉体が崩れ、淡い光を放つかけらが空へと昇っていく。
敵を無力化した時に起こる現象で、魔法の力が無に帰っている証拠。
今回も無事に戦闘は終了したのだ。
「だからいつも言ってるアル!
一人で突っ込まないで、チームで戦う!
これ常識ヨ!」
「うるせぇなぁ! これが俺のやり方なんだよ!」
リオとハルカが言い争いをしている。
二人がこうなるのはいつものこと。
だいたいミチルが間に入って収まるのだ。
「だからもぅ、二人とも喧嘩しないでって!」
「どいつもこいつも、うるせぇんだよ!
それによぉ……シノブてめぇ、なんだ!
ちゃんとステッキを武器に変えて戦えよ!
なんで杖のまま殴ってんだ!」
リオはその鋭い視線を、呆れた顔で二人の喧嘩を眺めていたシノブへと向ける。
「その必要がないからだよ。
力を込めてそのまま殴った方が強い。
いちいち変形させた方が手間だろうが」
「だったらせめて剣とか斧とか、
そういう形に変形させて戦えよ!
なんか……なんか、違うだろ!」
リオはシノブの持つ魔法のステッキを指さして言う。
いくたものイリーガルを屠ったその杖は、色がくすんで所々装飾が剥げている。
先端に備え付けられた星形の飾りには返り血がべっとり。
とても魔法のステッキとは思えない。
「この前もそのまま敵に投げつけてたしよぉ。
もっと丁寧に扱ってやれよ!
杖がかわいそうだろ!」
「ブーメランみたいに戻って来るから問題ないぞ。
それに、杖がかわいそうってなんだよ。
意味が分からねぇんだけど」
呆れ顔でステッキを肩にかけるシノブ。
リオが何を訴えようとしているのか、いまいちよく分からない。
「ちっ……お前に何を言っても無駄か」
「杖のことなんてどうでもいいネ!
それよりもチームワークが大切ヨ!
いい加減に戦い方を変えるアル!」
「うるせぇっ! 黙れっ!」
「だから喧嘩しないでよぉ!」
こんな感じで、いつも喧嘩ばかりしている彼らだが、戦績は悪くない。
今までに100を超えるイリーガルを駆除してきたが、一度も苦戦したことはない。
しかし……少しずつ敵の強さが増している。
戦えば、戦うほど、強くなっていくイリーガル。
その種類も豊富になり、戦闘スタイルは多様化し、行動パターンは読みにくくなっている。
際限なく上がっていく難易度に不安を覚えながらも、彼らは今日もまだどこかで戦っているのだ。
頑張れ魔法少年。
負けるな魔法少年。
全てのイリーガルを駆逐するその日まで!
「だからさぁ……誰に向かって話してんだよ、お前」
呆れた顔で言うと、ブルベは肩をすくめた。
「やれやれ、お早いお帰りでしたね。
ご苦労さんっした」
「今回も楽勝だったよ。
次はもっと骨がある奴がいいな」
言いながら腕時計の液晶をいじるシノブ。
画面には今回の戦闘によって得られたポイントが表示されている。
イリーガルを撃破すると一定のポイントがたまり、スキルを取得したり、ステッキの強化を行えたりする。
遠距離攻撃がしたい時は、銃や弓のスキルを。
近距離攻撃がしたい時は、剣や斧のスキルを取得する。
他にも治癒能力を獲得出来たり、飛翔する距離を伸ばせたり、防御力や素早さを強化できたりと、使い方は様々。
魔法少年たちは戦いを有利に進めるために、各々が自分の特性を最大限に生かせるよう工夫してスキルを割り振っている。
――のだが。
「んじゃ、今回も『基礎強化』に全振り……と」
「おいおいおい、またかよ、おい」
シノブは杖を変形させない。
そのため、基本の形である杖の強化を行っている。
今まで誰もやろうとすらしなかった『基礎強化』のスキル全振り。
杖の力が強くなるものの、変形すると効果が失われてしまうので、全く無意味な選択だと思われていたのだが……面倒くさがったシノブはこれに全てのポイントを投入。
すると、ありえないほど高い破壊力を発揮するようになった。
たいていのイリーガルはシノブの一撃で撃破できる。
このあまりに強い魔法の杖を、魔法少年たちは血濡れのステッキと陰で呼んでいたり、いなかったり。
「んじゃ、とっとと戻るかぁ」
「おーい! 変身を解いてないぞぉ」
「あっ、忘れてた」
変身状態を解くシノブ。
もとの一般的なメイド服の姿へと戻る。
「ううん……なんかしっくりこないなぁ」
「いつものメイド服姿の方が似合ってるぞぉ」
「お前に違いなんて分かるのかよ?」
「バカにするな! こう見えても俺はなぁ――」
ブルベのメイド服についての知識自慢が始まったが、長くなりそうなので割愛する。
◇
文化祭当日。
メイド服姿で接客をするシノブたち男子生徒。
物珍しさが目を引いたのか、大勢の来客があり大賑わい。
提供するお菓子や料理は女子が作ることになっており、クラスメイトが一丸となって模擬店の運営に励んでいる。
「シノブ、一番さんに飲み物、運んどいたぞ」
「ありがとな、ヨシア」
ヨシアは別のクラスだが、色々あって手伝いに来ている。
もちろんメイド服姿で。
学校一の美少年である彼のメイド服姿を一目拝もうと、学校中の生徒たちが様子を見に来ている。
中にはガチ恋生徒もいるようで、一緒に写真を撮って欲しいと何人もの男子からお願いされていた。
彼は同性からもモテるらしい。
「シノブ! ヨシア! 遊びにきたよー!」
「あっ、松ねぇ」
二人のご近所である松山チトセ。
黒髪ロングの美人巨乳女子大生である。
シノブは幼いころから松ねぇと呼んで慕っている。
何を隠そう、この松ねぇ。
ヨシアが本来『好き』だった相手なのだ。
「チトセさん、声が大きいよ。恥ずかしいって」
「んもぅ、なに照れくさがってんのよぉ。
かわいい私のヨシアたん」
ヨシアになれなれしく接するチトセだが、二人はいつもこんな感じである。
クラスの女子たちが殺気のこもった視線を彼女へと向けているが、全く気付いていない。
――いや、気づいていて、あえて無視しているのかもしれない。
彼女は割と図太いメンタルの持ち主だ。
「それにしても……
メイド服が似合うよねぇ、二人とも。
カツラとか被ってないのにねぇ」
シノブもヨシアも、普段通りのままメイド服を着ている。
カツラなどで髪型を変えたりはしていない。
この男の子メイドカフェのコンセプトは、男の子のままメイドとなって接客をするというもの。
女装とは違うのだよ、女装とは!
……と、この企画の立案者である委員長が言っていた。
が、それはさておき。
「ところで……スカートの中はどうなってるのかな?
ボクパンとかの男物のパンツ履いてるの?
それとも……」
「え? そんなに気になる?」
シノブが言うと、にんまりと笑顔になるチトセ。
「気になりますねぇ、わたし気になります。
まさか女の子ものの下着ってわけじゃ――」
「んなわけねーだろ。
ほら、見ろよ」
シノブはスカートをたくし上げる。
その隣で、ヨシアも同じように下に履いている物を見せた。
「こっ……これは……!」
スカートの下に隠されていたのは、下着ではなく水着。
それも競泳用の水泳パンツだった。
「見られてもいいように海パン履いてるんだよ。
パンツじゃないから恥ずかしくねぇし」
「えっ……エッッッッッ!」
「は? どうした松ねぇ?」
鼻を両手で抑え、わなわなと震えるチトセ。
なぜか足も生まれたての小鹿のようにガクガク震えている。
「わっ、私には……刺激が強すぎたみたい……。
で、出直してくるわね! あぢゅー!」
チトセは逃げるように立ち去って行った。
「チトセさん、どうして逃げたんだろ?」
「さぁ……なんでだろうな?
松ねぇ、相変わらず意味不明なところあるよな」
「そーだね」
どうでもいい、とでもいうかのように相槌を打つヨシア。
シノブはかつて二人が付き合っていたことを知っている。
一線を越えて大人の関係になったとヨシア本人から聞かされた。
それを聞いて複雑な気持ちになったシノブだが、二人の関係を応援しようと思った。
幸せになって欲しいと願った。
しかし……そうはならなかったのだ。
あの一件以降、二人の関係がどうなったのか知らない。
チトセとヨシアは普段通り接している。
特になにかあった様子は見られない。
もしかしたら魔法の副作用によって、二人の関係は無かったことになってしまったのか。
真実は何も分からないが……シノブはただ見守ることしかできない。
魔法少年としての役割を果たし、ヨシアを解放することで、二人はまた元の関係に戻れるかもしれない。
そう信じるしかないだろう。
「お疲れさま、二人とも上がっていいよ」
委員長の女子生徒が声をかけて来た。
そろそろ交代の時間だ。
「ヨシア君、急に助っ人頼んでごめんね。
おかげで助かっちゃった」
「こちらこそ、代役引き受けてくれてありがとう。
この後、出番だったよね?」
「うん、すぐに行くから大丈夫だよ」
どうやら二人の間でなにか取引があったらしい。
やりとりをぼーっと眺めていたシノブだが、不意に手をつかまれた。
「じゃぁ、行こうか」
シノブの手を取ったヨシアがにっこりとほほ笑む。
いったいどこへ連れて行くつもりなんですかねぇ。
◇
ヨシアはシノブを学校の屋上へと連れて行った。
普段は施錠されているが、この日はグラウンドのアートを鑑賞するため、特別に解放されている。
トラックの真ん中には椅子と机を並べて作られた『大好き』の文字。
どうやら屋上でこの文字を眺めながら告白しようというコンセプトのアートらしい。
他にもカップルで見学に来ている生徒が沢山いる。
「なぁ……こんなの見ても楽しくないだろ?
男同士で『大好き』だなんて、バカげてる。
模擬店とか見て回ろうぜ」
シノブは嘘をついた。
本当はヨシアのことが『大好き』だ。
世界で一番『大好き』だ。
グラウンドに書かれた言葉を、そのまま自分の口から彼に伝えたい。
「俺はバカだとは思ってないよ。
ここへお前と二人で来たかったんだ」
メイド服を着たヨシアは真っすぐにシノブを見据える。
澄み渡った青い空のような瞳に、吸い込まれてしまいそうになる。
彼の視線に吸い寄せられそうになるのをグッとこらえ、シノブは後ろに下がって距離を置いた。
「なんでだよ……別に俺じゃなくてもいいだろ。
松ねぇと一緒に来ればよかったじゃんか」
「チトセさんじゃダメなんだよ。
俺は……お前と一緒に来たかったんだ。
この世界の他の誰でもダメなんだ。
シノブ……俺はお前が……」
そっとシノブのアゴに手を添えるヨシア。
優しく上向かせる。
「俺はお前が……好きだ。愛してる」
目を閉じるヨシア。
顎に手を添えたまま、唇を近づける。
まるで王子様がお姫様にするように、優しく、愛おしく。
静かに、静かに、唇が近づいて行く。
このまま目を閉じて彼を受け入れたら、どんなに幸せだろう。
きっと、今までに体験したことのないような幸福を実感できるはずだ。
世界で一番大好きな相手から祝福を受けるのだから。
でも――
「やめてくれよ、ヨシア。
俺はお前のこと、友達としか見れないよ。
お願いだから勘弁してくれ」
シノブは両手でヨシアを押し返す。
「そうか……俺を拒むんだな」
拒絶されたヨシアは悲しそうにシノブを見つめていた。
「ああ、だって……気持ち悪いし。
男同士で付き合うなんて普通にありえねぇから。
それに、気安く触るんじゃねーよ。
本当に無理だから、そう言うの」
精一杯、頑張って紡いだ拒絶の言葉。
口から吐き出すのも一苦労。
そんなシノブの心情を見透かしたかのように、ヨシアは優しくほほ笑んで言う。
「つれないな……シノブは」
そうだ、俺はつれないメイドだ。
シノブは心の中で答える。
お前は知らないだろうけど、俺はメイド服姿でモンスターと戦っているんだ。
この格好をするのは文化祭の時だけじゃない。
お前が部活で練習してる時も、塾へ行って勉強してる時も、俺は仲間たちと戦ってるんだよ。
この世界を守るために。
そして……お前の本当の『好き』を取り戻すために。
それまでの間、俺はずっとつれないメイドを演じてやるよ。
両想いにだってならないし、大人な関係にもならない。
もちろんキスだって……絶対にしない。
本当は、本当は、今すぐお前と一つになりたい。
愛し合って、結ばれて、繋がって、肌と肌が触れあい、身体を重ねて、お互いの存在を確かめ合いたい。
でも……でも、ダメなんだ。
魔法の副作用で塗りつぶされたお前の気持ちを、俺は受け入れることはできない。
もし受け入れてしまったら……本当の『好き』を見失ってしまうと思う。
――だから。
「つれない? なに言ってんだよ?
そもそも俺はメイドじゃないし。
お前の恋人になんてならねーからな。
馬鹿なこと、言ってんじゃねぇよ」
俺はつれないメイドを演じ続ける。
「てかさぁ、本当にバカだよな、お前。
なんで俺のことなんか好きになってんだよ。
頭がバグってんじゃねーのか?
冷静になれよな、ほんと」
本当の気持ちを隠してお前を拒絶する。
「あーあー! もったいないよなぁ!
お前くらいカッコよければモテまくりなのに。
本当にもったいないよなぁ!
俺なんか好きになってさぁ!」
それが、お前にできる唯一の贖い。
「いい加減、目を覚ませよ、ヨシア。
お前が俺のことなんか好きになるはずない」
「いいや、好きだ! 大好きだ!
世界で一番お前が大好きだ!
愛してる! シノブ!」
大きな声で叫ぶヨシア。
他の生徒たちが驚いて一斉に視線を向けてくる。
お前が好きなのは松ねぇだよ。
シノブはそう言いたかったが、真実を伝えることはできない。
ヨシアの中にある気持ちは全部魔法で後から塗りつぶされたもので、決して本物の感情ではないのだと。
本当のことを何一つ言えないでいる。
「だから……ごめんって。
俺はお前を好きになったりしない。
男同士なんて、気持ちが悪い」
つれないメイドは偽りの言葉で作り物の愛を拒む。
◇
「よぉ! お帰りー!」
自宅へ戻ると、ブルベがリビングでくつろいでいた。
両親は不在。
ブルベは勝手に拝借したスナック菓子を食べながら、ソファで横になりながらテレビでプロ野球を観戦している。
「お前、俺の家で当たり前のようにくつろぐなよ」
「いいじゃねぇーか、家族みたいなもんだろ」
「お前みたいな家族いらねぇよ」
「うわっ! なんて冷たい言葉! 酷い!」
相変わらず鬱陶しい妖精もどきだが、いつものことなので気にしない。
「それにしても、もったいねぇよなぁ。
せっかくの告白を蹴っちまうなんて」
「ヨシアが俺に告白するなんて、いつものことだからな。
てかお前……見てたのかよ」
「ああ、もちろん。
最初から最後までがっつり見届けさせてもらったぜ」
ブルベがリモコンを操作すると、テレビが切り替わってヨシアとシノブが向かい合っている姿が映し出された。
先ほどの屋上での告白シーンがそのまま流されている。
どうやら魔法をテレビに使ったらしい。
「プライベートもあったもんじゃねぇな、クソが」
「お前の全てはお見通しってわけだ。
何をしてる時もずっと見てるぞ」
「マジで死んでくんねーかな、このクソ妖精」
「妖精はしにましぇーん! 残念でした!」
馬鹿にするような口調で言うブルベ。
こんな奴に怒っていたら、エネルギーが足りない。
スルーするに限る。
「それはそうと、海外で面倒なことになってるぞ。
なんでも近隣諸国を担当してたチームが崩壊したらしい」
「え? またかよ?」
「ほら見ろよ、最新情報だ」
ブルベが再びリモコンを操作すると、今度は頭がキノコになっている謎の存在がニュースを読み上げている映像に切り替わった。
ちなみにキノコには顔がないのになぜか喋れている。
キノコのニュースキャスターは欧州と北米で、二つのチームが崩壊したと発表。
各国の妖精たちが協議を続け、チームの再編成を行っているそうだ。
魔法少年は世界中に存在しており、それぞれに担当地区が決まっている。
シノブたちは自分たちの国に出現したイリーガルを討伐しているが、たまに近隣の国へ行って戦うこともある。
魔法少年としての適性を持った子供は限られており、少ない人数で広範囲をカバーしなければならないのだ。
世界情勢が不安定になると、いざこざも増える。
多民族で形成される海外のチームは特にその危険性が高いのだ。
「ほら、最近いろいろとアレだろ?
大陸の方で戦争があって、その関係でさ」
「どこも大変なんだなぁ。
また俺たちの受け持つ範囲が広がるのか?」
「いや……まだ大丈夫そうだ。
でも、ちょっと注意しておいた方がいいな。
どうなるか分からない状態だし」
「はぁ……願いをいくら叶えても、
世界は平和にならないんだな」
シノブはため息をついて言った。
「まぁ、そんなにうまくいかねぇよ。
たとえ魔法の力を借りたとしても、
何もかもが思い通りになるわけじゃない。
それはお前も知ってるだろ?」
「おかげさまでな」
「へへっ、お前も物分かりが良くなってきたな。
大人になって来た証拠だ」
ブルベはそう言うが、シノブはまだまだ自分が子供であると自覚している。
大人の世界は何事も一筋縄ではいかない。
それは分かっている。
でも……腹を割って話し合えば、どんな問題でも解決できるはずなのだ。
それができない世界に、大人たちに、シノブは少しばかり憤りを覚えている。
そう言う感情を抱くこと自体が、まだまだ子供なのだ。
シノブは子供らしからぬ達観した思いを脳内で巡らせた。
「んじゃ、さっそくで悪いんだけど。
もう一匹討伐してくれないか?」
「え? 今から? 一日に二匹とか初めてだな」
「最近、孵化のペースが上がってきててな。
もうすぐ呼び出しがかかると思う」
そうこう話していると、シノブの腕時計が鳴動。
イリーガルの出現を知らせる。
「うわぁ、本当に出たよ」
「わりぃな、さくっと頼むわ」
「別にいいけどさ……」
戦うこと自体は嫌ではないが、不安は感じる。
この調子で敵の数がどんどん増えたら、いつもの四人で対処できるかどうか……。
「本部に新しい妖精の派遣要請しておいたから。
近いうちにメンバーも増えると思う。
それまではまぁ……頑張ってくれよな」
「分かったよ。じゃぁ……行ってくる」
学生服からメイド服へと変身し、戦いの場へと赴くシノブ。
瞬間移動を終えると、そこは再び首都のビル群だった。
すっかり日が暮れて空高く上った月。
夜景を彩る街の明かり。
眼下には普段通りの生活を営む人々。
この世界はあまりに平和だ。
平和過ぎる。
裏でシノブたちが戦っていることを知りもせず、大人たちは呑気に日常を謳歌している。
この世界を守るためにどれだけの犠牲が強いられているのか、彼らは知らない。
「はぁ……夕食の準備中だってのに、最悪だよ」
リオがぼやく。
彼は買い物を終えて帰宅途中だったらしい。
「このペースで呼び出されたら過労死ライン超えちゃうネ。
団結してストライキするアル」
両手を腰に当ててほほを膨らませるハルカ。
文句を言いながらも、すでに杖を如意棒に変形させている。
「仕方ないよ、それが僕たちのお仕事なんだもん。
今回も頑張ろうね」
二人を優しくたしなめるミチル。
いつも気遣いを欠かさない彼に頭が下がる。
「さっさと終わらせて、さっさと帰ろうぜ。
それで……敵はどこなんだ?」
腕時計の液晶で地図を確認しながらシノブが尋ねる。
どうやら敵は――
「あれだよ、アレ」
リオが指さした方を見ると、巨大なカラスが悠然と飛び回っているのが見えた。
今回の敵はあれらしい。
「なんだ、飛行タイプか。
今回も俺が一撃食らわせて終わりだ」
「いつもテメェーの一撃で終わっちまうもんな。
んで、今回はどうやって戦うんだ?」
「飛行タイプは慎重になった方がいいネ。
チームワークが大切ヨ! チームワークが!」
「みんな喧嘩しないでね。お願いだよ」
それぞれ好き勝手にしゃべる四人。
連携もあったものではない。
しかし――
「おらおら! おいシノブ!
そっち行ったぞ!」
機関銃を乱射するリオは他のメンバーの動きにも注意を払っている。
「シノブの一撃で終わりネ!」
素早い動きで敵を翻弄するハルカ。
飛行タイプのイリーガルでも、彼の攻撃からは逃れられない。
「もうかなり弱ってる!
シノブ君なら確実に仕留められるよ!」
ミチルは確実に一発、一発を命中させている。
ダメージのほとんどが彼の攻撃によるものだ。
いつも通り、それぞれ好き勝手に動きながらも、敵を着実に追い詰めていく。
最後の攻撃を託されたシノブは魔法のステッキを握りしめた。
この一撃で全てを終わらせる。
何匹ものイリーガルを撃破してきた。
今回もうまくいくはずだ、きっと。
「うおおおおおおおおおおお!」
助走をつけて飛翔するシノブ。
両手で持った杖を振り上げ、空飛ぶ敵に突っ込んで行く。
たとえどんな強敵が現れようと、絶対に負けない。
俺は生きてヨシアのいる日常へと戻るのだ。
「ぐぎゃあああああああああ!」
強烈な一撃を叩きこむと、大ガラスは悲鳴を上げる。
墜落しながら崩壊していく肉体。
今回も楽勝だったな。
しかし……どうやって着地するか。
そこまで考えてなかった。
ひゅん!
不意に何かが飛んできた。
「シノブ君! 捕まって!」
ロープのついた矢をミチルが放ったようだ。
それにシノブが捕まると、三人が力を合わせて引っ張り上げる。
「いま引き上げるからなぁ!」
「せーの! アル!」
「よいしょ!」
「はぁ……助かったよ、ありがとう」
ビルの屋上へ引き上げられたシノブは三人に礼を言う。
それぞれ勝手に動く彼らだが、不思議な一体感が生まれていた。
どんな困難な状況においても仲間たちが必ず助けてくれる。
そう確信しているから……不安なく戦えるのだ。
「けっ、無理するんじゃねぇよ、バカ」
「ワタシたちは仲間アル。
助けるのは当然ネ」
「怪我してない? 痛くない? 平気?」
暖かく迎え入れてくれる仲間たち。
正直、彼らのことがシノブは好きだ。
ヨシアほどではないけれど――
「みんな、ありがとな。
今回もみんなのお陰で戦いに勝てた。
また次も頑張ろうぜ」
「「「おー!」」」
一同は勝鬨をあげる。
「んじゃ、先に帰るからな」
「さよならアル!」
「僕も行くね」
挨拶もそこそこに、三人は自分たちの日常へと帰っていく。
一人残されたシノブはぼんやりと夜の街を眺めていた。
終わりのない戦いが続く。
無事に18歳の誕生日を迎えられる保証はない。
怖くないと言えば嘘になるが――たとえどんな困難に見舞われたとしても、仲間と力を合わせればきっと切り抜けることができる。
そう確信している。
だからいつか……ヨシアの本当の『好き』を取り戻せるはずだ。
それまで俺は絶対にあきらめない。
挫けずに戦い続けてやる。
「さて、俺も帰るか」
シノブもまた日常へと戻っていく。
夜が明けたら、また新しい一日が始まるのだ。
これは一人の少年が大切な人の『好き』を取り戻すために戦う、真実の愛の物語。
もしよろしければ、感想を書いていただけると嬉しいです。
下の☆☆☆☆☆を★★★★★へ変えて頂けるとへんたい嬉しいです。