拳闘士 3
相手は、身の丈ほどもありそうな剣を手に持ち拳闘士を待っていた。
それに対して拳闘士が持つのは小刀と私。
相手は、自分がどこどこ国のどんな家の者でどんな勲章を持っているかなどを、さも誇らしげに自慢する。対して拳闘士はただ一言、『さすらいの戦士だ』とだけ言って身構えた。
そして決闘は始まった。勝つか負けるかの真剣勝負である。
それはまさに死闘と呼ぶにふさわしい名勝負だった。
音速を越える剣戟と、幾多もの激しい剣のぶつかり合いが火花を散らす。
拳闘士も人間の域を越えた怪物だが、それは相手も同様だ。
私の知る限り、アレに匹敵する決闘は真竜王オービスと勇者キングの決闘以来だろう。
大地を抉り、岩を砕き、空気が震えるあの決闘はまさに個と個の極のぶつかり合いだった。
拳闘士のパンチを剣で受け止め、また返しのカウンターを剣で受け止める。
放たれた剣戟は実に数千、いや数万だっただろうか。
目にも止まらぬその戦いは、半日近く続いた。
だが始まりあるものには、必ず終わりもある。
歴史に刻まれるべき死闘は終わりに近づきつつあった。
拳闘士の小刀が砕かれ、返しの剣技で拳闘士の左腕が飛ぶ。
そして空中にて強烈な踵落としを浴びた拳闘士は、地面に墜落した。
決したかに思えた勝負。しかし勝者は勝鬨を挙げんと手を突き上げる剣士ではなかった。
左腕を失った瞬間の僅かな隙を突いて放たれた拳闘士の秘孔突きが、相手の剣士に炸裂していたのだ。
グニャリと捻じ曲がる剣士の体。かつて山賊たちを滅ぼした時と同じ光景だ。
それを見た剣士は、己の敗北を悟ったのだろう。
「見事…」と呟き、剣が彼の手から零れ落ちる。
そして、彼の体は爆発した。勝ったのは、拳闘士だった。
すると、アンナが拳闘士の元に駆け寄ってきた。
彼女の頬は涙で濡れている。内心は不安だったに違いない。
それを右手だけで抱きかかえる拳闘士。彼は、この瞬間最強の戦士になったのだ。
私は彼の戦いに敬意を示すため、自ら動くことを決めた。
内包する魔力を魔法に変換し、彼の左腕を再生させる治癒能力を発動させる。
思えば、彼は私が魔法の杖であることをその時初めて知ったのかもしれない。
驚きに染まったあの顔は、今思い出しても思わず笑みがこぼれてしまう。
無論、杖である私に顔という概念はないのだが。
ニョキニョキと、一瞬で再生する拳闘士の腕。
命の再生に比べれば何ということもない、容易いことである。
「最近の木刀は魔法も使えるのか…」と呟く拳闘士。
前言撤回。やはり彼にとって私は魔法の杖ではなく木刀だったようだ。
どうやらこの男、少しアホである。
そして、拳闘士とアンナはその場を後にした。
最強という称号を手に入れ、真の強者として。
ただ、残念ながらその後の話はバッドエンドだ。
子どもが生まれた後、拳闘士は仲睦ましくアンナと平穏な日々を暮らしていた。
しかし致死性の流行りの病が二人を蝕んでしまい、
最初にアンナ、そして拳闘士が続いてこの世を去った。
二人共享年28歳。余りにも早すぎた。
その後私は子供の手に渡ったものの、子供は魔法の類に全く興味がなかったがために私は売られてしまった。
では、次が話の最終回だ。
それでは最後の話でお会いしよう。アディオス。