拳闘士
私は、伝説の魔法の杖だ。
そう魔法の杖のはずなのである。
なら何故、私は今こんな状況になっているのか。
筋肉モリモリの男が、私をブンブン振っているのである。
事の始めはこうだった。
聖なる杖として城から厳重に運び出されていた私の乗る馬車を、山賊が襲撃したのである。
そして私は盗み出され、山賊たちによって名も知らぬ何処かに運び出されそうになった。
しかしそこに拳闘士を名乗る男が現れたのだ。
その男は強かった。
素手で山賊たちを吹き飛ばし、山賊は拳闘士のパンチを浴びると『あべしっ!!』と言って爆散した。
あっと言う間に山賊を壊滅させた男は、私を手に取った。
素手であれ程強いならば、私の力など要らないだろうと思ったのだが…
何を思ったか、『これは剣の修行に丁度良さそうだ』などと言いだし始めた。
どうやらその男は、剣士に憧れていたようだった。
だが素手での戦闘には余りある才能があるくせに剣の腕はからきしダメらしい。
彼が木刀を振っている様子を一度だけ見たことがあったが、剣の軌道が気持ち悪い動きをしていた。
剣先はブレブレで、何故か振る時は足が内股になる。
しかも狙ったところに全く届かない。何をどうしたらこうなるのかと、逆に聞いてみたくなるくらいだった。真面目にやっているだけに、尚更そう思った。
ということで、男は私を木刀代わりに振り始めた。
確かに一見すれば、私は木刀に見えなくもない。
ぶっとい木で作られたボディーは、加護の力のおかげで頑丈だ。
真剣相手でも傷一つ付かないし熱にも冷気にも強い。
でも、それにしたって男の素振りは酷すぎた。
見ると彼の足元には、いくつもの真っ二つになった木の枝が転がっている。
どうやら素振りのし過ぎで折ってしまったものらしい。
「私に剣の才能はないのか⋯⋯」と呟きながらそれでも手を止めない男。
彼は愚直なのだろう。しかしその努力は中々報われない。
時間にして、恐らく一か月ほどだろう。その間私は黙って木刀役に専念し続けた。
しかしある日、彼は一人の女剣士と出会うことになった。
そしてそれをきっかけに、彼はいろいろな意味で男になっていく。
では、今日はこの辺で終わりにしよう。アディオス。