優しい娘 2
戦争とは、いつも不幸を撒き散らす。
罪のない者が大勢殺され、死が世界を覆い尽くす。
彼女もまた、その一人だった。
その時初めて私は彼女の名前を知った。彼女の名前はレナだと。
隣国が奇襲をかける形で始まった戦争は、家族を文字通り破壊した。
彼女の両親も、彼女自身も凶刃の前に儚く散った。
彼女は最後まで私を使おうとしなかった。
命じてくれさえすれば、私は国もろとも敵を倒すことが出来たのに。
杖として人格を得てから初めて、私は無念さと無力さを感じた。
私の声は人間には届かない。あくまで私自身の感覚として響くだけだ。
だがそれでも、私の声が人間に届いてくれればとあれ程願った日はない。
戦争は、一か月後に終わった。
隣国の奇襲にも負けず、この国の勇敢な兵隊たちが返り討ちにする形で戦争に勝利したのだ。
でもその代償は大きかった。
肥沃だった土地は枯れ果て、戦火で街並みは崩壊した。
多くの人々が死に、文明は崩れ落ちようとしていた。
そして、私は荒れ果てた民家の野路裏で転がっていた。
聖なる守りを得ている私は、並のことでは傷一つ付かない。
だが、内に秘める心はかつてないほどに傷ついていた。
そんなある日、私の元に一人の青年がやって来た。
もう月日にすれば、あの戦争から2年の程経った頃だろう。
「この杖、まだ使えるのかなあ?」とか言っていた。
私を手に持ち、崩壊した民家の中に入る青年。
するとそこには、長い年月で白骨化した三人の骨があった。
青年はその場で十字を切る。
だが、私は諦めきれなかった。
世界最強の杖たる私の力があれば、彼らを再び蘇らせることが出来る。
死者を蘇らせるのは流石の私でも相当な力を使うが、幸い私を手に持つ青年には魔法の適性があった。
本来ならしないことだったが、その時私は動いた。
青年の体を媒体にして乗っ取り、私は蘇りの魔法を使ったのだ。
二年前に儚く散ったレナとその家族を蘇らせるために。
金色の光と共に、祝福の天使たちが召喚される。
骨に肉が纏われ、聖なる衣で包まれるレナとその両親。
魂が黄泉の世界から呼び戻され、風化していた骨が修復されるとともに肉体が再構築されていく。
目の前で起こる奇跡に、驚きの表情を浮かべる青年の顔を私は生涯忘れないだろう。
そして、レナは再びこの世に戻ってきた。
彼女は驚いていた。
この世に居る感覚が信じられなかったのだろう。
そして目の前にいる青年と視線が合った。
「貴方が蘇らせてくれたんですか?」と聞いているレナ。
それに頷く青年。まあ、そういうことにしておいてやろう。
その後、レナと青年は結婚した。
そして私は、彼らが幸せな家庭を築いていくまでの数十年間をそこで過ごした。
やがて、レナの両親が再び寿命で旅立ち、青年も老人となって死んでいった。
私は寿命で死んだ人間を蘇らせることは出来ない。また、人を一度若返らせることは出来ても、二度は出来ない。一度蘇らせた生命をもう一度蘇らせることも出来ない。
そしてレナも遂に旅立つ時が来た。
多くの子供と孫に囲まれてこの世を去るレナは、最期に私を見てこう言っていた。
「助けてくれてありがとう。ディスティニーレイン」
彼女は知っていたのだろう。
最初から私のことを。全て。
もし私が人間だったら、流れ落ちる涙を止められなかったに違いない。
こうしてレナは二度目の旅路に向かった。
その後私は、数代に渡ってレナの子孫らに受け継がれた後に別の人間の手に渡ることとなる。
だがそれは別の話、今日はここで失礼しよう。
それでは、アディオス。