優しい娘
封印から解かれた頃には、一つの文明の移り変わりが起きていた。
古めかしい古城は消え去り、優雅でモダンな中世の街並みが出来ていた。
人間とはかくも早く進化するものなのかと驚かされた次第だ。
そんな私は、遥か昔の記憶として『呪われた杖』と呼ばれていた。
童話で『国を滅ぼした悪魔の杖』と呼ばれたり、一部の地域ではディスティニーレインの名が禁句になっていたりもした。私は相当に恐れられていたらしい。
そんな私は、ごく普通の杖としてとある民家の娘の手に渡ることになった。
もしそれがディスティニーレインだと知られていたら私はどうなっていただろか。
そう思うと、私はその娘に返し切れない恩があることになるだろう。
その娘の居る家は、どうしようもなく貧しい家だった。
来る日も来る日も、食べる食べ物にすら困り、娘は学校に行くことすら出来なかった。
「いつか、家族の皆を幸せにするんだ!!」
そんな娘の声は今も私の脳裏に残っている。
恵まれた世界に長くいた私にとって、その光景は衝撃だった。
しかし、それよりも私が衝撃だったことは他にもある。
彼女は、私に強大な呪文をなにも要求しなかったのだ。
ある人間は、山の様な金貨を作るように私に命じた。
ある人間は、意中の恋人を強制的に惚れさせるように私に命じた、
ある人間は、どうしても殺したい人間を殺すよう私に命じた。
でも彼女は何も要求しなかった。
花の水やりや、森から持ってきた薪を燃やす火を作ったり。
そんな些細なことしか、私に要求しなかった。
いっそ、私に全てを与えるよう命令してくれとすら思った。
家を豪邸にしたい、好きなだけ金が欲しい、食べ物が欲しい。
私はそれを叶えられる。なのになぜ、私にそれを命じないのか。
その理由は、ある時彼女自身の口から語られた。
「この杖さん。凄く疲れてるわ」
何故彼女はそう思ったのだろう?
私が疲れている?杖に疲れという概念はないのに。
もしかしたら彼女は察していたのかもしれない。
私が伝説の杖、ディスティニーレインだと。
そのくたびれた杖の柄を見て、私が潜り抜けて来た困難を見抜いていたのかもしれない。
彼女は優しい娘だった。
そう、優しい娘だった…
でも、そんな彼女は死んでしまった。
この続きは、また今度。
では次の話でお会いしよう。アディオス。