親衛隊が現れた~その後
エドモンド → ジュディ(ジュディ視点) → 親衛隊 の三つで構成されています。
エドモンドとジュディは父親からの説教回。親衛隊のみ読んでもざまぁの内容は分かる様にしていますので、三分の二飛ばして大丈夫です。※親衛隊だけコメディ要素が強いです。
卒業パーティでの断罪が上手くいかず、ジュディと共に王宮へ戻るエドモンドは苛ついていた。
(くそっ、何だあいつらは! イライザを言いくるめるだけならもっと上手く行った筈なのに! 忌々しい!)
苛々と舌打ちを繰り返すエドモンドの向かいに座るジュディは、更に落ち着かない。
(あの人たち、私を監視してたって言ってた…。家にも抗議したって言ってたし、嘘吐いたの怒られちゃうのかな…。どうしたら良いの…? イライザ様だって、取り巻きもあの二人しか居なかったし、小説でよくある悪役にするには丁度良かったのに、あんなに人気があったなんて知らなかった……エドモンド様に愛されるのは上手く行ったのに……)
お互いに周りの人間関係を観察せず、自分に都合の良い所ばかりを見ていた為、底の浅い計画しか立てていなかった事に気付かない。
王宮に戻ると、馬車寄せにエドモンドの侍従が待っていた。
「おかえりなさいませ、エドモンド様。……陛下がお待ちです」
「父上が…?!」
侍従の言葉にエドモンドは目を見開き、ジュディはエドモンドの腕に縋る。
「エドモンド様…」
「大丈夫だ、ジュディ」
怯えた表情で自分に縋るジュディの髪を撫で、エドモンドは微笑む。
そこに、控えめな声で侍従が割り込んでくる。
「失礼ながらエドモンド様。陛下はお一人で、と…」
「父上に伝えたい事がある。それにはジュディも必要だ」
「……畏まりました。では、ご案内いたします」
一瞬、戸惑った表情をした侍従だが、一つ息を吐くと頭を下げ、先導する様に歩き出す。
着いた先は王の執務室の隣、休憩にも使われる私室だった。
侍従がノックし、来訪を告げる。
「エドモンド様をお連れしました」
「入れ」
「失礼いたします。……どうぞ」
侍従が扉を開け、エドモンドを中へ誘導する。
「父上、ただいま戻りました」
「ああ。………その娘は何だ?」
エドモンドと共に中に入って来たジュディに対し、陛下は眉を顰める。
「はい。こちらは、ビスク男爵家のジュディと…」
「私が呼んでいない男爵家の者をここに入れると? おかしな事を言う。それに、その娘には嫌疑がかかっている。牢に連れて行け」
「はっ!」
エドモンドの説明を途中で遮り、陛下は護衛騎士にジュディの排除を命令する。
直ぐに行動に移し、ジュディを両脇から拘束すると、ジュディとエドモンドから抗議の声が上がった。
「ええっ! 嫌っ! なんでっ!」
「父上?!」
エドモンドは、命令を解除して欲しいと願いを込めて陛下を見るも、冷たい目で一瞥され、息をのむ。
「黙れ。侯爵家の者を貶めようとした事、お咎め無しになるとでも思ったか? 沙汰は追って下す。連れて行け」
「いやっ……」
「しかし父上!」
小さい抵抗を繰り返すも、所詮男爵令嬢。騎士の力には逆らえず、引きずられる様に連行される。
せめてもの抗議に声を出すエドモンドだが、それは冷たく却下される。
「黙れと言っている。お前には詳しく聞く事がある。中に入り座れ」
「……っ」
悔しさに唇を嚙みしめながら、エドモンドは室内へ足を踏み入れる。
その時ふと思い出した様に、陛下が追加の指示を出す。
「ああそうだ。あの娘に堕胎薬を飲ませるのを忘れるな」
「畏まりました」
「?! 父上?! 何故!」
あまりに聞き捨てならない命令に、エドモンドは目を剥き声を荒げるも、陛下はその様子をまるで気にかける事も無く、当たり前の様に口を開く。
「何故だと? あの娘が万が一にも妊娠していたらどうする。せめて形になる前に流してやるのが優しさと言うものだ」
「そんなっ…!」
自分との事がこんな風に影響すると思っていなかったらしいエドモンドは、顔を青くする。
「ここに呼ばれた理由はもう分かっているのだろう? さっさと座れ」
「……っ」
自分の無力さを感じつつ、エドモンドは陛下の向かいへ腰を下ろす。
「………で? 何故こんな騒ぎを起こした」
「それはっ……イライザが……」
案の定、卒業パーティでの事を問い質される。
しゃしゃり出てきた生徒達の言い分を聞いた後では、ほんの少し言葉が詰まる。
「虐め、か。お前はこんなにも阿呆だったのだな」
「なっ…」
直接阿呆と言われた事など今までなく、俯きかけていた顔を勢いよく上げる。
「これを見よ」
ばさり、と紙の束がエドモンドの目の前に置かれる。
「これは……報告書と署名…?」
「ああ。最初の報告書は三週間前に届けられた。その後、一週毎に計三回届けられたものだ。署名に至っては学園の過半数を楽に超えるぞ? どれだけお前の行動が酷かったのか、イライザ嬢の人気が高かったのかが窺われるな」
あいつらが提出したと言っていた報告書と署名。
その厚さに、先程の事例が一部分でしか無かった事に、エドモンドは怒りがこみ上げてくる。
「こんなっ、イライザの味方の言い分などっ!」
怒りのまま机に叩きつけ、肩で息をする。
しかし、陛下からは呆れた声が返って来た。
「三週間前と言ったろう? 裏を取ったに決まっているだろうが」
「ぐっ」
エドモンドは暗に、自分が何も調べていなかった事を揶揄された気分になり、言葉に詰まる。
「私の直属の諜報を使い、全ての裏を取らせた。一つの間違いも無かったそうだぞ。………これをお前はどう捉える?」
「ジュディの…言い分が、全て間違っている…と? 嘘を…吐いていた…と?」
パーティ会場であいつらが言っていた事、全てが本当であるならば。
自分が信じていた物が全て間違いだったならば。
考えたくもない事がエドモンドの頭を駆け巡る。
「そうだな。それに、お前の不貞も間違いが無い。侯爵からも抗議が来ているし、お前とイライザ嬢の婚約をもう続けられない」
「元々そのつもりです! イライザには婚約破棄を言い渡しました!」
婚約ならば、言われるまでもなく終わらせる! と勢い込んで言い切ったエドモンドに、陛下の怒声が飛ぶ。
「馬鹿者が!! それこそが最も愚かな行為だ! そんな事も分からんのか!!」
こんな大きな声で怒鳴られた事など、今まで一度も無い。
他人に対してだって、ここまで荒げる姿は見た事が無い。
それに、愚かな行為とは何故?! とエドモンドは混乱する。
「こちらから打診した婚約で、不貞を犯したお前から婚約破棄を言い出すなど…いったい何様のつもりだ!!」
悪い行為を行った者から言い出す婚約破棄。それは愚行以外の何物でもない。
それに、婚約に至った理由についてもエドモンドは知らなかった。
「こちらから…打診…?」
「お前は第三王子。王太子に何の問題も無く、隣国の王女との間に王子王女含め既に三名生まれ、成長にも問題が無い。第二王子も特に何も騒ぎも起こさず、公爵令嬢と婚姻し、王太子のサポートとして外交を担当している。お前には文官を纏めて貰おうと思っていた。……しかし、お前は自分から後ろ盾となるイライザ嬢を捨てるとは……馬鹿も程々にしろ」
陛下…父上が、自分達兄弟に求めていた在り方。
兄上達は聞いていたのだろうか? 知っていたのだろうか?
自分は何も聞いていない、何も知らない、とエドモンドは首を振る。
「私の後ろ盾…」
「もう既に、文官の中ではお前の愚行は知れ渡っている。この署名の中に居る者の親が多いからな。それに、先程のパーティでのお前の言動も早馬で報告を受けた。……お前はもう、この国での居場所は無いと思え」
「……は…?」
この国に居場所がない……? それは、どういう事なのだろうか…?
のろのろと頭を上げ、エドモンドは陛下の顔を見る。
苦虫を嚙み潰したような顔で、陛下は言葉を続ける。
「報告書を受け、お前の処遇は少し前から話し合ってきた。イライザ嬢との婚約解消は免れないし、同年代の貴族も敵に回した。王家に要らぬ嫌悪感をもたらすお前は、この国での婚姻は難しい。……丁度隣国に夫を亡くし、後家となった元王女が居る。お前はそこに行く事になるだろう」
「え……」
隣国で婚姻…。後家という事は……。
「元王女は侯爵の位を息子に譲られ、隠居している。領地経営もする必要が無いし、特に問題は無い。年は40を超えているが、誠心誠意尽くすが良い」
「そんな…母上より年上ではないですか…」
母上よりも年上の隠居した後家と婚姻……それは、ツバメと変わらないではないか。ペットの様なものではないか。
茫然と陛下を見つつ、言葉を発したエドモンドだが、その言葉は無視される。
「そして、あの娘の処罰は侯爵次第になるだろう。男爵がどの様な行動に出るかも分からぬが、修道院に幽閉か、平民落ちか。はたまた強制労働か」
「そんなに重い…?!」
エドモンドはジュディに対する罰の重さに愕然とする。
「男爵令嬢風情が王子の婚約者でもある侯爵令嬢を貶め、冤罪をかけ、更に寝取ったのだぞ? 軽いであろう?」
「………」
言われて初めて気付いた。甘えられる事に舞い上がり、周りが何も見えていなかった……エドモンドには余りにも遅い気付きとなった。
「更に言えば、王族に嘘を吐いた事も含まれるが、裏を取ろうともせず、勝手に自分の婚約破棄に組み込み事態を悪化させたお前にも非があるから、王家としては何もせん。但し、王家としてパーシモン家への謝罪は必要になったがな」
「は……」
王家に謝罪をさせる程の事をしてしまった……? エドモンドの顔から血の気が引いた。
「……お前はイライザ嬢が好きだったくせに、何故あんな事をした?」
「ち…がいます…」
不意の陛下の言葉に、エドモンドの口からは否定が出る。
「嘘を吐くな。お前の顔を見ていれば分かる。だから余計に今回の事が馬鹿だと思ったのだがな。本来なら黙っていても婚姻するし、お前のものになったものを」
「………」
心の奥にあったもの。ジュディと会ってから奥底に沈めてきたもの。
「義務的な対応しかされぬ事が嫌だったか? 甘えてくれぬ事が寂しかったか? 頼られぬ事が悔しかったか?」
「―――っ!」
ジュディと会ってから気付いてしまったもの。自分が求めるものを与えてくれないと恨んだこと。ジュディと比べる自分がいる事に気付き、心の奥底へと追いやったもの。
「全て自分の至らぬ部分よ。イライザ嬢に責任転嫁など本当に馬鹿らしい。甘えられるにも頼られるにも、それ相応の努力が必要だと言うに。お前はそれをしてこなかった。信頼を得る事すらな」
「………」
そう、自分へ寄ってくるものは甘えた声を出してきた。自分の行動を肯定してくれた。自分を褒めてくれた。
それを、イライザだけがしなかった。
いつも同じ笑顔で一定の距離を取って来た。部分部分で行動に苦言を呈してくることもあったが、必要以上に寄ろうとしなかった。甘えたり縋ったりなど、全然してこなかった。
いつも自分に見せる笑顔は同じもの。……他の皆に見せるものと同じもの。
それがいつから嫌になって来たのだろう。癇に障る様になってきたのだろう。冷たく当たる様になってしまったんだろう。……自分から何かを変える為の、行動を起こす事すら考えなかったのに。
ジュディが甘えてくれる事が嬉しくて。あなただけが頼りと言ってくれる事が嬉しくて。
「最後に縋る顔でも見たかったか? お慕いしていると言わせたかったのか? イライザ嬢が嫉妬して虐めという狂言も、甘美な物に思えたのか? 本当に……浅慮が過ぎる…」
「………」
イライザの行動こそが、私自身を見てくれていたからこそだとすれば…イライザだけが、王子としてだけではない私を見ていたからだとすれば……私は…私は……。
「……お前の隣国行きは2ヶ月後になるだろう。それまでは、自室にて謹慎していろ。……下がれ」
「……失礼…しま…す」
自分の思考に押しつぶされそうになっているエドモンドは、のろのろと立ち上がり、部屋を去る。
その背中に、陛下の小さな呟きは届かない。
「イライザ嬢と婚姻となれば、良い手駒が手に入っただろうに……全く、残念な事よ…」
部屋で一人項垂れ、これからの事後処理を考えた陛下は深い溜息を落とす。
◇◆◇◆◇◆
エドモンド様から離されて、牢に入れられてから3日経った。
誰も来てくれない。エドモンド様も、お父様も。
どうしてここに入れられてるのかの詳しい説明すらない。
食事だって薄くて不味くて少なくて! お風呂にだって入れない。
せっかくエドモンド様に仕立てて頂いたドレスが汚くなっちゃったじゃない!
それに、嫌疑って何? 牢屋に入れられる事なんて何もしていないし、信じられない!!
牢屋番の男の人も、ニヤニヤこっちを見ていて気持ち悪い。
昨夜は牢の中に入ってきそうになって、大声で叫んだら違う人が来て、辛うじてその場は収まった。でも、怖くて昨夜は殆ど寝れなかった。
私はエドモンド様のものなのに。
エドモンド様が直ぐに迎えに来てくれる筈なのに!
「おい、面会だ」
「……え…? エドモンド様…?」
牢屋番の声に、うとうとしていた意識が浮上した。
きっとエドモンド様が迎えに来てくれたんだわ!
それなのに、聞こえてきたのはエドモンド様の声では無かった。
「殿下では無いよ、ジュディ」
「お…とうさ…ま?」
エドモンド様の次に会いたかった人。
助けに来てくれた? やっとここから出してもらえる?
「ああ。遅くなってすまない」
「お父様っ! ここから出してっ! エドモンド様の所に連れて行って!」
よろける身体で鉄格子の所まで行き、お父様に縋る。
「ジュディ、それは出来ない」
「何で?! 私はエドモンド様の物だもの! エドモンド様は私の王子様だもの! 側に居ないと!」
それなのに、お父様は出来ないと言う。
どうして! 何でなの!!
「落ち着きなさい。それに、殿下とはもうお会いする事は出来ない」
「何で?! 私達は愛し合っているのよ?!」
ひどい! どうしてそんな事を言うの?!
私はエドモンド様に全てを捧げると誓ったのに!!
「殿下は現在謹慎中で、2ヶ月後には隣国に行き婚姻される。お前とは二度と会う事は無い」
「そん…な。どうして……」
エドモンド様が別の方と婚姻…? しかも隣国で…? もう二度と会う事が出来ない……?
「何故お前は、殿下と言葉を交わせるだけで満足出来なかったんだ…。どうしたら、イライザ様に成り代われると思えたんだ…」
「だって……エドモンド様が、愛してるって……イライザ様が居なければって…」
エドモンド様は夢に見たような王子様で、私の事を気にかけてくれて、優しくしてくれて……愛してるって言ってくれて……。
「そんな事、単なる睦言に決まっているだろうに…。学園で少しの縁を繋いでくれるだけで良かったのに…」
「だって…だって…」
イライザ様との婚約は自分の意思じゃないとか、嫌だって言ってたもの。私の方が良いって、愛してるって言ってくれたもの。
「お前のおかげで、パーシモン侯爵家を筆頭に、色々な所から苦情が来ている。うちの領地の大口の取引先からもだ。……これが、どういう事か分かるか?」
「そんなの…分からないわ…」
そんな難しい事言われたって分からない。苦情なんて知らない!
「ビスク男爵家は終わりという事だ」
「……え?」
「あんなに多くの貴族に睨まれれば、男爵家など一溜りもない。本日、陛下に爵位を返上して来た」
「そんな……」
爵位を返上って……貴族じゃなくなるって事…? エドモンド様とも会えないのに、貴族でもなくなるの? どうして……?
「爵位を返上した事と、お前を二度とイライザ様の目に触れさせない事を条件に、牢から出す事を許された。お前はこれから、修道院へ行くんだ。そこでしっかりと働き、自分のした事を反省するんだ」
「どうして?! なんで私が修道院になんて入らないといけないの?! そんなの、牢屋と変わらないじゃない!」
ありえないありえないありえない! どうして私が修道院に?!
エドモンド様と一緒に、愛し愛され生きていくはずだったのに!!
「お前がした事を考えると、かなり軽い罰なんだ。貴族としての教育が甘かったとしか言い様が無い。これは、私の責任でもあるんだ。……すまない」
「ちょっぴり嘘を吐いただけじゃない! その位で…!」
そうよ、あんなほんの少しの嘘でそんな事になるなんて! イライザ様が手を回したんだわ! やっぱり性悪なのよ!!
「その嘘が問題なんだ! 爵位が上の、しかも殿下の婚約者を嘘で貶めようとしたんだ! それがどれ程の罪か分からないのか?!」
「分からないわよ! だって、同じ学園の生徒じゃない! あの位の嘘で…」
皆一緒に学んでいたじゃない! 学園に上も下も無いってエドモンド様が言っていたもの!!
「同じじゃない! 男爵と侯爵では全く違うんだ!!」
「分からない! 分からないわ!!」
いやいやいや!! 聞きたくない! 分からない!!
「……では、お前は陛下に嘘を吐けるのか?」
「陛下になんて無理よ! お話をする事すら出来ないわ!」
どうしてそこで陛下が出てくるの?! 関係無いじゃない! それに、陛下に嘘吐くなんてどう考えてもあり得ないじゃない!!
「それと同じなんだ。……学園だからお会い出来ているだけなんだ。近く感じるだけなんだ。だが、学園が無ければ近付く事すら許されない。茶会や夜会で言葉を交わす事すら簡単に出来ない人を! お前は嘘で貶めようとしたんだ…」
「そんなの…そんなの知らなかったもの! 私は悪くないわ!」
イライザ様に簡単に会えないなんて知らない! 話しかけられないなんて知らないわ! だってずっと何を言っても平気だったのに!!
「お前が恋愛小説にのめり込み、憧れ、夢見ていたのは知っていた。マナーや貴族の勉強が嫌いなのもな。けれど、ここまで貴族の常識を覚えていないとは思わなかった…。母親を早くに亡くした事で、甘やかし過ぎてしまったのだな…」
「小説では、みんな幸せになったじゃない! 平民だって男爵令嬢だって、王子様と結婚したわ!」
聞きたくない! 聞きたくない!!
「それは、小説だからだ。現実では無いからだ! 現実では、そんな事は起こらない!!」
「だって…皆教えてくれなかったわ…」
侍女も誰も教えてくれなかった…。お嬢様は可愛いからそんな事もあるかもしれませんね、って。王子様にも見初められるかもしれませんねって……。
「教える必要が無い位、当たり前の事だからだ。小説を本気にすると思わなかったからだ…」
「うぅ………」
社交辞令だったって事……? 皆に嘘吐かれていたの……?
「修道院で常識を学び、現実を知るんだ。……いま、ジュディに出来る事はそれしか無い」
「お父様……」
現実を知るってどういうこと……? もう、分からない……。
「これから先、どうなるかは全く分からない。ただ、学園での事を反省し、誠実に生きるしか無いんだよ……」
「うぅ…うわあぁぁっ……」
頭の中がごちゃごちゃで、何も考えられない。でも、エドモンド様ともう二度と会えないという事が鮮明になって…涙が止まらなくなった。
「すまない、ジュディ…」
お父様が手を握って、一緒に泣いてくれた。……でも、しばらく涙は止まりそうにない……。
◇◆◇◆◇◆
ある屋敷の一室。
陽が完全に落ちた後の時間帯に、十数名が集まっていた。
「親衛隊の定期報告会を始めます。今日の担当は?」
教室の様に並べられた机の向かい、教壇に当たる所に座る女性…隊長から、声がかかる。
「はい! 56番が報告します」
「「「宜しくお願いします」」」
一人が勢いよく立ち上がり、自分の番号を述べる。
すると、他の参加者達から揃って声がかかる。
一つ頷くと、立ち上がった者の口から報告が始まる。
「はい! 本日、イライザ様はお屋敷からお出かけにはなりませんでした。侯爵家を訪れた者も、郵便配達人と食品等の配送人のみ。午後のお茶の時間には中庭にて夫人と共にお茶を楽しんでおられた様です」
本日のイライザ様担当からの報告に、皆一様に頷きながら、手持ちの手帳へ何かを記入していく。
「イライザ様のお心を乱す様な事は無かった様ですね。何よりです。次の報告は?」
隊長が頷き、次を促すと先程までの報告者が座り、次の者が立ち上がる。
「はい! 35番が報告します」
「「「宜しくお願いします」」」
「本日、ビスク男爵が爵位を返上。ジュディ嬢と共に国の北にある修道院へと明日旅立たれるそうです。その後元男爵は一度戻り、後始末をした後、修道院の近くで暮らされるそうです。殿下は自室にて謹慎中、やはり2ヶ月後に隣国で後家となった元王女と婚姻されるようです」
本日の王宮担当からの報告に、皆様々な表情をしながら、手持ちの手帳への記入を進める。
「成る程。ジュディ嬢の事、侯爵様はそれで手を打たれたのですね」
「それ…とは?」
顎に手をあて、納得の表情をする隊長に、伺う声がかかる。
「ジュディ嬢をイライザ様の前から排除する事。そして、男爵の爵位返上」
「……だいぶ軽い罰と思われます」
ジュディへの罰へ不服を唱える隊員たちに、隊長と副隊長が補足をする。
「殿下とも引き離され、事実上修道院への幽閉。これ以上はイライザ様が気にされると思ったのでは? あまり重い罪にしてしまうと、イライザ様が悲しまれます」
「そうですね。あの二人の事でこれ以上、イライザ様が憂慮される必要はございません」
隊長達の言に、とりあえずの納得を見せる隊員達に頷き、次を促す。
「他、報告はありますか?」
「はい! 48番です! 小さい報告ですが、イライザ様のお気に入りのパティスリーで、今年も期間限定チョコレートタルトが明後日から発売になります!」
「良い情報です! イライザ様は毎年楽しみにされています。副隊長と共に、明後日お土産に持ってイライザ様の元を訪れましょう!」
ぱあっと明るい表情になった隊長と副隊長が手を取り合い、楽しそうにイライザとのお茶会の計画を立て始めると、他の隊員達から不満が噴出した。
「隊長達だけズルい!!」
「お土産じゃなく、パティスリーのカフェに連れ出して下さい!!」
「私達にもイライザ様を!!」
ズルいズルいと騒ぐ隊員達に、隊長からの一喝が飛ぶ。
「お黙りなさい! 気分転換も良いですが、未だ本調子では無い筈です! そんなイライザ様に無理をさせる訳がないでしょう!」
「ぐぅ…っ」
「イライザ様……」
「無理をさせる訳には…」
まだあの卒業パーティから3日ほどしか経っていない。ダメージがそう簡単に抜ける筈が無い。イライザに無理をさせる事は不本意と皆の声が小さくなっていく。
「それに今、不用意に外出をされれば、ハイエナの様な者たちが寄ってきます。そんな事でイライザ様を煩わせたくありません!」
「そうだ……」
「それはダメだ…」
「悪い男は排除…」
ハッとした表情になる隊員達。王子の婚約者という楔があった為、遠巻きにされていたイライザも、これからは違う。それに、婚約解消を自分の都合の良い様に解釈して、悪い遊びに誘う輩も現れるかもしれない。
そんな危険のある場所に連れ出すのはダメだ。
隊員達の気持ちは一つになった。
「……もう少し落ち着けば、外出される事も増えるでしょう。茶会や夜会には積極的にお誘いする予定です」
「隊長…っ」
「お願いします…っ」
「本当に、お願いしますっ!」
隊長の言葉に、皆涙を潤ませて懇願をする。
学園という接点が無くなってしまった今、頼れるのは隊長達しか居ない。いわば命綱なのだ。
「親衛隊の気持ちは分かっているつもりです! 信じて下さい!」
「隊長…!」
「信じてます! 隊長!!」
「隊長と副隊長が頼りです…!」
力強い演説に、皆両手を組み、祈る様に隊長と副隊長を見つめる。
隊長は一つ頷くと、さくっと話を変えた。
「あ、それと。現在婚約者候補になり得る可能性のある人物のピックアップと素行調査はどうなっていますか?」
「現在8割方終了しています。明日には全て完了するかと」
突然の方向転換にも関わらず、返答は早く明確だった。
「ありがとうございます。では、パーシモン家へお邪魔する際に、侯爵様への手土産にいたしましょう」
「宜しくお願いします」
「誰になるのか…」
「気になります……」
皆、神妙な顔で誰が婚約者になるのかを考えてしまう。
「それは侯爵夫妻がお決めになる事。私達はイライザ様の幸せを祈るのみ…」
うっとりと両手を組み、祈りを捧げる隊長に、一部から冷たい視線が向けられる。
「……隊長達、知っていますよ」
「侍女としての勉強始めましたよね?」
「嫁ぎ先への就職も考えていますよね?」
「……何の事?」
「よく分からないわ」
明らかにしらばっくれる表情で目線を泳がせる二人に、隊員達の追撃が飛ぶ。
「ズルいですよ!」
「私達は執事の道も無いっていうのに!」
「四六時中、側に居ようだなんて!」
「まだ何も決まっていないわ!……でも、何事も備えておくのは大事な事よね?」
「そうよね?」
ぎゃあぎゃあと抗議する隊員達に怒鳴り、二人は顔を合わせてにっこり微笑む。
「うーわー! 本気だ!」
「この人達本気で侍女目指してるー!」
「ズルいズルいーー!」
「何を言うのです! 可能性の話でしょうが! もしかしたら、血縁に嫁ぐ事だって……はっ、そうすればイライザ様と親戚に……?」
「良い……っ!!」
婚約者が誰になるかによっては、親戚になる可能性が有ると気付いてしまった二人は、違う準備もしなければ! と拳を握る。
「姉妹の居る方だと良いなぁ…」
「選ばれぬ可能性…」
「……それ以上はいけない…」
イキイキする隊長達を他所に、ぼそぼそと言葉を交わす隊員達。
イライザの親戚になる可能性を捨てたくは無いが、もし万が一、イライザの方を優先してしまった場合の地獄は想像を絶するし、イライザにも嫌われてしまうかもしれない。それは死よりも辛い。
……とはいえ、もし年や爵位の合うご令嬢が居たとして、選ばれるかどうかといえば………………。
暗い雰囲気になった所に、一つ咳払いをした隊長から声がかかる。
「話が逸れましたが。本日参加できなかった方々への情報提供も忘れずに行って下さい。後は、卒業後の皆の就職先や業務内容の情報交換をして下さい。イライザ様の情報収集の際に掴んだ情報は、適宜関連部署に報告を。存在感を消すのも大事ですが、上司の印象は良くしておくように!」
「「「はい!」」」
「では、一度閉会します。お疲れさまでした!」
「「「お疲れさまでした!!」」」
その後、細かい情報交換や当番の時間の摺合せ等で、隊員達の夜は更けていく―――。