機械とは
二人はしばらく、元の客席に座っていた。
汽車は何の支障もなく、走り続けてくれた。
二人は空っぽのような、そしてまたあれがもう一度来るような、ちょっと神経過敏性みたいな感じだった。
ミルアの言う通り、命の危険の後にはどうやらピリピリするようである。
リドとしては、あの爆発した機械を取りに行きたいところだ。しかし、この汽車が止まってはくれない。燃料庫はどこだ? 操縦室はどこだ? そんなものはない。
力の限り、この汽車を恨みたいところである。
しかしできない事はできないのだ。他の事で解決するしかあるまい。
リドはよぉく考えた。
これはつまり、どういうことを示しているのか。
仕事の内容は、バノの荒れ野に出没する機械を破壊すること。
しかしこうも簡単に破壊できて、しかもその後爆発なんて、機械抹消はそんなに甘い仕事ではない。
確かバノの荒れ野の機械は、何度も出没して街を壊していくらしいから、さっきの機械ではちょっと役不足だ。なにしろ、あの機械は爆発するしか能がない
そんなに弱い機械なら、その土地の住民で壊してしまえばすむ事だ。少し被害は出ただろうが街の外で破壊すれば、さっきのようにその被害も抑えることができるので、こんなにも警戒する意味が分からない。それとも、元々機械が爆発する事が分かっていて、リドを派遣したのだろうか。
(いや、さすがにそれはないだろう)
リドの心にも否定は生まれる。確かに、機械抹消がリドを一人で派遣させた事は、なんら陰謀じみた臭いがあるが、爆発する事を知りつつ、部下を送りつけ、そしてそんなことがあるということを、部下に何も知らさない。というのは、つまり部下に『死んでくれ』といっているようなものである。
さすがにこの組織に限って、そんなことはないだろう。元帥もそれほどまでに非情な人間ではないし。そんな噂も知らないし。
つまりさっきの機械は、予想外のアクシデント。機械抹消でさえも計算のうちに入れなかったものではないか。と推測できる。
ここはバノの荒れ野でもないし、ましてや世界中に人間の知らざる機械は、山のようにある。
これは自分の任務外の出来事だ。リドはそう結論づける。
自分の推察があっているとは限らない。しかしその可能性が高い場合、このまま帰ってしまえば、任務失敗という事もありうるかもしれない。
彼は慎重に慎重を積み重ね、今にいる男である。
とんぼ返りするよりも、もう少し様子を見てからの方がいいような気もする。
考えのまとめがついた。
リドが窓の方から、視線をミルアに向けた。ミルアは握り締めたこぶしをさらにぎゅっと、強く握る。
今までリドが何も喋らなかったため、ずっと黙っていたが、それももう我慢の限界である。意を決して彼女は口を開いた。
「ねぇ、あの――」
「時限爆発装置だ」
あっさりと、しかも簡潔な答えに、ミルアは少し面食らった。
「えっと、どうリアクションすればいいですか?」
「そのたじろぎ具合は、大層なリアクションだと思うが、違うのか?」
リドは数回瞬きし、目を伏せる。
ここでミルアは、あれ? と思う。リドの言葉が冷たく感じる。
「リド、もしかして怒ってる?」
「何言ってんだ? お前。無茶苦茶お門違いだろ」
「――そう」
確かに、お門違いだったようだ。今の言葉はリドの暖かさがあった。
世界一冷たい男と呼ばれる、リドリック・ノルボイから暖かさを感じられるのは、果たしてミルアだけだろうが。
「えっと、時限爆発装置?」
訊ねる事が怖いような、それでも聞いた方がいいような、そんな感にとらわれ、それでもミルアは質問する。
「ああ。何かの衝撃をくわえると、機械の内部にある時限爆弾が作動する。数秒足らずで、お陀仏だ。
俺達は運がよかっただけだと思う」
「うん、そうだね」
そんな恐ろしいものが、この世にあったのか。
今更ながらミルアは、そのことを改めて確認した。
機械は全自動だ。いろいろな感覚センサーがあって、それはやはり、音や衝撃など、人間でも体感できることを基準として作られている。そうして、そのスイッチが入ると、それを行動に移すのだ。
衝撃といえば、あの機械が爆発した理由はリドの拳銃だろうか。いやいや、そんなことはない。衝撃があってから、あの機械は数秒足らずで爆発してしまうとリドは言ったのだ。リドが機械を撃った後、数秒どころではない。数分間は時間があった。つまり、原因はリドではないという事だ。
運の善し悪しは、あまり関係ないかもしれない。大部分の責任は実はミルアにあるのではないかと、彼女自身は思っている。リドから機械を借り受けた後、彼女は二、三回振ったのだ。それで衝撃が伝わって、結果爆発した。
ミルアとしては、身の縮こまる思いである。
しかし、リドの方はミルアがカチコチという音を聞いていなかったら、今ここに生きていないし、けっこう感謝の気持ちがあるのだ。
「ま、そう気にすんな。別に、俺達を狙う人間の犯行ってわけじゃねえんだ。あれは野良機械だ。人間の悪意がなかっただけでも、まだよしとしようぜ」
いつも人間の様々な思惑に取り付かれながら生きているリド。だから、野良機械に襲われた事にほっとしていた。
けれどミルアにとって人間の意志ではない。ということは――
「つまり、あの機械はあたし達を殺すためだけに近づいた訳よね。なにかに命令された訳でもなく」
「そうなるな。でも――」
「でも?」
「元々はそういう機械じゃなかった。あれはトンネル掘る時に使われる機械だったんだ」
しんみりとリドは言った。
「使いようによっては、悲しみを減らせるのに。人間はどうしても自分の欲に走りこむ。それは誰でも共通なんだ」
「そうだね……」
ゴトン、ゴトンという汽車の進む音が、暗に二人の心を重くした。
リドは静かに、冷静に、真剣に喋り始める。
「こんなくせぇこと言ってるけど、俺もその『共通』の中に入るんだよな」
「どうして?」
「俺はあの機械を『殺した』んだ。ま、罪悪感なんてカケラもねえけど。
それでも、さっきまで動いていたものを動かなくする。相手に殺意があったとしても、こっちははずみだったとしても、それは『殺した』ことになるんだ」
「そんなことないよ。あれ、誰がどう見ても、野良機械だったもん。あっちがこっちを殺そうとしてた。こっちはそれを防いだだけ。正当防衛だよ」
「いや俺はな、自分が殺されると思ったから、あいつを殺したんだ。やっぱそれは俺がわがままだからなんだよ。まだ生きたいって思うから、相手を殺さないと生きていけないから。相手はもっと生きていたいって思ってたかもしれないけど、俺の都合であいつを殺した」
「それじゃあ、あたしもわがままなのかなぁ」
「え?」
「リドがわがままなら、あたしなんかわがままどころじゃないよ」
「いいやお前、俺の事まったく知らねえだろ。第一印象じゃ、分かんねえよ」
「じゃあ、知ってほしい訳? あたしに、自分の事」
「別に、面倒臭い」
その答えを聞いて、ミルアはゆっくり頷いた。
「リドは知ってほしくないんでしょ。なら、第一印象のままでいいよ。リドは、とってもかっこいいよ」