機械
汽車の中。ごとごとと揺れている。
――ミルアも、そろそろと客席の方から身を乗り出す。
ミルアの背後、そこには――
「これ……」
「機械だな」
けっこうな大きさの、蜘蛛のような金属のかたまりが、プシュゥゥゥという音を立てながら転がっていた。
リドはその機械に近づき、足で蹴って動かない事を確かめ、それを掴み持ち上げる。
「わっ、気持ち悪い」
ミルアが二、三歩身を引いた。
確かにその機械は、人間から見てとても気持ち悪いと形容するにふさわしい、言うなれば機械に毛が生えた。という代物だった。
これはまさしく比喩でもなく、本当に毛が生えているのである。たぶん感覚センサーとか、そういう類いのものなのだろう。
それに八本足がついているのだから、だれがどう見ても巨大蜘蛛である。しかし、その体に巻きついているコードや電子部分が、俺は機械だ。と主張している。
(そうか……)
駅にいた、黒いものはミルアなどではなかったのだな。と内心リドは舌打ちしていた。
なにを隠そう視界に入った黒いものは、なんだか絶対、人間の顔の形ではなかったのだ。
(気付いていれば、駅のところで始末できたのに)
とか心の中で悪態も吐きたくなる。
もし駅のところで仕留めておけば、それでリドの仕事は終わりだった。リドの仕事は野良機械の排除である。そのまま本部に帰って、はい機械を壊してきました。と言えば任務終了。また命の保証がある日常に戻れるのだ。
しかしまあいいか。とも思う。
楽しい会話もできたし、ミルアに会えたのだし。
「どっちにしろ、俺の仕事は終わりか」
「――仕事?」
「いや別に」
リドは気の無い返事をした。
視線をミルアに移し、ミルアをしげしげと眺め――ところで、と思う。
彼女はどうしてこう、理解に富んでいるのだろう。
さっき拳銃を向けた時、叫びもせず、それどころか発射音に鼓膜をやられないように耳をふさぎ、さらに体勢を低くし、流れ弾が当たらないように回避したのである。
しかもそれは、リドがミルアを狙っていた場合、まったくの無意味な行動。彼女はあって間も無い、このリドという男を信じ、自分以外のものを狙っているものと瞬間的に察知したのである。
(スゲェなぁ……)
そう思わざるをえない。リドは生まれてこのかた、人を信じない事を生業としてきた。そういう奴にとって、人を信じられる人とは、思い焦がれるべきであり、羨望の的なのだ。
(近くにこんな奴がいる)
そんな重荷からか、リドはフーとため息をついた。それを見たミルアはいぶかしげな顔をするが、すぐに表情を好奇心へと変える。
「ちょっとかして」
彼女はリドの手から、機械をもぎ取った。
ミルアが機械と対面するのは、二回目になる。もちろんそんなことを知らないリドは、それを制止しようとは思わない。
彼女としてはここで、機械の特性など知っておきたい。次に戦う時、役に立つ情報が得られるかもしれない。
ざっと機械を見ていると、ちょうど機械の中心辺り、黒いかたまりがめり込んでいた。角度を変えてみる。
どうやら、リドが撃った拳銃の弾のようだ。しかしそれはあまりにも正確に、機械の一番平たいだろうと思える場所のど真ん中で、円形のクレーターを作っていた。
(スゴイなぁ)
と思わざるをえない。ミルアは母を殺されたあの日から、機械に復讐する為に生きてきた。そういう奴にとって、銃の腕がうまい人というのは、憧れの対象であり、目標とするべきなのだ。
(近くにこんな人がいる)
いつか銃撃でのノウハウを教えてもらおう。輝くばかりの瞳でリドを見つめた。
――あくまで彼女はプラス思考である。
さて、作業に戻ろうかな。と思い、彼女は機械に向き直った。
二、三回振って、顔を近づけてみたり、匂いを嗅いでみたり、音を聞いてみたり。
「ねぇ、これ。カチコチ音がする」
「あ? カチコチ?」
二、三秒、んー。と考えるそぶりを繰り返して、そして――
「――なっ!」
叫んだと同時に、リドはミルアの手から機械をもぎとり、開いた窓からそれを投擲した。
「あっ」
とミルアが言う間に、機械はまりのようにポーンポーンと跳ねながら、赤茶けた大地のかなり遠くまでいってしまった。
「ちょっ、なんで投げるのよ!」
講義の声を上げたのは、無論ミルアである。
彼女としては、大切な研究材料だったのだ。それを何の屈託も無しに、というより、なっ、とか叫びながら投げ捨てる。とはどういうことだろう。
襟首を掴まれたリドが、それに答えようと口を開いた――
瞬間、パッと彼方が光り。
ドカ―――ン!
機械は爆破した。
ワンワンと波動が鳴り響き、汽車にも衝撃がきて、ガクンと傾いた。バランスを取るため、リドは体勢を低くし、ミルアは地べたに手をついた。窓ガラスがバンバンいっている。ちぎれそうなほど、服がバタバタはためいた。
やがて、爆発がおさまり、汽車も体勢を立て直したころ、やっと二人は立ち上がる。
リドは荒い息遣いだったし、ミルアは小刻みにふるえていた。
リドはもう一度、フーとため息をついた。さらに重荷を背負った気がした。
首筋から冷や汗が、つぅーと流れ落ちる。
「このまま持ってたら、俺もお前もドカンだったからだよ」