転機
「リド」
ミルアは軽く男の名を呼ぶ。
すると男の顔が少し、ほころんだような気がした。
しかしミルアは知らなかった。この男の笑顔が、どれほどまでに、珍しいものなのか。
リドの笑顔など、ただ男が微笑んでいるだけで。ミルアにとっては――その時のミルアにとってはとても気を使う事などではなかった。
そしてなぜか、体をずいっと乗り出した。
「リドって、暴走族だよね?」
「いや……はっ?」
リドは目の前の少女の訳の分からない言葉に、凍り付いてしまった。
確かに、この少女が並大抵の人間とは違うと思ってはいた。しかしそれもここまでくると、人格を疑われてもおかしくないのではないか。
今まで自己紹介をして、誘拐の話をして……
だから暴走族か?
けれどいきなりなぜ?
混乱しまくっているリドを尻目に、ミルアはそのまま後ろに倒れこんだ。背もたれがバフッという音をたてる。
「なーんだ。違うのか」
「……………」
リドはなんだかとても悲しくなった。
そして、リドはとても悲しそうな顔をした。
ミルアは少し驚いた。手を振り振り、なんとか笑顔を取り戻そうと努力する。
「いや。ね? この汽車乗るとき、リドを見かけておもしろそうだと思ったの。
絶対リドは暴走族だと思ってたの。だって、そうじゃん。リドなんかそれっぽすぎて。なのに小指がついてるのに、こんなところで汽車乗ってため息ついて……」
「それっぽすぎて、って……」
「あ、ちょっと悲しくなった?」
「ああ、違う意味で……」
「――違う意味?」
「どうして暴走族の仕組みを知っていて、誘拐の仕組みを知らない奴が、この世にいると思うんだぁ?」
「別に、そんなこと思ってないっ」
「イカン。おかしい! 言葉が変だ」
とかなんとか。
二人はくだらないじゃれあいをした。ミルアは分かるがあのリドさえも、ノリにノッて喋りまくった。
つまるところ二人は、退屈だったのである。
だからといってリドは、自分がこんなにも楽しいお喋りをしたのは初めてだということに、まだ気付いていなかった。それを考えるよりも喋った方が、楽しかったからである。
汽車は走り続けた。外の風景は変わらぬ大地。楽しそうに喋る二人を乗せて。
リドが気付いた時『そいつ』はミルアの頭上にいた。イスの上から覗きこんでいた。
その一瞬、リドは早く仕留めなければいけないと思った。
目にもとまらぬ早業で、彼はホルスターから拳銃を取り出し、つきつけた。
銃口をミルアに向けている形状になる。
それにかまわず、リドは安全装置をはずした。
そして、ミルアも理解したのか、耳を両手の平でふさぎ、体勢を低く――
バァ―――ン!
図太い銃声の後ごろごろと地面を転がる音がした。
リドは立ち上がり、すぐさまそいつに駆け寄った。
そいつは――