ミルアの一大決心
ミルアは今日。一大決心で家を飛び出してきた。家出をしたわけではないが、ほぼ、それと同じ覚悟。悪ければ、もう二度と家には戻って来られないことになる。
復讐を果たす。その思いである。
風の便りで届いた噂。それは野良機械に関する、彼女が今もっともほしい情報。
どこで、いつ、何が現われたか。
それを彼女は手に入れた。
善は急げとのことわざ通り、彼女はすぐ実行に移す事にした。
場所はバノの荒れ野。出没日はここ一週間。バノの荒れ野付近にあるバノの街に、一体だけで現われ、建物を破壊して去っていくという。
ミルアはまず、この機械から倒しに行くことを決意した。
一度ミルアはこの街に来た事があった。母が死んでから、明けても暮れても泣きっぱなしだったミルアを心配して、父が連れてきてくれたのだ。
向こうにいっても泣きっぱなしだったことに変わりはないが、それでも街の人たちの顔を全員覚えたといっていいほど、歳月を過ごし、慣れ親しんだ。
その中で一番好意を抱いた人物が、その街にたった一人の医者だった。その医者は、
「ミルアちゃんはお父さんにそっくりだな」
と開口一番そう言った。
後々聞いてみると、彼は父の親友で、彼がバノの街にいるから、ミルアを連れてきたのだそうだ。
たった一度の訪問だったが、随分ミルアの傷は癒された。
その恩返しをしたい。
それに相手が一体なら。タイマン勝負で勝てる確率が上がるかもしれない。今まで信じられないほどの苦行に耐えてきた。全て自己流だが、並みの人間よりは動けるはずだ。
そんな期待も自信もある。
バノの荒れ野は遠いが、駅まで歩いていき、汽車で乗り継いでいけば、さほど苦にもならないだろう。
しかし、家の近くの駅を使ってはならない。ミルアの家近くの駅は、駅員がいた。
それはまずいことだった。なぜなら彼女は貴族であるからだ。近所ではけっこう有名だし、気立てもいいから人気者でもある。
そして近所の人は、バレクション家の悲惨な事件も知っていた。
二度とそんなことは起こってほしくない。周りはそう思っていた。
やっぱり、御近所付き合いが深いと、お隣の事が心配になってくるものである。
近所の人はミルアに会うとこう尋ねる訳だ。
「――これからどこへ行くの?」
って。
無論、彼女が危険なところに行く事など、言えるはずがない。
言えるはずはないのだが、どうにも、彼女は正直者で、嘘がつけない性分だった。まかり間違ってもそんなことがあってはならないが、口を滑らせて行き先を教えてしまったり、その目的を言ってしまったりすると、悲惨である。
だから、近所の人にも会わず、駅員にも会わず、嘘をつかなくていいように、ミルアは工夫する必要があった。
彼女が行くには、人がおらず自動式で、さらに監視カメラなどもなく、できるだけ目立たない場所にある。
そんな駅が理想なのだ。
そして今ミルアは、そんな都合のいい駅にいた。
幸い家にも近く、これから何度もこの駅にはお世話になりそうだ。
確かに、小さく、ボロく、つまらない駅だったが、ミルアにとってそれはとてもとても価値があるものなのである。
ミルアは自動販売機から切符を買い、自動改札に通し、人っけのない駅をつっきって、ホームのベンチに座り、汽車が来るのを待った。
やがて遠くからゴトゴトと、汽車がやってくる音が聞こえた。ミルアは立ち上がり、遠くに見える汽車をゆるりと眺めた。
汽車の外色は、赤茶色に統一されていて、やはり一番先頭には汽車特有の蒸気煙突があって、そこからモクモクと煙を吐き出していた。
汽車が駅にとまる。
間近で見て仰天した。なんと汽車は一両編成である。
燃料庫はどこにあるのだろうか。普通は二両編成で、一両目が燃料庫、二両目が客室。という風に分けられているのが多い。
あれではまるで燃料庫単体で走っているように見える。だいぶ不思議も多そうだ。
しばらく眺めていると、ポーと汽笛が鳴り、汽車の発車を予告する。
彼女はその汽車に驚きつつ、しかし気に入った様子で急ぎ乗りこんだ。
ミルアが汽車に入り込んで、何かないかと辺りを見回し、始めに目にとまったのが。
(おっ、派手だなー。アイツ)
頭をトサカのようなツンツンヘアーにした男だった。一般人の中に投入したら、まず間違いなく目を引くであろう派手さなのである。この汽車の中には人っ子一人いないので、その目立ち方はすごいものがある。
でも、なぜかそのだれがどうみても、暴走族の一員にしか見えない男は、煙草を吸うでもなく、窓の外を眺めて、時折ため息などついたりしている。
(怪しい)
自分も怪しくないかと聞かれれば、はっきりいって答えられない。しかし、その男の怪しさは、自分の怪しさとはまた違う。
そしておもしろそうだ。とも思った。
男の指をちらりと見た。小指はまだついている。
どうして暴走族の人間が、一人で汽車などに乗って、ため息などつきまくっているのだろうか。あれは訳アリって顔だ。
できれば、彼の波瀾万丈な人生など聞いてみたいものである。
もちろん、うるさがられる可能性もあった。自分の人懐っこさ、言い換えてみればおせっかいというか、しつこさは自覚しているところがある。
ただ可能性だけで諦めるようなミルアではない。暇つぶしになればこれ幸い。話し相手に不足はないのだ。
――なぜなら、彼はハンサムだったから。