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事の成り行き

 外は暗い。

 この薄闇の中、彼は自宅の扉を開けた。

 その瞬間、ぱっと明かりがつき、彼――リドリック・ノルボイのむすっとした顔が映し出される。

 ただいま、と言うこともなく。その憮然とした顔は、曲げられることもない。

 それもそうだ。彼は、彼の帰り待ってくれるような存在を家においていない。というより、そんな存在この世にいない。彼は幼いころ両親を失っていた。機械に殺されたのだ。兄弟も親族もいない。恋人と呼べる人も、いない。

 だから家には誰もいない。彼は、いわゆる一人暮らしをしていた。

 光がついたのは、センサーが、家の主の帰ってきたことを感知したからだ。

 しかし光に照らされるその顔は、いつにも増して恐い。いつもなら、二本のはずの眉間のしわも、今日は三本に増えている。

 髪をトサカのように逆立てて、ツンツンヘアーで固めている。本当はハンサム級にカッコイイはずの顔も、そのヘアースタイルのせいで台無しにならざるをえない。それがさらに「恐いにーちゃん」を引き立たせる要因となった。

 リドはどうしても今日、上機嫌になれなかった。

 鬱屈とした気分になるような、そんな仕事をうけてしまったからだ。

 事のいきさつは今日の朝までさかのぼる。

 彼の勤務先は、機械抹消《マシンイレイスまたは、きかいまっしょう》と呼ばれる組織だった。


 その朝、彼は百位までの隊長で行なわれる、朝礼会議に出席した。

 リドが会議に出ることは珍しい。決して朝寝坊ではないのだが、普段機械抹消の本部に現われることさえほとんどないリドが、朝礼会議など「珍しい」以外の言葉が、当てはまらないのである。

 このホールは、百位までの隊長が集うようにできているので無論広い。百人のその五倍は入りそうなくらいだった。円いドーム型にできており、雰囲気としては、体育館をそのままそっくり丸くしたような建物だった。円形なのでマイクが無くても響く、というのが利点。

 リドはそのホールに入り、ベスト十の席の左から数えて七番目の席についた。

 やがて会議が始まり、機械抹消の元帥がステージの上から講義を始める。他の隊長はとても真面目に真剣に聞いているようだが、リドはどこ吹く風だ。

 禁煙のはずなのに、リドはいきなり、スパスパとタバコをふかしはじめた。周りからの、殺意にも似た視線が、彼に突き刺さる訳だが、もっぱら彼は気にしない。

 そんなリドを尻目に、会議は淡々と進んでいった。

 リドの方はというと、タバコをやめて、前のテーブルに肘を突けて、手の平を重ねあわせ、そこに顎を乗せている。

 テーブルは、すべての隊長に行き届かない。ベスト十までの隊長にだけ、目の前に机がある。本当はその机で、元帥の言うことをメモらなければいけない訳だが、リドがそんなことをするはずがない。

 やがて、元帥がホールの中央に立ち、大声を張り上げた。

『機械がこの世からいなくなることを願って――』

 いつもの合い言葉をホールに響かせつつ、会議は静かに終わった。

 他の隊長らは、伸びをしたり、近くの隊長に話し掛けたり、そうしてホールを出ていった。

 彼もそれとなしに立ち上がろうとして――やめた。

 元帥がこっちをじっと睨んでいる。

 機械抹消は元帥が中心となって行なわれる。軍のようなシステムだ。

 一つ。軍とは違うところは、敵が人間ではなく機械だ。ということだ。しかしある意味、機械抹消は人間とも闘っている。

「機械抹消第七位、チーム無情ハートレス隊長。リドリック・ノルボイ。話がある」

 元帥が手を挙げた。これはお決まりのポーズである。呼び出しや、任務遂行命令のときなど、元帥は手を挙げ、示さなければいけない。

 ということで、リドは元帥に呼ばれた。

 元帥は背が低い初老の男だった。その優しさ溢れる雰囲気と柔和な微笑みは、近所のガキンチョどもに大好評。まさしく、理想のおじいちゃんである。

「何の用でしょう?」

「ノルボイ。お前は今日も、わしの講義を聞いていなかったのか」

 元帥は悲しそうな、怒ったような顔で言った。

「ちゃんと聞いてまいしたよ。そこの、メモ取らないとなにもできないクズ等と違ってね」

 ベスト十の隊長に目線を走らせ、彼は嘲笑するかのように、口の端をかすかに釣り上げた。

 隊長達は、一斉に眉間にシワを寄せる。

「リドリック・ノルボイ。夜歩くときは背中に気をつけろ」

 第二位隊長が、彼の腰元にある横ポケットのホルダーに入った、銃を触った。

 その形相は果たして、子供が見て泣くのを我慢できるか、危ういところがあるほど怖かった。

 そこまで憎まれる男である。

「おお怖――」

 小さな声でぽつりと言い、リドは肩をすくめて、首を横に振る。

「ま、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。

 お気遣いなく。どうせ、おもちゃのピストルなんかで喜んでるような奴に、俺は殺せませんよ。

 俺一人殺すのに、何百発もの弾を無駄にしないでくださいね」

 第二位隊長は、ギリリと音がするほど奥歯を噛み締めた。

 無論、おもちゃのピストルなどを第二位の隊長がぶら下げているはずがない。しかし、リドが言うのは、半分は本当の事だった。

 本当に、一度リドは殺されかけた事がある。昔の無情隊長に、銃を向けられた事が。

「お前が俺の無情を奪った」

 と、事務所で叫ばれたそうだ。

 なんだか、ただの逆恨みだが。

 しかしリドは、ちょちょいのちょいで発射された銃弾をよけ、一発蹴りを入れて、失神させたそうだ。

 その拳銃はレーザー弾だったが、旧型だったので、小さな固形燃料を弾のかわりにして撃つ。後々調べてみたところ、百発入るはずのレーザー弾のなかには、銃を撃った形式こそあるものの、すでに一発も弾が込められていなかったらしい。

 そして最後に。リドは。

「弾もったいねぇっつーの。バーカ」

 とか言って、去っていったそうだ。

 そのことは、機械抹消なら知っていて当たり前の、伝説級の話らしい。

 話を戻そう。

 第二位隊長は、奥歯を噛んで、イライラ感を見せ付けていた訳だが。

「まあまあ」

 それをなだめるのが、元帥の役目。

「ノルボイよ。お前は先ほど、わしの講義を聞いていた。と言ったな」

「ああ」

「ならば、わしが理論づける、機械抹消の仕方。今日はそれについて講義したゆえ、その部分を一言も間違えることなく言ってみよ」

 会議中。ずっとどこともなく、一点を見つめていた。上の空で、絶対に話の内容など聞いていない。そんなやつが答えられるはずはない。

 元帥の確信はよく当たるものである。

 しかしリドは唇をなめると、その安定した低めの声で、言葉をつむぎだした。

 機械は意志を持たず、ただ暗殺のためだけに動く。とか、機械抹消における機械を粉砕するテクニックはどうのこうの、だが最後には自らの手でつかむしかない。どうたらこうたら。実戦で試すがよいだろう。かくかくしかじか。

 そして、その膨大な量の講義を、全て、時間をかけずに、あっさりと言いのけてしまった。

 隊長らは唖然としている。

「ね、馬鹿どもとは違うでしょ。俺は……」

 そしてまた嘲笑をもらす。リドのようなトサカに、こんなことを言われるのはかなりの恥だろう。だが、リドの方が勝っている。これは事実だから、言い返すことができない。

 この男が人から好かれない理由は、これにある。

 出る杭は打たれる。とよく言われる。だけどリドは、トンカチで直すことも、ねじふすこともできないほど、固く、歪曲している。ひねくれた才能なのだ。

「それで……」

 リドは笑いをやめ、元帥に向き直った。

「用はこれだけですか?」


 ……その後の事は言うまでもない。

 厄介払いのように、任務を仰せつかり、しかもその後、部下達に出張するむねを伝えたら、リドのいる前でやんややんやの喝采が起きた。

 寂しいだのという言葉はなく、ただ陰でポツリと、

「帰ってこなくていいのに」

 という声を聞いた。


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