表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/25

機械抹消からの迎え

 朝、チャットが起こしにきたが、布団に潜り込んで寝たふりをする。

 一つは、電光板に気付かれないため。二つ目は、心配をかけたくないため。

 今のリドは、心底から動転しきっていることを、リド自身よく理解していた。

 今日でもってこの街を去る。

 そんなの耐えられるはずがなかった。

(みんなにお別れの言葉?)

 まさか。そんな時間ないし、勇気もない。

(せめて散歩?)

 街のみんなに声をかけられた自分が、どんな答えを返すか恐い。

 そんな理由で、いつまでもぐだぐだ悩んで、結局リドは眠れなかった。

 精神が不安定であるし、どうしようもなく目のクマを隠せない。

 自分がおかしい事に気付いたら、絶対チャットは困る。

 ――そうだ。いつもと同じように。

 機械抹消に帰る事など、平気なように。そう取り繕えるまで、このベッドから起き上がりたくない。

(どうか、チャットが話し掛けてきませんように)

 初めて切実に願った気がする。ちっぽけで、でも必死な願い。

 どうか、この思いが天に届いて、チャットに届けばいい。

 どうか――


 チャットは、電気をつけて部屋を明るくした。いつものリドならそれで起きるが、今日は起き上がらない。

 おかしく思ったチャットは、昨日と違う場所にある電子板に気付く。

 おもむろに手に取り、しばらく読み、リドをちらりと見た。

 そのまま何も言わずに、チャットは去っていった。

 リドは空虚な心でチャットの優しさに感謝した。

 仰向けで、白い天井を見上げながら悶々とした気分でいた。


 なぜ病院の壁は白いのだろう? たくさんの予測はつけられるが、事実とは限らない。どうして体がだるいのだろう。そうか、怪我してるからだな、はいはい。

 そうやって逃避行を探しては、また思い出して苦しくなる。自分が辛いんだという事を自覚すると、どうしようもなくなる。

 考えたくないのに、考えてしまう。

 所詮、人間は心と頭が直結しない生き物なのだなと実感する瞬間だ。

 どっちが心で、どっちが頭か分からないけど。

 そうやって、昼ごろまでどうでもいいことを思い描いて、機械抹消を忘れようとした。

 けれど、そろそろ迎えに来る時間だ。

 ふと耳を澄ますと車の音が聞こえる。今止まったな、人が車からおりたな。というのは分かる。

 だけど、誰が来たかなどは分かるはずもない。

 この街の中で車を持っている奴なんか、ほとんどいない。三丁目のマフォルか。五丁目のエレクか。

 ――現実逃避。

 頭の片隅で、その言葉がよぎった。

 目を細め、そしてギュッとつぶる。

 涙の粒が、頬を伝った。

 リドはそのことに驚愕し、慌ててぬぐった。

(嘘みたいだ)

 嫌な事があったって我慢して、涙なんか女々しくてちっとも流さなかった。

 それが、この位の事で……

(これじゃ、俺は駄々をこねてすねるガキみたいだ)

 正直参ってしまう。

(機械抹消の役人方の前で、嫌だ嫌だと駄々をこねるのか)

 そんなのリドのプライドは許さない。

 もっと気丈に。誇りなんて要らないから。下卑ていていいから。

(見下してやるんだ。俺様は必要だから機械抹消に帰ってあげますって)

 心が二度と揺らがないように。リドは深く決意した。


 足音だ。人数は少ない……?

 ドアが開いた。入ってきたのは、役人でもなんでもなく。

 ――機械抹消総指揮官元帥。その人だった。

 チャットも後に続く。

「わざわざ元帥さんのお出迎えかよ」

 その事実に驚愕しつつも、吐き捨てるように言って、リドはそっぽを向いた。

「おっと、わしじゃ役不足かな?」

 役不足どころか、気合いを入れ過ぎだ。鶏を裂くのに牛刀は使わなくていい。

 不服そうな顔のリドに、元帥は、

「まあ、そんな顔をするな。わしがせめてもの時間を割いてきたのだから」

 そう言ってニコリと笑った。

「で、怪我はどの程度なんじゃ?」

「ああ、それは主治医である俺が答えよう。まず上から……」

「もう歩ける」

 チャットの申し出をリドが遮った。

「いらない話をグダグダ続けなくていいから、さっさと帰ろう。機械抹消へ」


 チャットに肩を貸してもらい、松葉杖片手に歩き出す。

(ああこれから帰るのか……)

 いいようのない不安が、精神を苛む

 不安だった。帰れば楽しい場所は永遠に失われてしまう。

 けれど知っている。

 なぜみんなが自分を優遇するかの理由を。ひどく張り詰めていても、自分は優遇されていたのだと、ベッドの中で考えていた。

 幾度も、職を追われるはずの悪行をなしてきた。今無職になって路頭に迷っていてもおかしくないくらいだ。

 自分には才能があることを今の今まで、ずっと考えてこなかった。

 考えたら、自分の意味も少し変わった気がする。

 性格面で、恐ろしいほど欠陥のあるリドも、このセンスがあったから隊長まで上り詰める事ができたのだし、その後無情の順位も上がらせる事ができたのだ。

 だから、自分は不可欠な存在だという事を、分かってないやつに教えてやらなきゃいけない。

 元帥はそれが分かっているのか?

 今、朗らかに笑う元帥は、この世のドロドロした部分を微塵も見たことがない、とでも言いそうなほどほくほく顔だった。

 心から、部下の無事を祝ってくれている顔だ。

 こんな元帥を見たのは初めてだった。いつも、困らせてばかりいたから……

 良心の呵責で、目を合わせられない。

「けっ、ほんと。なんであんたが迎えにくるかなあ」

 ぼやいたリドを見たチャットが、不適ににっと笑う。

「ま、機械と戦ってる途中で、死神が迎えにこなかっただけ、マシってものじゃないか? 優しい元帥に支えられて、第七位隊長リドリック・ノルボイ。幸せであります!」

「なにやってんだよ。チャット! 敬礼なんかして、俺から手ぇ離すんじゃねぇよ! バ、バランスが。こける、こける!」

 ズデン!

 ものの見事にバランスを崩して、リドはこけた。

「いってーな!」

 本当に痛そうに、リドは顔を歪める。

 地べたに這いつくばりながら、二人の顔を見上げた。

 そして、チャットが、あっちゃー。という顔をし、元帥がリドよりも痛そうな顔をしているのを見て、リドは苦笑した。

 自分の体を眺めてみる。酷いことになっていた。

 せっかくつながったばかりの骨が、若干形を変える程度曲がっていたのだ。左足に、右足首、右手から、胸の辺りもずきずきするので、たぶん肋骨も。

 こんなに速い段階から、ギブスを取らなければよかったと、内心リドは舌打ちした。

 激痛が体中を駆け巡り、思わず叫びそうになる。けど、元帥の目の前でだけは、恥をさらしたくなかった。

 必死にこらえていたが、とうとう目の前が霞んできて、そのままふらーと意識が遠のいていき。後は何も分からなくなった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ