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回想

 リドは手っ取り早く機械抹消に電報を返し、チャットと少し機械抹消のことを話し合ってから寝た。

 リドが寝る直前、チャットが電子版を部屋においていった。

 理由は、いつ返事がきても、速効で返すため。だそうだ。

 どんなに早くこようが、リドが寝てしまえば、メールが来てもわからないのに。とリドは思ったが、せっかくのチャットのご厚意を、揚げ足をとる真似でもして、気分を害させることも無い。

 リドは淡く光る電子版のディスプレイをのんびり眺めた。

 真っ暗な中で光るその文明機器は、リドに本当に便りを送ってよこすのだろうか。

 ――いっそのこと何も送ってこなければいい。

 リドはそう思った。

 そうすれば、機械抹消になど帰らなくていいかもしれない。

 もし機械抹消にかえったら、ここでの生活が夢のような世界になってしまうかもしれない。

 今では、機械抹消での生活が夢だったような気がする。

 ――悪夢のような。

 実際酷いことをされたわけではない。

 ただ自分から敬遠して、自分以外のものを疎外して、独りになっただけだった。元々独りは慣れっこだったから、平気だと思っていた。

 それが間違っていることに気付いたのは、機械抹消に入ってすぐのことだった。リドは初めから無情に入隊して、試験に受かり、新入りとして受け入れられたのである。

 そこは思った以上に社会的上下関係が厳しくて、リドのような不良は受け入れてもらえなかった。いつのまにか周りが敵だらけになっていて、機械と戦う時だって、仲間であるはずの人間が助けてくれなかったりした。

 そう、酷いことをされたりはしない。ただ、何もされなくなったのだ。リドに関わりたくなくて、リドは敬遠されるようになり、疎外されるようになった。

 そんな時は決まって、小さいころを思い出すのがリドの習慣になっていた。一番自分が恵まれていた時を思い出して、その時だけ現状を忘れ去る。

 いつしか、それさえ苦痛に思えてきたころ、元々の無情の隊長が失敗を犯した。機械と間違えて、自分の部下を撃ってしまったのである。その部下は大怪我をして入院をした。

 隊長は責任を取って辞めることになった。そうすると誰かが代わりに隊長を務めなければいけなくなるが、その大変な職務を誰もやろうとはしなかった。

 これをリドは決定的なチャンスだと思った。

 あの手この手を使って、新米のぺーぺーであるリドは、なんとか隊長の座にのし上がった。そして猛烈に仕事をこなし、少しずつ無情の順位を上げていった。それにともない、少しずつ独りの苦痛も忘れていった。

 隊長になって、リドはたくさんのずるい手も使った。

 部下をコントロールすることが、一番の難関だった。賄賂を使えるほど金がなかったから、相手の弱みを探り、そこをついて言うことを聞かせた。それは思ったよりも、簡単なことだった。

 傲慢で必死になって働かない部下は、クビにした。代わりに一度だって失敗を犯そうが、必死になって働こうとする部下を採用した。

 一時無情が、失敗をやらかした人間を拾ってくれる場所と噂がたち、たくさんの人間が採用試験を受けに来たが、完璧主義のリドは、生半可な気持ちで来ている人間を、頑として受け入れたりはしなかった。それでも無情に来るのは、大体が一度クビになっていたり、失敗を犯したものばかりだった。

 けれど見かけによらず、部下達の業績は良く、こき使うのにも丁度いい。初めから相手の弱みを握っているようなものだ。

「お前のようなやつを拾ってやったのに」

 部下が反抗したら、こう言ってやるだけで、口をつぐんでしまう。無情は完璧にリドの思いのままになった。

 そして、知らないうちに無情の順位は上がっていた。

 チームの順位が五十位くらいになったところで、リドはこの無情に虚しさを覚えた。

 自分の言った事を、人形のように聞いて実行する部下達に憤りを感じた。それからはあまり部下に対して、きつい事を言うのを抑えた。

 そのおかげか、部下達は嫌になったら反抗するようになった。リドはそれに冷たい言葉を浴びせ掛けながら、心の底で楽しんでいた。

 自分と向き合ってくれる人間がいる。それだけがリドの喜びになっていた。リドは独りではなくなった。

 だが、独りではない代わりに、無情はストレスの溜まり場となった。

 隊長と部下の口喧嘩。酷い言葉がいきかう職場。クソだの、カスだの、クズだの、死ねだの、まるで餓鬼が争って生きているかのような修羅場。これを大人の社会だと形容するにはほど遠かった。

 しかしその中でさえそれを幸せに感じたリドは、地獄の鬼か、はたまた悪魔か……


 そんなある日、無情に一人の男がやってきた。そいつは無情の元隊長だった。

 隊長はどんよりとした、うつろな目でリドに向かってこう言った。

「お前が俺の無情を奪ったのか。全ては策略だったんだな」

 リドは言葉の意味を理解できなかった。

 しかし次の瞬間、隊長が銃を取り出した事から、なにをしようとしているのか理解した。

 ドズン!

 リドはとっさに、隣にいた部下をかばった。リリシィという、中肉中背ではあるが、気の強い男だった。

「た、隊長!」

 倒れたリドをリリシィは受け止める。

(なあにを。お前が一番俺を嫌ってたはずだ。リリシィ、俺の呼び名はクソ隊長じゃねえのかよ!)

 今更になって隊長呼ばわりするリリシィを、リドはよどんだ目で激しく睨み付けた。

 後ろ向きにかばったリドの背中から、真っ赤な血が流れ出す。

 リドの意識は、今まで味わった事のない激痛から逃れようと、徐々に薄くなっていった。

 リドは支えられながら、ポソリとリリシィに呟いた。

「クソ隊長でも、ひと一人守って終わるんだ。立派な死に様だぁな!」

 ドン!

 その瞬間、リリシィはリドを突き飛ばした。

 リリシィの肩に銃弾が当たった。血が噴き出す。しかしそれにかまわず、リリシィはリドに、大声で叫んだ。

「死んでんじゃねえよ、クソ隊長! 生きろ!」

 その一言で、リドは覚醒した。

 キッと隊長を睨み付け、突進していった。

 無数の銃弾がリドの横を通り過ぎていく。

 背中の痛みがこみ上げてきたが、そんなのどうでもよくなるくらい、リドは腹をたてていた。

 部下を傷つけた元隊長に。そして、死のうとしていた自分に。

 隊長の眼前まで迫って、銃を蹴り上げ、拳を繰り出した。勝負は一瞬で決着がついた。

 昏倒している隊長を見下ろしながら、リドはこう言った。

「弾もったいねぇっつーの。バーカ。

 俺と俺の部下撃ってどうすんだ。てめぇにとっちゃ少しの価値だってねぇだろうが!」

 そして、その上に覆い被さるように、倒れた。

 実際、隊長は弾などほとんど使っていない。百発入りの銃には、十発も入っていなかった。

 しかし、リドの噂は瞬く間に尾ひれがつき足がつき、事実を知らない人間はリドを畏怖するようになった。

 部下は進んでその噂を肯定した。自慢したいのか、はたまたさらに孤立させたいのかはさだかではない。

 しかしリドはその時自分の価値を理解した。自分は無情ではクソ隊長でなくてはならなくて、でも、無情で隊長をできるただ一人の忌むべき男だという事を。

 無情をまとめるのは、元隊長なんかじゃなく、嫌われものの自分なんだという事を。

 事件の翌日、リドは何事もなかったかのように出勤した。

 傷は軽症で、たいしたことはなかったから。

 リリシィも包帯を巻きながら、朝早く出勤していた。

「おはようクソ隊長。怪我してんのにトサカセットしてんのかよ。そんな余裕どこにあんだ? ムカツクぜ」

 リドと会って、はじめに交わした言葉がこれだ。

 リドは安心すると共に、絶望した。もうこのいがみ合いは終わらないのだと。

 いつまでたっても自分はクソ隊長で、尊敬されあがめられる事もなく。友達として笑いあうこともないのだと。こんな自分を愛してくれる人間など、この世にはいないのだと。

 安らげない。やっぱりどこでも敵だらけだった。隊長になって、敵が増えた事は確かだ。でも味方はいない。かばっても、敵のままだった。

 今でも、多少マシになったとはいえ、リドは安らぎを感じる事ができない。

 職場に安心を求めてはいけないのかもしれない。けれど、今の状態では、あまりに緊張し過ぎるのだ。

 現にリドは、胃に穴を空けて、自分の部屋で血を吐いた事が何度もある。

 もう少し柔らかい雰囲気の場所を、リドはずっと求めていたのだ。

 そしてそれは今、ここにある。ここに自分を大切に思ってくれる人々がいる。

 バノの町で働いている訳ではない。けれど、働く場所を見つけて働きはじめたら、二度と胃に穴を空ける事もないだろうし、二度と派手な衝突を起こしたりもしないだろう。

 こんなに安心できる場所は初めてだ。二度と機械抹消など戻りたくない。

 ――けれどリドだって分かっていた。リドは機械抹消に所属していて、チーム無情の隊長である事を。

 ここで安らぎを得ようが、いつかは自分の巣に戻っていかねばならない事を。

 バノの街にいれば、ここが自分の帰る場所のように思えて仕方ない。

 しかし、現実は違うのだ。

 ここに住んだっていい。でも、それならリドの部下はどうなるだろう。隊長をなくしたチームは、力なく崩れていって、しまいには消え去っていく。

 部下は、落ち零れなのだ。ひどい失敗を犯して、もう無情しかないからやってきたクズどもなのだ。

 だから、やめるわけにはいかない。何十人もの人間を路頭に迷わす事などできないのだ。

 今はまだ、隊長を続けるしかない……

 嫌だなぁ。などと考えていると、リドの耳に、ピーピーという機械音が聞こえてきた。

 まさか野良機械かと思い、とっさに銃をとって構える。その先に――

 電光掲示板があった。

 ホッとしてリドは銃を下ろす。そして、自分の行為を、ちょっと恥ずかしく思う。

 自分の家では当たり前の行動も、バノの街でやれば馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 気持ちを切り替えるため、リドはディスプレイに見入った。

 ピーピー。電光板が、青く光りだす。

 返信メールが届いた合図。

(ああ、とうとう来たか)

 憂鬱な思いで、リドは電光板に手を伸ばす。

 カタカタカタ。

 電光板に映された文字は、こう記してあった。

『明日、そちらに向かう。用意をして待っておくように。 機械抹消』

 と。そしてリドは眠れぬ夜を過ごす。


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