爆発
リドはホルスターから拳銃を取り出す。そして弾が入っていることを確認する。
リドは知っていた。この機械の弱点を。どこにあてれば、必ず勝てるかを。
あの機械を倒すコツ。拳銃で倒すには一つしかない方法だった。
――機械の額にある、丸い空洞。その奥には機械をコントロールする為の電子細胞がある。元々は、リモコンのように赤外線で遠くから操作できるように作られていたのだが、一番脆い電子細胞と直結しているので、そこを壊してしまえば、機械は動かなくなるだろう。
その前に強化プラスチックが立ちはだかるが、拳銃でぶち抜けるほどの強度だった。
しかし、その穴の直径はわずか一センチ。その穴にうまく命中させるのは、とてつもなく難しい。無論、並みの人間にそんな神業ができるわけがない。
ところがリドは、恐ろしいほど、拳銃がうまかった。拳銃のメンテナンスとかは、からっきし駄目だったが、腕だけは滅茶苦茶によかった。
角度を見る力とタイミング。そして、勘。
この三つが、完璧に備わっていた。
車のドアなど機械に吹き飛ばされた。ただ、腕を上げるだけ。
機械の腕からレーザーが発射され、そのためリドはためらいなく銃口を機械に向け、引き金を引いた。
リドの握る銃から弾丸が発射され、白煙が出たと思うや否や、機械が無数に打ち出した光線の一つだけにリドの弾が当たり、その高圧レーザーを真っ二つに切り裂いた。
弾は止まる事を知らず、そのまま突き進み、やがて機械の目の前まで達する。機械の本体につながる、丸い小さな穴に入る際、科学強化されたプラスチックが、ガラスのように粉砕され、粉々に飛び散った。その空洞をほんの少し進むと、すぐに重要な部分に達する。デリケートな電子細胞を壊しつつ、中央のエンジンまで潜り込み、最後に弾丸が自らの圧力に耐え切れなくなり、破裂した。
さきほど切り裂いたレーザーは、左右に別れ、片方は右腕が発した無数のレーザー達に、もう片方は左の腕から発射されたレーザー達に。正確に当てられた。光線はその切り裂かれた光線と相殺し、霧散するかと思いきや、片方が消え、片方がまた他のレーザーに向かう、という連鎖反応を起こしていた。
大きく機械の体が傾ぎ、爆発した。
内側から、赤い光が漏れたかと思うと、もう世界は金色に染まっていた。そして、白く。
その時機械が生んだ爆炎は、目の前の車とその中に乗っている人間を、ふっ飛ばしにかかる。
だが、ミルアはすでに気絶していた。眩しい光に目を閉じた瞬間、ぷっつり意識が飛んでいってしまったのだ。
しかし、それは一瞬の。――ほんの一瞬のできごとだったのである。
ギャギャッギャッギャッ!
チンケなボロい車が、機械の爆発の余波である爆風に煽られ、少々空を飛び、それによって空回りしたタイヤが、恐ろしい悲鳴を上げる。
ドアは開いたままで、ミルアの体は宙に投げ出された。
手を伸ばすが、届かない。
(だめだ! 間に合わない)
そして――
次の瞬間、リドはまったく、自分でも信じられない行動をとった。
車から飛び降りたのだ。
車には機械に破壊されて、扉もついていないし、リドは元々シートベルトというものはしないから、絶好の条件だったのかもしれない。
荒野の土埃が舞い、車もリドも包まれた。
目の前が茶色くなり、視界が遮られる。
両手を伸ばし、いつでもクッションになれるように身を投げ出す。
(もう少し、もう少し見えていたら……届く)
必死に手を突っ張った。
(もう少し。あとちょっと)
だが、その一歩手前で、全てが消えた。
視界が完全に砂埃に遮られた。
体がガクンと揺れ、衝撃が足から体中に伝わり。
(絶対折れた)
そう思った。痛みが駆け抜けて、リドは目をつむった。
足が折れたら、きっと体を支えきれなくなり、こんな赤茶けた地面に、全身、叩きつけられるのだろう。
それじゃ絶対痛いし、死んでしまう。そんなの反則だ。
リドは目を開けた。
リドが目を閉じている間に、土埃は去っていた。
大体、周りの様子が見えた。スローモーションのように、全てが鈍い。
ゆっくりとだが、視界が地面に近くなった。
前に飛ばされている事も、風で分かるが、ほぼ墜落状態だ。
(あーあ。どうせなら、最後に見るのは、ミルアの顔がよかったな)
空中でそんなことを考える自分に苦笑した。
たかだか一度会っただけなのに。こんなにも想いが、情が移ってしまっている。
彼女の顔が見たい。
心はそう疼いている。
でもそれは叶わないと思い、最後に地面を見るよりは、空を見て死のうと。顔を上げて、その途中。まだ彼女が地面に到達していない事を知った。
彼女は後ろ姿で、顔が見えなかった。
(アイツ。助けないと、死んじまうだろうなあ。受け身も取れず、ぼろ布みたいに、粉々になって、不幸な最期を遂げるんだ。――不幸な最期を……)
――許せねえ――
今まで、リドの中に蓋をされていた油の中に、松明が投げ込まれた。
ボッという点火音と共に、彼の炎が噴き出した。
(俺にあの生き生きとした顔を見せる前に死んじまうなんて、俺は絶対、許せねえ。今すぐ、見てやりたい)
リドはにやりと笑った。それはあの、いつものリドが見せる、見下したような冷笑とは違い、未知なる事に立ち向かう、挑戦者の笑みだった。
夢中になると、痛みも何も分からなくなる。
ぴょん。
もし本当に音があったとしたら、そんな音だった。
リドは地面に頭がつく前に、手を着き、もう一度足を先につかせていた。何度も骨が折れる衝撃が伝わったが、リドはそれを一切気にしなかった。
そして、思いきり大地をかいた。
人間の動体視力ではなかった。それと、人間の肉体ではなかった。
四肢をしならせ、体を伸ばし、数十メートルを、彼は一瞬でとんだ。
――着地。
不思議な事に、痛みはなかった。
折れた腕には、黒髪の美しい少女がいた。ずれ落ちそうになるたび、その不可思議な格好の腕で、器用に受け止める。
風は去り、砂煙も無く、空は曇っていた。
それでもリドの心の中は風がびゅんびゅん吹き、晴れ渡っていた。