バノの荒れ野
しばらく走った。
まだ根本にたどり着かない。
どうも、これを撒いた奴は、足が速いようである。
そこでふっと、リドは鼻歌を止めた。どこかで爆発音が上がったような気がした。
まだその場所が見えないので、もう少し車を進める。
そしてブレーキをかけた。
遠くで砂が舞いあがっているのが見える。それから機械も。
ちょうど戦闘中である。
どんな奴が戦っているのか。リドはどれどれと車の窓から覗き込む。
「さあて、どんな手応えのある奴……」
全てを言いきる前に絶句した。
ありえない。リドの思考を遥かに超越している。
闘っていたのは、ミルアだった。
それは信じられない光景であり、同時に、恐ろしい光景でもあった。
機械はリドが想像していた以上に大きかった。身の丈三メートルはあるだろう。でかい分、的は当てやすいが、同時に頑丈そうである。その鉄色の物体の表面がつるつるしており、コオロギのような形で、手が二本、足が四本。羽はないがブースターのようなものがある。
機械の顔面の部分にある額で、赤いランプが点滅している。まるで、自分の存在をアピールしているかのよう。
この手の機械と、リドは一度戦った経験がある。数人で戦ったが、けっこう手強かった。
機械のレーザー弾は、二本の手から発射されるはずだ。
ダン、ダン!
機械が打つ弾が、ミルアのすぐ横を通りぬけていく。
爆発。
砂ぼこりが舞いあがる。
しかしその砂塵の中から、丸く黒い物体が放り出された。
(手榴弾……)
リドは耳をふさいだ。
ドガーンという爆音。
機械の表面に爆炎が上がっているのが見えた。
すると次は、機械の後ろから手榴弾が投げつけられた。
「――早い……」
機械がどちらの方向か、ぐるぐると回っているうちに、次々と手榴弾が投げ込まれていく。
リドは心底驚いた。
貴族のお嬢様があんなにスムーズに戦闘ができるのか?
「――いわく付きとは思ったが……」
ぼそりと呟く。
砂煙がやんだ。
辺りはもとの荒野へと戻る。
――しかし。
機械には傷一つなかった。
超合金ボディが、怪しく、冷たく光る。
リドは急ぎ、アクセルを全開に踏み倒した。
砂煙がやみ、ミルアは立ち止まる。右手に手榴弾を持ったまま。
機械はどうなっただろう。機械の方に、目を移す。
それを見て、驚かずにはいられない。壊すどころか、まったく効いていないではないか。
まだ壊れていないだろうとは思った。しかし、傷一つついていないとなると、これは一筋縄ではいきそうにない。
ミルアが走り出した瞬間、機械のレーザーが横を通り過ぎる。
(危ない、危ない)
一息つく間もなく、左へ飛ぶと、また弾が通り過ぎる。
しばらく、この繰り返しだ。その合間に手榴弾をなげるが、やはり機械は傷つかない。相手の目をくらます程度だ。
まだ準備が足りなかったかもしれない。あいにく、ミルアはこの手榴弾と拳銃しか持ってきていなかった。拳銃で戦ったとしても、手榴弾より威力が低い分、さらに戦いにくくなるだろう。
(ということは、逃げた方がいいのかな)
その考えが閃いた瞬間、レーザービームも閃いた。間一髪でそれをかわし、体勢を立て直す。そして走る。
(ここにきて? 避けるのが精一杯なのに……)
走りながら、悔しい思いで歯噛みする。
(このままじゃ、死んじゃう……)
こんな辺ぴな場所。誰も助けはこないだろう。
機械の腕がミルアに照準をあわせた。ミルアはそれを一瞥し、そして大体レーザーの来る場所を予想して、避けた――はずだった。
右腕は光ったが、ただの照明弾だった。
(フェイント!)
両腕のレーザーが、一気にミルアに襲い掛かった。一発目を紙一重でかわし、しかし二回目は避けきれなかった。
ガツン。という音がした。痛みが足を駆け巡り、体勢が崩れ、つんのめって転んだ。
ミルアに当たったのはレーザーではなかった。丸い、鉄の塊。否、ミルアがさっき投げた手榴弾の破片だ。
まるで機械に意思があるかのように。
反撃の意味もこめての攻撃だったように思えた。痛みが突き抜けてくる。
案の定、右足に痣ができていてその部分はひどく腫れていた。痛みで立ちあがることさえできない。
すでに機械の両腕が、完璧にミルアの急所に照準を構えていることが分かった。
(こんなところで、死ぬの?)
早すぎると思った。そして、それゆえ未熟だったのだと、痛感した。
(今度からは、たくさん準備していかなきゃ)
しかし、もう二度と「今度」はないことにミルアは気付き、目を閉じた。
目を閉じながらでも、機械の腕の発射口が光ったのが分かった。そうしたら前を大きな物がよぎり、それがミルアの盾になって――
バ――ン!
目を開けた。その瞬間、ミルアは自分がまだ生きていることを知った。
目の前には車があり、反対側のドアが、ぶっ飛んで行く。
しかしこっち側のドアもすぐさま開いて――
「乗れ! 早く!」
車の運転手が、ミルアに叫んだ。
「リ、リド!」
それはまさしく汽車で出会った、暴走族風の男だった。
今ここで、有り得ないことが起こっている。夢か現実か分からないけど、足の痛みでかろうじて現実と分かる現実。
手を差し出され、ミルアはそれにつかまる。そして、助手席まで引きずり上げてもらう。
ミルアはリドの手を握った時、幸せな気持ちでいっぱいだった。痛くて笑顔も作れなかったけど、リドの手が力強くて、頼りがいがあったから……
そしてリドは、苦痛に歪んだミルアの顔を見て、思いっきり本気モードに突入した。